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    キクイモ

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    キクイモ

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    宇良召レイさん(@urameshirei_hs )に対する二次創作小説です。
    時系列的に、前回私が書いた二次創作創作小説『ろくでなしで、最高の恋人』を読んでからご覧になる事をお勧めします。

    潰えた夢 とても不思議で、とても寂しかった。
     街を行き交う行く人が、誰も私の事を見てくれない。
     それは単純に私の方を見ないという意味じゃなく、私の存在そのものが認識されていないように思えてならない。
     そもそも私は、どうしてこんなところにいるんだろう。
     記憶がない。
     何か重要な事があった筈なのに、それが思い出せない。思い出そうとすると、頭の奥がズキズキと痛んだ。思い出してはいけないと、知らず知らずのうちに私自身が拒否しているようだった。
    「あっ……」
     行き交う人の中に、良く見知った背中を見つけた。胸が押しつぶされてしまいそうな不安の中で、私は泣きそうなほどに安堵した。
    「お父さん!!」
     縋るように、悲鳴に近い声をあげた。
     縋るように、その背中を追いかけた。
     それでもお父さんはこっちを向いてくれなかった。
     そのままその背中に駆け寄っても、お父さんは止まってくれない。それどころか、道行く人の誰一人として不自然に叫ぶ私の事を見ない。
     聞こえない距離じゃない。
     気付かない距離じゃない。
     頭の奥がまた痛み始める。
     思い出さないようにしていた事実が追い掛けてくる。
     そんなはずはない。
     そんなはずは……。
    「お父さん! お父さん!!」
     一際大きな声を上げながらお父さんの前に出る。
     両手を精一杯広げて、道を塞ぐ。
     それなのに、お父さんは見向きもしなかった。
     避けようともしなかった。
     ぶつかる筈の身体は、そのまま––––すり抜けていった。
    「ああ……そっか」

     言葉が漏れた。
     涙が零れた。
     気持ちが溢れた。
     
    「……わたし、死んじゃったんだっけ」
     
     ––––––––––––––––––––––––––––
     
     ––––––––––––––
     
     –––––––
     
     夢を見ていた。
     とても、とても悲しい夢だ。
     ベッドから身体を起こす。
     自分の身体を抱きしめて、生きている事を確かめる。
     呼吸をする。走った後のように跳ね回っている心臓を静めるように深く、深く、ゆっくりと。
     そうして少し落ち着きを取り戻し始めてようやく、同居人(厳密に言ったら取り憑かれているのだけど)のサブローが心配そうにこちらを見ている事に気付いた。安心させるように半ば無理矢理に笑って、その心配そうな顔に応える。
    「大丈夫だよ。ちょっと怖い夢を見ただけだから」
     ああ、私はうまく笑えたただろうか。
     サブローの顔がもっと心配そうになったのが、その答えのようだった。
     サブローは幽霊で、当然誰しもがその姿が見る事が出来るわけではない。むしろ、見える人間の方がずっと珍しい。だから、さっき私が見た夢のような思いを実際にしてきた筈だ。
     実を言うと、今の夢を見たのは今日が初めてでは無かった。初めて見たのは、オーディションを受けようか悩んでいた時期だ。あの夢を見た事で、サブローの夢を叶えてあげたくなったのだ。だから私は、初めて勢いではなく勇気で行動を起こした。
     結果として、オーディションに通る事はできなかったけれど。
    「サブロー、ごめんね」
     それはサブローの夢を叶えてあげられなかったことに対してだったのだろうか。それとも、心配をさせてしまった事に対してだろうか。自分の事なのに、何故だか理解ができなかった。
     ふと、サブローが何かを伝えようとしている事に気がついた。枕元にあるスマートフォンをしきりに指差している。
    「着信があったの?」
     コクコクと頷いて見せるサブロー。
     スマートフォンを取って履歴を確認すると、水戸さんからだった。今の時間を確認して血の気が引いたけれど、着信があったのは五分前だったので少しだけ安心して掛け直す。
     水戸さんはすぐに出た。
    「ごめんなさい電話出られなくて」
    『大丈夫大丈夫。こちらこそごめんねー、急に連絡しちゃって』
     その声は明らかに疲れていたけれど、でもそれ以上に嬉しそうだった。不思議すぎて思わず首を傾げてしまっていた。
    「あの、何かあったんですか?」
    『あったあった! 物凄くあった! オーディションについての話!』
     水戸さんは疲れていて、それでも嬉しそうで、興奮していた。その熱気に私は少しだけ気圧されてしまう。
    「オーディション……? でも私落ちちゃいましたけど」
    『敗者復活戦の案が通った! もちろん無条件じゃないけど、まだデビューの道は潰えてないから!』
    「敗者復活戦……?」
     さっきから水戸さんの熱気に押されてオウム返ししかできていない。それでも水戸さんの熱気は一切収まらない。
    『あ、詳しい事は聞かないでね! 言わぬが花っていうか、自分で始めた事ではあるけど後処理とか調整とか物凄くてあんまり考えたくないんだよね! とりあえず取り急ぎ連絡だけと思って。それじゃあまた詳しくあとで連絡するから!』
    「あ、あの……」
     切れてしまった。色々と聞きたいことは山盛りにあったけれど、ああ言っていたのだから本当に後で連絡が来るんだろう。そう思っておく事にする。
     何にしても––––
    「サブロー、まだ望みはあるって」
     話を聞いていたらしいサブローが嬉しそうに親指を上げる。
     
    「今度は大丈夫だよ。きっと大丈夫」
     
     その言葉はサブローに対して言ったのだろうか。それとも自分に対して言ったのだろうか。それはやっぱり自分でもわからなかったけれど、でも今度は、うまく笑う事ができた。
     
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