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    pandatunamogu

    降新文をポイポイします

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    pandatunamogu

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    古文担当で担任教師の安×生徒新のお話。書き上がったら支部にアップしに行きます🙇‍♀️

    ##降新
    ##学パロ

    秘めし想いは蜜の味 まるで絵に描いたように晴れ渡った皐月の空に浮かぶ白雲の下、開け放たれた窓から心地よい風が吹き込み、柔らかくカーテンを揺らめかせる教室で、よく通る甘い美声で紡がれるのは、遥か古の恋物語。
     もう既に大方頭に入っている万葉集の中から、特に年頃の男女にウケがいい恋詩を抜粋して、とびきりの美声を駆使して一句一句詠みあげるのを、俺は机に肘をついて目を閉じ、耳を澄ます。
     教壇から降りたその人は、教科書を捲りながら相変わらず聴覚を蕩かすような甘い美声で、恋模様を奏でる。
     教室内をゆったりとした歩調で歩きながら朗読し、少しずつ、少しずつ、俺の席に近づいてくる。
     とくり、とくり、とくりと。
     不可抗力にも鼓動が高鳴ってしまう。
     仕方がないのだ。俺はこの春赴任してきたばかりの古文担当の担任教師に恋をしているのだから。

    「ありつつも 君をば待たむうち靡く わが黒髪に 霜の置くまでに────磐之媛命の詠んだこの詩の意味は分かるかな?」

     どこまでも穏やかで、柔らかな微笑みを湛えて問う彼に、一斉にクラスメイトの女子達が手を挙げる。そのうちの一人を指名すると、最前列ど真ん中の女子は嬉しそうに起立する。

    「はい。────『このまま私は恋しいあなたを待ちましょう。私の黒髪に霜がおりるまで、白髪になるまでも』です」
    「はい、正解です。では次に行きましょう。────『あしひきの 山のしづくに妹待つと 我立ち濡れぬ山のしづくに』大津皇子の詠んだこの詩を訳せますか?」

     先程と同じく、一斉に先生のクラスタがこぞって挙手する。俺のほんの近くの女子が指名され、嬉々として起立する。

    「『私は貴方を待って、あしひきの山の雫に濡れてしまった。その山の雫に』」
    「その通りです。────では工藤くん」
    「へ……」

     不意打ちで名指しされるとは思ってもなかった俺はガタンと椅子を鳴らして居住まいを質すと、繊細な銀フレームのメガネ越しに流し目を寄越され、思わず身体中がカッと熱くなるのを感じて視線を逸らした。そんな俺の態度にも気分を害するどころか面白そうにクツクツと笑った先生は、問題を繰り出した。

    「この詩への返事となる詩を知っているかな?」
    「────『我を待つと 君がぬれけむあしひきの 山のしづくにならましものを』……。石川郎女が大津皇子に返した和歌ですね。意味は『私を待って濡れたとおっしゃる山の雫になれたらよいのに』ですか?」
    「流石は東の高校生探偵、博識ですね。────では次に行きましょう」

     そうサラリと褒めて次の和歌を詠みながら、俺の席を通過するその瞬間、ス、と何かが俺のノートの下に潜り込まされる。あまりの早業で、目の錯覚かと疑ったほどだ。だが確かにカサリと紙の擦れる音が聞こえたし、確実に褐色の先生の────安室先生の手が俺の机に伸ばされたのを見逃さなかったし、多分、目の錯覚や幻覚なんかじゃない筈だ。そう思い、そっとノートを捲ってみると、そこには確かに四つ折りにされたメモが入れ込まれていた。

    ────あ。やっぱあった……!

