つかめ確信の恋、甘い日々 夢のようだと思っていたら、本当に夢そのもののように目が覚めて、幸福は終わってしまった。貰えたと信じた想いごと、すべてが幻だったなんてと、酷い現実に泣き濡れて。そんな夢を見て目が覚めた――朝。
「…………ゆめ……夢か……?」
無意識に発した己の声を耳にして、南泉一文字の意識はようやく覚醒をつかんだ。それでもまだぼんやりとしたまま隣を見て、先ほどから感じていた温もりの正体を確認する。南泉の腕に触れながら、すぅすぅと今は、寝息を立てるばかりの存在。――山姥切長義。
(……まだちょっと、信じらんねぇ)
彼は南泉が、長い長い間片恋を捧げてきた相手だった。惹かれて傍に寄っては嫌味を言われ、格が違うと揶揄されて、その度に懲りて距離を置こうと思うのに、結局は諦めきれず縁を繋ぎ続けてきた、古馴染みの刀。
(でも全部……夢じゃ、なかったんだよな……)
願いをそのまま形にしたような、蜜月の日々。それらが幻に過ぎないと思い知らされたときの痛みももちろん現実だったが、そうして最後に得たのは今、隣で眠るこいびとなのだ。喜びが溢れて、くふんと笑みになってこぼれ落ちる。
(終わり良ければ全て良し、だにゃ)
嘆きに暮れた一昨夜だって、それを元手に昨夜を得たなら安いものだ。……これがまた夢だったとなったら、話は変わってくるけれど。
一応自分で頬をつねってみて、足りずに今度は己の背に触れた。昨夜こいびとが爪を立てたそこにはまだ、引き攣れた傷がある。
「……イテッ」
うん、夢じゃない。くふくふ肩を揺らす南泉にも気づかずに、長義はすよすよと寝こけている。よく見れば下瞼の辺りが少し腫れているようにも見えた。夜更かしをさせたので、疲労もあるのかもしれないが。
(起きねぇかなぁ…)
詰られてもいいから夜空の瞳が見たい気持ちと、疲れて寝てるんだから可哀想だろと諌める理性と。そうしてこういう気分の朝は、のんびり朝寝もあんまり浪漫じゃないなという、気づきを得て。
色々考えた末に南泉は、眠る長義に書き付けを握らせ、部屋を出た。こいびとを起こす名目を得るために、一路、厨へ向かうのだ。
***
「おや、南泉。早いじゃないか、今日は非番のはずだろう?」
食堂に入らず直接厨へとやってきた南泉に声を掛けたのは、一(はじまり)の刀たる歌仙兼定だった。昨夜も遅くまで宴会の切り盛りをしていた記憶があるが、朝からまた細やかに仕事をしているのか。南泉は内心舌を巻きつつも、頷いて。
「おー。だから朝飯、部屋でのんびり食いてぇなと思って…」
「そうかい。ここらのものはまだ盛り付けていない分だから、好きに持っていっても構わないよ」
食堂の朝食をお盆で持たずに此処に来ている時点で、違うものが食べたいとはわかったのだろう。持ち出し可能なあたりを示され、素直に礼を言う。
「ありがとにゃ。あ、卵ももらっていいかぁ?」
「どうぞ」
炊けてあった米を分けてもらい、握り飯を作る。具は棚にあった鮭のほぐし身と海苔の佃煮、ふりかけを混ぜご飯にしたものも並べたら、彩りが良くなって気分まであがった。砂糖を入れた甘めの卵焼きは、あの日の長義が作ったものを、真似てみたものだ。
「……あーあのさ、歌仙。……本丸の中で恋仲、とかになったら。報告、必要か……?」
「え いっいや、義務ではないが。……まぁ、知っていれば配慮できることはある、かな…?」
振り返った歌仙が頬を赤くしていて、気まずい気持ちもあったけど。結局南泉は、歌仙には伝えておくことにした。
「ん、…その、オレと、山姥切長義。そういうことだから…」
「 そうか、……わかった」
