Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    キクイモ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    キクイモ

    ☆quiet follow

    Vtuber事務所『Hear star』さんに対する、水戸スズカさん(@HearStar_VT )視点の二次創作小説です
    私が書いた二次創作小説『仕事が恋人』を読まないと理解できない表現がありますので、そちらを読んでからご覧になる事をお勧め致します

    ろくでなしで、最高の恋人「正式デビューが決まったんだから、近いうちにコラボカフェやろうコラボカフェ!」
    「そいつぁいい。ファンも喜ぶし話題にもなる」
    「でもメニューはどうすんだ? いっそのことインパクト狙いでゲルうどんだけで勝負するか?」
    「インパクト強すぎるだろ。なんならその余波でこの会社飛ぶわ」
    「うーん、やっぱりコラボカフェはまだ早いか」
    「フッフッフッ……君らは甘いな。海外の何語で書いてあるかもよくわからん甘すぎるお菓子より甘い。うどん屋さんが素うどんだけで勝負していると思ってるのか?」
    「なんだと……?」
    「ま、まさか……」
    「そう、そのまさか! ゲルうどんだけではなく、たぬきゲルうどん、きつねゲルうどん、カレーゲルうどんなど様々なゲルうどんラインナップを揃える! それだけじゃない! ゲルうどんを衣にして揚げたゲルうどん天ぷらも用意すれば死角は消え去る!!」
    「す、すげえ……」
    「その発想は無かった……」
    「やはり天才か……」
     
     これがオーディションが終わり、ひと段落ついた私の––––水戸スズカの勤める会社(の喫煙所)の平和な日常である。こんな平和なら壊れてしまえと反射的に思ってしまったのは内緒である。喫煙所をたまたま通り過ぎただけなのにアホ会話によって生み出された眩暈と頭痛が頭の中でエグザイルし始めたけれど、『まあ、休憩時間中の冗談だから……』と半ば無理やり自分を納得させた。
     しかし、もし万が一トチ狂って本物の企画会議でさっきの案を出されたらその場で卒倒する自信がある。そしてさらに気が狂ってその企画が通ってしまったなら、コラボ先のカフェと打ち合わせをするのはきっと私である。いや御免被りたい。いやもう本当に嫌である。だいたい、ゲルうどんしか存在しないカフェはもうカフェではない。それはもうただのゲルうどん屋さんだ。Vtuber事務所とコラボした筈なのに気がついたらゲルうどん屋さんをさせられる羽目になるコラボ先のカフェがかわいそうだ。ほんとにかわいそうだ。
     頭をおさえつつ、無意識に頭に浮かんでしまった『無理矢理ゲルうどん屋さんをさせられ目が死んでいるイケメンカフェ店長』の幻想と頭の中でエグザイルし続けていた八頭身の頭痛と眩暈を木星あたりに投げ飛ばして自分のデスクに着く。オーディション自体は終わったが、それで私の仕事が落ち着いたわけではない。デビューは決まったものの初配信はまだな訳だし、むしろこれからが本番だ。現に間も無く、件の正式デビューが決まった冷灰コハクとの色々な予定を詰めるためと、雑多な連絡事項を伝えるためのリモート会議が始まる。まあ会議といっても一対一ではあるけれど。
     そうして今回の段取りを確認しているうちに約束の時間となり、彼女との打ち合わせが始まった。
    「こんにちは。どう、オーディションに通った実感は湧いてきた?」
    『あ……はい。流石に実感できてきました。でもまだちょっと信じられませんけど……』
     相変わらずの調子に、思わず笑ってしまった。いや、馬鹿にしたわけではないのだ、ただこう、いい意味で不器用だなと思わずにはいられないと言うか。彼女が最も票を得られたのも、それが少なからず関係しているように思う。
     それだけではなく、この短期間で冷灰コハクは確かに変化していた。彼女を面接したのも私だったから、よく覚えている。
     
