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    harusika_ponpon

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    鵼の碑読了記念小説、登和子ちゃんの記憶の話。どうしても事件解決後に登和子ちゃんに久住&関口に会ってもらいたくて書きました、ほんのり久住関。本編のネタバレを多く含みます、ご注意を。

    #百鬼夜行シリーズ
    theHyakkiYakkoSeries

    パンドラの箱怪物の亡霊を鎮め、東京からの客人達は今日この地を出立する。
    常に行動を共にしていた小説家と、最後の珈琲をロビーで飲んでいた。
    あの黒衣の祓い屋は、朝早く輪王寺に仕事納めの挨拶に行ったらしい。

    これも何かの縁だから戯曲が完成して公演までこぎつけたら、
    是非観に来てほしいと申し出ると快く連絡先を交換して貰えた。
    楽しみにしていますねと、はにかむような笑顔も一緒に。

    何とも別れ難い思いに駆られながら、茫と玄関方面を眺めていると
    見覚えのある人影が視界に飛び込んできた、それは帳場に真っ直ぐ進み
    数回頭を垂れると、受付からロビーの方を指し示され顔を向ける。


    彼女だ、桜田登和子だ。


    目が合うと、微笑みかけられた。
    そのまま静かに、此方に向かって歩いてくる。


    「久住様、お久しぶりです、桜田登和子です。
     この度はご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

    すぐ横まで来ると、そう言って深く礼をした。
    よもや再開が叶うとは夢にも思っておらず、たじろいだ。
    実は、彼女と初対面な関口も相当驚いたようで
    貴女が登和子さんですか、あ、僕は関口といいます。
    ともごもごと自己紹介すると、また微笑んだ。

    「木場刑事から伺いました、久住様と一緒に私の行方を
     探して下さったとか…関口様もありがとうございます」

    また深々と礼をする。
    ゆっくりと顔をあげる彼女の眼をみる。
    父の殺害を語ったときの濁りは消え失せ、澄んでいた。
    元の綺麗な娘に戻っていた、否、より美しくなった。

    急に気恥ずかしくなり顔を逸らした、そのついでに
    彼女に向かいの席を勧め、珈琲を一つ追加した。




    あれから木場という刑事から、父の話を改めて聞かされたらしい。
    自分や母が父を手をかけた記憶は、完全な入れ違いだということ。
    父がなぜ病死して、自殺としなくてはいけなかったのかということ。

    田端勲の死に関しては、己で手をかけたというよりも現実味のない話
    ではなかったのだろうか。人体実験なんて身の回りにあることではない
    そして、許されていいことでもない。

    「びっくりしましたけど、聞いているうちにはっきり記憶が
     戻ってきたんです、あの人、珠代さんが父を説得していたことも」

     そんなに登和ちゃんが可愛いなら
     あんたが長生きせんとどうするね
     今の仕事続けとったら、いづれ…

    「父の体が弱ってきた頃、夜遅く父が帰ってきた日がありました
     私はふと目が覚めて、声をかけたのですが、様子がおかしくて」

     とと、おかえりなさい、いっしょにねんねしようよ
     …今日は駄目だ、放っておいてくれ
     どうしたの?また、からだいたいの?
     違う、違うんだ、はよう、寝てしまえ
     とと?
     触るんでねぇ!!

    強く振り払われて、よろめいた拍子に柱に頭をぶつけた。
    何が起こったのかわからなくて、怖くて、思いきり泣いたのだ。
    驚いた母や祖母が起きだしてきて、叫んだ。

     登和子に手をあげることないでねえか!

    すまん、すまねえとうわ言のように繰り返して
    頭を冷やしてくると家をでていく父の横顔は、青褪めていた。

    父に乱暴されたのは、その日だけです。
    何かに耐えるように眉根をよせて、登和子は言う。
    その日、田端の身に何が起こったのか想像に難くない。

    父の死の真相を知り、己の無実が明らかとなったとしても
    新たな苦しみを抱え込むことになったのではないか。
    その懸念は隣に座っている関口とも通じ合ったようで、
    心配げな顔を見合わせる。登和子は表情を少し和らげて言う。


