私が変わる事が出来たなら 明かりを落とした部屋の中。そのベッドの上で、冷灰コハクは腕の中にあるクマのぬいぐるみを今一度抱きしめる。
このぬいぐるみは特にお気に入りで、この子を抱いているといつの間にか眠りに落ちる事ができる。なのに、今日はなかなか眠る事が出来なかった。今日の失敗が頭の中をぐるぐると巡ってしまっているからだ。
『冷灰さん。良かったら今度、みんなで飲みに行かない?』
『あ、ちょっと嫌です……』
「なんで、あんな言い方しちゃったんだろう……」
思わず、口から独り言が突いて出る。当然、クマのぬいぐるみは答えてはくれない。
飲みに行く事自体が嫌なわけではないのだ。その席に自分が加わる事で場の空気が悪くなってしまう事が嫌なのであって。
それなのに、それをうまく言葉にできない自分が本当に嫌になる。
別に、今に始まった話ではない。ずっと昔から、そうだ。だから友達も居らず、子供の頃のあだ名なんて『雪女』だった。
そして、この先もきっとこのままなんだろう。
それは少し悲しい気もしたけど、でも逆に諦めもついた。何せ、何をどうすれば変われるのかさえ見当もつかないのだから。
その後も眠りにつく事は出来ず、もぞもぞと動いてスマホを手に取った。特に用事があるわけでもない。ただ、何かを見て気を紛らわせたくなった。そうでもしないと、どんどん自分の事が嫌いになってしまいそうな気がして。
あてもなく、動画サイトを漁る。見たいものがあるわけでもないから、目に映ったものを適当に開いた。
それはいわゆるVtuberのライブ配信というやつで、そこに写っている配信者は当たり前のように笑いながら、コメント欄のリスナーとお喋りをしていた。そう、当たり前のようにだ。私は、あんな風に笑う事は出来ないし、ましてや人と話すこともできない。
思わずため息が出た。まるで逃げるようにスマホの電源を落として、もう一度ぬいぐるみを抱きしめる。
あんな風になれたら、どれだけいいことか。
でも、無理なのだ。私にはできない。わかっている。そう決まっている。昔からそうだったのだから、変われる訳がないのだ。だいいち、何をどうすれば変われるのかさえ––––
その時、自己嫌悪に陥り始めているだけの思考が急に止まった。自分でも不思議に思うくらい、唐突に止まったのだ。代わりに、指先を何かが掠っているような、そんな感覚がどこかにあった。
この感覚はなんなのか、それを暗闇の中で考えているうちに、気が付けばまたスマホを手に取っていた。まるで何かに縋るかのように『Vtuber なり方』と打って、検索をしていた。そのまま何分か調べ続けるうちに、一件のサイトに私の目が止まる。
「オーディションのエントリー募集……」
普段であれば、『こんなもの、応募したところで私なんかが通るわけがない』と動く気にもならなかっただろう。しかし、不思議と今回はそうは思わなかった。勿論、受かる自信があったからではない。
倍率は……まだわからないからなんとも言えないとしても、選ばれるのは一人。簡単な道ではない事はわかっている。けれど、道がない訳じゃない。
道があるなら、歩けるはずだ。きっと。たぶん。
もし、もしこのオーディションに通る事が出来たなら、私はきっと変わる事ができる。
……違う。逆だ。
変わる事が出来なければ、間違いなくオーディションに通る事はない。そして、一生、このままだ。
私は––––変わりたい。いや、変わるんだ。それが難しい道でも。
私の事を応援してくれる人がいるなら、その人達に笑顔を見せられるように。