    『変わりたい』『自分を変えたい』『そのためにここに来た』
     
     そう、当初は確かにそう言っていた。つまり彼女は、何かを得るためにここに来たのだ。そのために、懸命に藻搔いていた。
     しかしオーディションも終盤になった頃には、彼女はもう藻搔いてはいなかった。少なくとも私の目には––––自分が得たものを守ろうとしているように見えた。自分の腕の中におさまったものを、奪われないよう、壊されないよう、懸命に抱き抱えていた。
     ただ、それは何も冷灰コハクに限った話ではなかった。他の参加者全員が、同様にオーディションで大切なものを得て、そしてそれを必死に守ろうとした。でも、それを守り切れたのは彼女だけだった。他の参加者たちは、守り切れなかった。
     ……違う。奪ったのだ。私たちが、彼女たちが必死に守ろうとしていたものを『決まりだから』と取り上げた。
     でも仕方のない事。そう、仕方のない事だ。
     最初から決まっていたのだ。
     わかっていて、始めた。
     彼女たちもそれをわかった上で、来た。
     だから私達は、冷灰コハク以外から大切なものを、守ろうとしていたものを奪った。
     仕方のない事なのだ。そう、これは仕方のない––––
    『あの、水戸さん? どうかしました?』
     冷灰コハクに不意に声をかけられ、そこでようやく自分の意識がどこかへ行ってしまっていたことに気がついた。「ごめんごめん、ちょっとだけ疲れてるみたい」と誤魔化しながら、段取りを大急ぎで思い出して軌道修正をした。
     そしてそのまま滞りなく連絡事項や直近の打ち合わせ事項は終わり、最後に定型的に冷灰コハクに訊ねる。
    「じゃあ、とりあえずこっちで話す事は済んだけど、冷灰さんは何か聞いておきたいこととか話したいこととかある?」
     すると途端に彼女の目が泳ぎ始めた。言葉こそ無かったが、なんとなく『なにかあるんだろうな』と思い、私はそのまま待った。急かす事はせず、ただ、静かに彼女の口から言葉が出てくるのを待った。
     そうして視線が定まった彼女の口から出てきた言葉は、いつかは投げ掛けられるだろうと覚悟していた問いだった。
    『あの、他のみんなもデビューする事は、やっぱりできませんか』
     おずおずと、それでもしっかりとこちらを見据えて、彼女はそう問い掛けてきた。
     言いたい事はわかる。その問いを投げかけてきている彼女の気持ちも、痛いほどにわかる。
     けれど、私は会社の人間であった。望む望まないは別として曜日感覚が麻痺し掛けるほどの労働に勤しむ社蓄であった。
     つまり私は、この状況では悲しくなるほどに、どうしようもないほど運営側の人間であった。
     だから『そうだね。じゃあみんなも一緒にデビューしようか』と言う事は絶対に出来ない。そもそもとして、その決定権は私には存在していない。
     仮にその決定権が私にあったとしても、おいそれと出来る決断ではない。
     このビジネスはファンありきの業界だ。ファンとの信頼関係と言ってもいい。だからこの期に及んで当初のコンセプトの根幹をぶち壊すような真似をしたなら『なんだ。やっぱりただの話題集めか』『騒ぐだけ騒いどいて、どうせ最初からこの予定だったんでしょ』と失望されかねない。運営として、会社として、そのリスクはとても看過できるものではない。
     だから今回ばかりは、私のすべき事は応援ではなく説得である。渉外である。場合によっては運営としての脅しを辞してはならない。
     社会人として、会社員として、社畜として、情に絆されてコンセプトをぶち壊すような事はぜったいにあってはならない。
     私はこの時既に頭の中で説得の流れを組み立て始めていた。こういうのは流れに呑み込んだもの勝ちなのだ。大義名分と正当性と主導権は運営としてこちらにある。言いくるめ方だって、いくらでもある。
     しかし、彼女を言いくるめるための言葉が踊る中で、唐突に場違いな言葉が紛れ込んだ。
     
    『次に恋人について聞かれることがあったなら、また仕事が恋人と答えよう。
     胸を張って言える。
     私の恋人は、最高だと』
     
     私の思考が止まった。
     それまで頭の中で踊り、組み上がり始めていた言葉が一瞬のうちに消え失せ、代わりに頭の中を溢れんばかりに埋め尽くしたのは『社会人として』ではなく『人間として』の私の言葉。
     
     彼女達が得たものを、懸命に守ろうとしているものを奪うことが会社員として本当に正しいと言うのなら、私は会社なんか辞めてやる。
     社会人としての正しさ?
     会社員としての正しさ?
     そんなものは、クソくらえだ。
     
    「……わかった。やろうか。保証はできないけど、でも、任せて」
     あくまで、ここで折れたのは私だけだ。
     これから、他ならぬ私が、上司と会社の意見を折らなければならない。
     
     ねえ。ろくでなしで、でも最高の私の恋人。
     他のどんなことでも、休日出勤でも、長時間労働でもあなたに愛想尽かしたりしないからさ。
     だから、ここで私を幻滅させないで。
     ねえ。お願いだから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works