歌仙が保温容器を出してくれたので、二人分の味噌汁をよそいながらポツポツと話をした。ずっと長義に片思いをしてたこと、今回の任務をきっかけとして、距離を縮めることができたこと。歌仙は終始肯定的に頷いてくれて、認めてもらえることが有り難かった。何より、一(はじまり)の刀に知られることで、これが揺るがぬ〝本当〟になった気がしたのだ。
「ただいま……ってにゃんだ、起きてたのか」
部屋に戻ると、長義は布団の上で身を起こしたまま、書き付けをぼんやりと眺めていた。入ってきた南泉に顔をあげ、ぺらりと紙を振る。
「おはよう。〝飯取ってくる〟はともかく〝絶対部屋から出るな〟とはなんなのかな。顔くらい洗いに行きたいんだが?」
「おはよ。そう言うと思っておしぼり多めに持ってきたぜぇ。これ使え」
「……あとで湯も浴びたいのだけど」
「湯桶持ってきてやるから、それで我慢してほしいにゃあ」
呆れたように鼻を鳴らす長義を、苦笑いしながら座卓へと呼べば、のろのろと這うようにしてやってきて。
「体が重すぎる…あれっわざわざ別で用意してきたのか? 食堂のをもらってくるだけだとばかり…」
「おー、男の浪漫ってやつなんだろ? 本丸の厨だと、この辺が限界だけどにゃ」
「高校生より自由が利かない身分だとは、思ったこともなかったな。料理もそうだが、風呂にも自由に入れないし?」
「それは……恋仲初心者の、幼気な独占欲にゃのでぇ…許されたいにゃあ……?」
あ、長義が笑ってる。これは許されたなと確信して、南泉もふくふくと笑った。思い返せば長義は意外と、南泉の我儘に流されてくれている。どう振舞うと通りやすいのか、これは研究のし甲斐がありそうだ。
「スープジャー、この本丸にあったことも知らなかった」
「オレも。ちょうど厨にいた歌仙が出してくれて、助かったぜ。……そんで、その。流れでオレらのこと…報告しといた」
怒るかな、と思ったけれど、長義はふぅんと相槌を打ち。
「まぁ、こんなものを用意していれば、言わずとも察されるだろうからね」
「お、おぅ」
「歌仙は俺が猫殺しくんに懸想していたことも知ってるし」
「え」
「当たり前だろ、任務中の行動は基本的に報告するんだから。……お前に告白されたときも報告して、任務に遠慮も配慮も要らないから付き合い方は好きに選べと、言われたんだ。それでああなったんだから」
わかるだろ流石に、とぶっきらぼうに言い放つ長義は恐らく照れているのだろう。あぁ、こんな日が来るなんて。
「オレ…記憶なくなったりしなけりゃ、ぜってーお前を口説くとかできなかったわ。全然脈ねーと思ってたし…」
「ふふん。俺はそのうち落とすつもりだったけどね? 俺の魅力を見せつけ続ければ、籠絡は時間の問題かな」
「最初っから籠絡されてっからにゃあ…そこから何されたところで、オレに変化はねぇんじゃねぇの?」
「……なるほど…? これまでの敗因はそれか……」
軽口を叩き合いながらの朝食も終わり、長義が丁寧に手を合わせている。ごちそうさま。お粗末さま。そんなやりとりも、楽しくて。
「こういう朝もいいにゃあ……お前の言う、男の浪漫ってやつ。理解できたぜ」
笑って見せれば長義は何故か、うろ、と視線を彷徨わせた。
「? にゃ?」
「俺は。……共に朝寝も浪漫だと、少しわかった、かな」
「お、おぉ……」
寂しかったとまでは、決して長義は言わないだろう。それでも伝えておこうと思った理由は多分、多分。
「……にゃ、じゃ、…次は目が覚めてからも、一緒に朝寝…しようにゃあ…?」
こくんと頷いた素直さと、当たり前に待っている〝次〟の存在を噛み締めて思う。互いの希望は一つずつ、順に実践していけば良いのだ。だって二振りはこの甘い日々を、やっとつかんだばかりなのだから。