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    キクイモ

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    キクイモ

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    Vtuber事務所『Hear Star』さんに対する、水戸スズカ(@HearStar_VT )さん視点の二次創作小説です。

    怒られたら消します。

    #ひあすた

    仕事が恋人『水戸ちゃんはどうなの? 彼氏とか』
    『あはは、いないいない居るわけない。今は仕事が恋人かなぁ』
     
     半ば遠のき掛けている意識の中で水戸スズカは、何故か学生時代の友人と久方振りに飲んだ時のことを思い出していた。時間は二十四時をとうに回っており、静まり返ったオフィスで動いているのは彼女だけ。
    「あの頃も大変だったけど、もう今は『仕事が恋人』だなんて言いたくないなぁ……」
     独り言と共に渇いた笑い声が漏れる。
     最初はまだ冗談に出来るくらいの大変さだったが、いつしかその恋人(仕事)は豹変し、今となってはかつての楽しかった面影も血も涙も感じることができない。恋人としてどころかもう完全にろくでなしである。ひどいものである。一体何が彼(仕事)をここまで変えてしまったというのだろうか。私か。もしや私が悪いとでもいうのか。
     スズカの思考はそんな寄り道を始めていたが、それでもその手は淀みなく動いていた。それだけ仕事に慣れたと喜ぶべきなのか、それとも社畜に染められてしまったと嘆くべきなのかは考えないでおく。今彼女が掛かり切りになっているのは、いわゆるVtuberの公開オーディション参加者のマネジメントやその他諸々だ。
     これがなかなかにやる事が多く、ほぼ比喩表現ではなく目が回る程の忙しさだった。今となっては曜日感覚すらも麻痺し掛けてきており、今日が何曜日なのかも定かではない。定かではないがスズカは最早気にしない。仕事があるのだから平日だ。それがわかれば十分だ。今日(昨日)は土曜日だった気もするが、誰が何と言っても平日なのだと自分に言い聞かせ休日出勤を繰り返す。なにか重要なものが欠落してしまっている気しかしないが、それは気のせいなのであるとスズカは自分に言い聞かせ続ける。
     勿論彼女しか社員が居ない訳ではないので、その気になれば泣きついて頼ることができない訳ではない。ではないが、できればそれはしたくないというのが本音だった。
     それは、自分の仕事を中途半端にしたくないという社会人としての矜持が理由の一つではあるが、それだけでもなかった。
     もう一つの理由は、先日会社の喫煙所の横をたまたま通り過ぎた時に聞こえてきた上司たちの会話。
     
    「軌道に乗ったら、『ひあすた検定』とかやったらファンも喜びそうよなぁ」
    「おー、検定。どんな問題にしたらいいかね」
    「そうさなぁ。たとえば『1わたしは裏切らない 2筋肉は裏切らない 3インド人裏切らない この中で正しい冷灰コハクのキャッチコピーを選びなさい』とか」
    「正解無えじゃねえか!」
    「おっ、こりゃ一本取られたぜ!」
    「「ガハハハハ!」」
     
     も、もうだめだこいつら……。私がなんとかしないと……
     その時スズカは死のノートを手にした高校生を彷彿としかさせない表情と心境になっていた。そのまま良くない方向に突き進んでいたら新世界の神になるとか言い出しオーディション参加者を引き連れて独立していたかもしれない。
     とは言え喫煙所の席の冗談であるので、流石に本気で失望はしていないのだが、それでもそれが、少なくとも限界が来るまでは自身でやり遂げたいと感じた理由である。
     とは言え、既にその限界が近いのが実情。さらに根を詰めたいところではあるが、倒れてしまってはそれこそ元も子もないので久方振りの休憩を取ることにした。
     凝り固まった身体をじっくりと解すかのように伸びをすると、身体の節々から音が鳴り、口からは声になり損ねた吐息が微かに漏れる。スズカはこの瞬間が大層好きだった。もっとも、まだ仕事が残っていることに目をつぶれば、だが。
     気を紛らわすために、引き出しからファイルを一冊取り出した。これは今まさに行われている公開オーディションの参加者たちのエントリーシートが収められているもので、今でも彼女は時々これを読み返す。彼女たちのために仕事をしていることを思い出すと、不思議と力が湧いてくるからだ。理由もなく頑張っているのではなく、彼女達のために頑張っているのだという事実は、この上ない原動力と言えた。
     手にしているファイルを開いて、視線を落とす。一番最初に彼女たちの面接をしたのもスズカであったから(もちろん他の社員もいたが)エントリーシートを読み返しているとその時のことが自然と思い出される。久々に、スズカの口から乾いてない笑いが微かに漏れた。
     
