中禅寺敦子の手記(二)あの黒衣の男の調査は、進めば進むほど
わからないことが増えていった。
居場所は、意外とすぐに割れた。
都内の住宅地の外れに建つ、
こじんまりとした一軒家だ。
拝み屋への相談者や、
信者が出入りしているという。
信者がいるという事は一体どういう
教義なのか、信仰体系なのか。
信者達には奇妙な共通点があった。
精肉業者、養鶏業者なのである。
取材と称し、数軒の信者宅を訪ねてみたが
皆、口を揃えて、
「先生のおかげで、生き易くなったのです」
と、拝み屋への感謝を述べるのだ。
宗教というより、カウンセリングの様なものか。
信者というより、患者なのかもしれない。
拝み屋自身の事は、驚く程何も知らない。
拝み屋に毎日差し入れているモノが
何なのかも、皆一様に口を閉ざした。
せめて名前を知るために
住宅の権利関係も調べてみたが、
あの黒衣の男に符合するような名はない。
名前のない男なのだ。
拝み屋、京極堂。
それならば、きっと。
彼の名前は、きっと。
いつかに失われたものなのではないか。
回りくどい事をしていても仕方ない。
居場所も連絡先も掴んでいるのだ。
実際に会って、間近であの眼を見て、
その声を聞けば、絶対に理解るはず。
手紙を書こう。
会ってくれるかわからないが。
十数年追い続けていた事件の真相を、
知っているであろう人物。
なのかも、しれないのだ。
もし、そうなら。
もし、彼であったのなら。
聞き糺さなければならない。
あの紅葉狩りで何があったのか。
あの人が今、何処にいるのか。
私は、会いたい。
どうしても会いたい。
あの人に、もう一度。