    「私、そこで、やっと思い出せたんです。
     父のことを全て、元気に生きていたときの父のことを」

    山で遊ぶときも川で遊ぶときも、必ずそばに父は居たのだ。
    草笛の吹き方も笹船の作り方も花冠の編み方も、父に教わった。
    父は器用で何でもできて、そして只管、私に優しかった。

    迷子にならないようにと繋いでくれた、手の暖かさも。
    転んで擦りむいて泣いてる私をおぶってくれた、背中の暖かさも。
    今では瞭然と思い出せる、私は父のことが、大好きだったのだ。

    「どうして…今まで忘れてしまっていたのでしょうか」

    こらえきれない涙が、ぽたぽたと膝に落ちた。
    こんな肝心な、大切なことを、どうして忘れていたのでしょうか。
    俯いて静かに泣く彼女に、こちらまで胸が詰まって声が出なかった。



    「きっと…大切だったからではないのでしょうか」


    関口が、此処ではない遠くを見つめながら言った。
    ああ、頭の中の金庫の話だ。

    「その記憶が、貴女にとって決して失くしてはならない、一番大事で
     大切なものだったからこそ、一番奥に仕舞われていたんじゃないのでしょうか」
    「仕舞われていた…」
    「そう、大事だから仕舞って、鍵をかけて、仕舞ったことを忘れてしまう」

    私もよくあるんですよ、そういうこと。とへらりと笑う。

    「仕舞われていた怖かったことや悲しかったことを、全部取り出したから
     一番奥に埋まっていたものがでてきたんでしょう」

    登和子が顔をあげる、関口は反射でふいと視線から逃げてしまう。
    しかし、思い直したようにまた登和子をみると。


    「一番大事なものが見つかって、良かったですね」

    ぎこちないけれど小説家は優しく、笑いかけた。




    「関口さん、ギリシャ神話に開けてはならない箱の話がありますよね」

    登和子の背中が玄関ホールから消えたのを見計らって、
    隣で同じように立って見送っている関口に問いかける。

    「ああ、パンドラの箱ですか」
    「女が禁断の箱を開けると、絶望や災いが次々に出てきて、しかし最後に」
    「希望…ですか」
    「まさに今の彼女ではないですか」
    少々興奮気味に再度問いかけてみたのだが、先程の笑顔は何処へいったのか
    すっかりいつもの陰鬱な表情に戻っている。

    「彼女の場合はそうだったようですが、全ての人の中に
     そんな丁寧に希望が仕込まれてるとは思いませんけどね」
    「そうですか…」
    「どんなにふっても揺すっても、悪い物しかでてこないパターンもあるかと」
    なんとも元も子もない言いようである、思わず落胆してしまった。

    「関口さんは…現実家ですねぇ」
    「そういうものを夢みて彷徨つくと、友人に𠮟られるんですよ」

    「誰に叱られるんだね」
    「いたっ」

    後ろから関口の頭を小突いたのは、この一件を鎮めた張本人だった。
    深いグレーのインバネスコートが先日の黒衣を思い起こさせる。

    「君の卑屈な所見を、他人に責任転嫁するんじゃないよ。
     そんな事より、旅の荷物はちゃんと纏め終わっているのかね」
    「お、終わってるよ。君を待っていたんじゃないか」
    「僕はとっくに帰ってきていたさ、登和子さんと話し込んでる様子
     だったから、こっちが待っていたんだ」

    じゃあいつから聞いて…!?と口をパクパクさせている関口を
    無視すると、中禅寺は此方に向き変えて軽く一礼する。

    「久住さん、私の仕事のついでに連れてきた連中が騒がしくして
     誠に申し訳ありませんでした。私共は帰りますので、執筆が捗る
     ことをお祈りしておりますよ」
    「いや、とんでもない。貴重な体験と経験をさせて頂きましたよ。
     鵼についての考察も非常に参考になりました」

    それはよかった、そろそろ迎えの車がきてしまうので失礼。と随分
    そっけない挨拶を済まして、関口を連れて玄関ホールを突っ切っていく。

    その背中を見送る、これで閉幕はなんとも寂しい。
    もっと彼らの物語に関わりたい。
    特にあの小説家に、惹かれるものを感じているのだ。
    それが何か確かめたい。

    しかしその前に、やるべき事を済ませなくては。


    急いで部屋に戻る。
    私はこの地に来て漸く、
    己のエンジンが回りだした感覚を掴んだ。
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