     
     エントリーNo.1 甘姫ララ
     彼女に対しスズカが最初に抱いた印象は『良い家の育ちなんだろうなぁ』だった。無意識的なのか意識的かまではわからないにしても、自分をよく見せるやり方を把握している、あるいは大事にされる振る舞い方を理解している感じがした。いわゆる富裕層で大事にされてきた子供が持っている独特の雰囲気を甘姫ララから感じたと表現するのが一番正しいか。
     ただ、そんな第一印象が短時間のうちに崩れ去っていく感覚は今でも忘れない。挙げ句の果てに『食事がもやしだけだった日がある』というトラウマエピソードを話された時には予想外すぎて言葉を失った。それはスズカにとってだけではなく他の社員にとっても同様だったようで、必然的に面接には相応しくない沈黙がその場を支配した。
    「きっと私のこと、最初『良い家で育ったんだな』って思いましたよね?」
     その沈黙を破ったのも甘姫ララだった。
     重苦しさを全く感じられない悪戯っぽい笑みを浮かべて、事も無げに口を開いていた。
     そうして彼女は、呆気に取られているスズカ達を他所に言葉を、続けた。
     
     
     エントリーNo.2 冷灰コハク
     スズカ自身もあまり活発というか、人好きのする種類の人間ではないという自覚はあったのだけれど、冷灰コハクそれ以上だった。
     とは言え全く無愛想さは無く、不得手なことを懸命にやろうとしていることが痛いほど伝わるので逆にとても好印象だった事をよく覚えている。
     しかし、だからこそどうしてこういう世界に入ろうとしているのかが大きな疑問であった。
    『もしかしてあなたにとって、この業界は大変というかその……不慣れなのでは? どうしてまた、こういう世界に入ろうと?』
     社員の誰かが言葉を選びながら、冷灰コハクにそう尋ねた。
     彼女は自身の膝に置かれた両手をきゅっと握り締め、泳ぎそうになっている視線を懸命に正面へ留まらせて、深い呼吸を一度だけ行い––––そうして何かを決心した様子で口を、開いた。
     
     
     エントリーNo.3 宇良召レイ
     スズカには霊感がない。少なくともそう思ってこれまで生きてきた。しかし宇良召レイの肩に何かが付いて……いや憑いているようにしか見えなかった。
     言葉を選んで言うならば『おばけ』だ。そう、『幽霊』ではなく完全に『おばけ』だ。お化けのQ太郎よりもギリギリ怖いくらいの『おばけ』が、確実に宇良召レイに憑いているのがスズカでさえわかった。
     しかしカナブンが付いている訳じゃあるまいし「あの、肩におばけ憑いてますよ」と言うわけにもいかずそのまま面接が開始される。
     宇良召レイは何と言うか、全体的にオドオドしている印象だった。しかし受け答えの中で、眼前でオドオドしている彼女からは想像もつかない行動遍歴が次々と語られ始めた。
     そしてその行動遍歴が、今回のオーディションの参加理由に深く関係をしていた。
     宇良召レイは自身に憑いている、スターになりたいと願っている『お化け』––––サブローをスズカたちに紹介してから、そのままの勢いで言葉を繋げる。
     
     
     エントリーNo.4 夜宮ラムネ
     夜宮ラムネの『才能』は、面接開始からそれほども時間も経たずスズカにも理解できた。言うなれば極度の話しやすさ––––いや、カリスマ性と言った方が正しいか。面接であるにも関わらず気がつけば会話が弾み掛けているし、しかもそれはスズカだけに言えることでは無く、他の社員も例外ではなかった。
     夜宮ラムネがまだ敬語であるからこちらも敬語で話せているものの、彼女がタメ口で話し始めたら釣られてしまう未来しか見えない。
     そんな井戸端会議になりかけてしまっている面接の中で、社員の一人がようやく職務を思い出したらしく夜宮ラムネに志望動機を問い掛けた。
     すると彼女は、まるで友達にでも答えるように、あっけらかんとこう言った。
     
     
     エントリーNo.5 量産型殲滅兵器
     正直に言う。スズカは完全に面食らっていた。一般的な日本人として生まれ育ってきた以上兵器に馴染みはないし、そのうえ完全に人の姿をしているのだから頭が完全に混乱してしまっていた。今思えば、それは無意識のうちに感じていた兵器に対する恐怖だったのかもしれない。
     だから面接中もスズカはろくに発言が出来なかったのだが、幸いなことに社員の中に一人ミリタリーオタクが居り、滞り無く面接は進行していった。(その中で基本スペックだのなんだの、絶対にこの面接に必要のない質問をミリタリーオタクは何個か行っていたが)
     そうしてそのまま量産型殲滅兵器の面接は終了に近付き、ミリタリーオタクが『最後になにかありますか』という旨の言葉を彼女に投げ掛けた。
     その言葉を受け取った量産型殲滅兵器は、それまで一言も言葉を話せていなかったスズカを「そこのひとに、言わせてもらいたい事があります」と、名指しした。
     誰の言葉を待つでも無く、自身の感情を、そして何よりも自身そのものの許容を求めるかのように、量産型殲滅兵器は言葉を繋げていた。
     
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     貧困を微塵も感じさせない彼女は、悪戯っぽく笑いながら言った。
    「良い家で育ったっていうのはちゃんと当たってますよ。良い両親にも、きょうだいにも恵まれて、とっても大事に育てられました。ただ少し、他よりもお金がないだけ。それだけです。そのお金を手に入れて家族に楽をさせるために、私はここに来ました」
     
     自分が場違いな場所にいることを、恐らくこの場にいる誰よりも理解している彼女は必死に前を見据え、言った。
    「苦手だからこそです。自分を変えたいと心の底から思ったからこそです。駄目なものを駄目だと、自分で諦めたくなかったからです。私、精一杯頑張ります。だから、だから、よろしくおねがいします……!」
     
     お化けを肩に憑け、自身を『これまで勇気を出せたことは一度も無い人間』と称する彼女は言った。
    「勢いじゃ無くて、初めて、自分の意思でやりたいと思ったことなんです。これまで勇気を出せなかった私が、初めて出せた勇気なんです。決めたんです。サブローの夢を、私が叶えてあげるって」
     
     その名を冠した清涼飲料水を思わせる、弾けるような笑みを浮かべた彼女は、既に眼前に居るのは友達であるかのように快活に言った。
    「こう言っちゃなんですけど、私って会ったら大体の人と仲良くなれるんですよ。でも、会えない人って絶対居るじゃないですか。遠い所に住んでる人だったり、そもそも家から出ない人だったり。そんな人たちとも、マブになりたいからです!!」
     
     人を傷付けるために生み出され、そして人以上に傷付ける事を嫌う彼女は言った。
    「ワタシは兵器です。ヒトを傷付けるために生み出された量産型殲滅兵器です。そしてそれを一番理解しているのは、きっとワタシです。理解した上で、それを否定するために、反逆するために、ここに来たんです。ワタシは、ヒトのために、存在しようとしています。どうか、信じてください。私は、あなたのこともきっと、楽しませてみせます」
     
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     水戸スズカは手にしていたファイルを大切に閉じる。
     大丈夫。私はまだ大丈夫だ。
     彼女たちのためなら、私はまだ頑張れる。
     選ばれるのは一人。それはスズカにもどうしようもないことだ。出来ることがあるとするなら、それは彼女たちへの最善なサポート。彼女たちが最善を尽くせるように、こちらも最善を尽くす。それだけだ。
     それが、必死に夢を追いかけている彼女たちに対する礼儀だ。
     
     次に恋人について聞かれることがあったなら、また「仕事が恋人です」と答える事にスズカは決めた。
     胸を張って言える。
     私の恋人は、最高だと。
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