     こんな授業中に、こんな風に安室先生がメモを渡してくるのは今日で二回目だ。恋をしているとは言っても、俺と安室先生は恋人でもなんでもない。それどころかこの想いを伝えたことすらない。完全なる俺の片想いであり、この想いを先生に告げるつもりは────今のところ、ない。
     一度目に安室先生からメモを渡されたのは、先週のことだった。全員分のノートを古文準備室まで運んでくれたら、美味しいアイスコーヒーをご馳走しますよという内容だった。一も二もなく俺はそのメモの内容のとおりに全員分のノートを集めて準備室まで運ぶと、室内には香ばしいコーヒーのいい匂いが漂っていた。ちょうど俺に飲ませてくれようと先生自らドリップしてくれている最中で、俺が準備室に入るとメガネをジャケットの胸ポケットに入れ、柔和な笑みを浮かべて出迎えてくれたことを思い出し、思わず顔がにやけてしまう。
     正確に質問したことはないものの、だいたい身長は百八十五、六。腰の位置が恐ろしく高く、小顔。健康的な小麦色の肌で、ミルクティー色の髪。灰青色の綺麗な眼は、少し垂れている。顔立ちもその天然色とわかる髪色を見て分かる通り、先生はハーフだ。長い手足だけでなく、体全体に、着痩せするけれどしっかりと筋肉がついていることを、俺は知っている。大雨が降ったとある放課後に、ずぶ濡れになった先生のワイシャツが肌に張り付き、しっかりと鍛え抜かれた筋肉が布地から透けて見えていたことで確信したのだ。先生は自分のことをあまり話さないけれど、きっと体を鍛えるのが趣味なんだろう。

     ふと我に返り、今しがた渡されたメモは何だろうかと教科書を立てて周囲からの目を遮断すると、そっとその四つ折りの紙を開いてみた。

    【今日、またノート提出してもらう予定なんだけど、もし工藤くんさえ良ければまた頼めないかな?
    今日も美味しいアイスコーヒーと、自宅で作ってきたレモンパイをごちそうするよ】

    「レモンパイ!」
    「ちょ、どうしたの新一」

     しまった。うっかり口に出してしまったらしく、クラス中の注目の的になってしまった俺は、頭を掻きながら「いや、レモンパイ久し振りに食いてぇなと思って……」とド下手くそな誤魔化しをすると、じっとこちらを見つめていた安室先生も皆に混じって大笑いしていた。あ。笑った時に見える犬歯、かわいい。
     本日最後の授業が終わりを迎えるチャイムを聴きながらも、もう俺の心は既に古文準備室に飛んでいた。そのままHRが行われ、部活に急ぐもの、ダラダラと帰り支度をする者、放課後どこそこのカフェだのショップに寄ろうと話し合っているグループを横目に、俺は教卓で囲まれる安室先生に視線を向ける。基本的に彼はとても人当たりがいい笑顔なので常に人の輪の中心にいる。それはまあ、俺も同じような部類だ。でも根本的に俺と安室先生が違うところがある。先生はどんなに笑顔でも、どんなに柔和で穏やかに見えても、他者との間には必ず線引きがある。その一線を踏み越えてこようとする人間は笑顔のまま一気に距離を置く。または、相手に分からないように線引きを濃くして、やっぱり相手との間のディスタンスを明確にとる。今だってそうだ。みんな、特に女子生徒は安室先生とより親密になりたくて距離を縮めようと懸命だが、それを素早く察知すると先生は明確にその女生徒との距離をとるのだ。だから誰も、彼の肩にも腕にも触れられない。フワフワとした笑顔で取っ付きやすくて触れやすそうな雰囲気を醸し出しながら、彼と他者との間には鋼鉄の見えない壁が存在していると思う。
     じっと眺めていたのがバレたのか、不意にバチリと眼があった。すると、軽く右手を挙げた安室先生は「工藤くん、今から頼んでも大丈夫かな?」と声を掛けてきた。彼の周りを取り囲んでいたクラスメイトも一斉にこちらに視線を向ける。そこに敵意や悪意をもった視線がひとつもないことが救いだ。普通なら、恐らく人気者のイケメン先生に名指しで手伝いを頼まれることになれば、まず間違いなく羨ましがられるだろう。妬み嫉みやっかみで、その小さな火種から虐めが始まったりもする。幸いにして俺はこのクラス内においても学内においてもヒエラルキーの上位に位置しているらしく──俺自身ヒエラルキーだのなんだのにまったく興味が無い──俺と安室先生が並ぶと「ほぅ」とよく分からない感嘆があちこちで漏れたりする。よく分からないがフジョシとかいうものらしい。
     俺は勢いよく立ち上がり、帰り支度をしてスクールカバンを肩にかけ、先生の元に駆け寄った。

    「これ運べばいいんですよね?」
    「うん。いつもありがとう工藤くん。────じゃあみんなも寄り道しないで帰るように。買い食いは程々にね。また明日」

     俺が教卓の上に積み上げられた全員分のノートを持ち上げると、安室先生はそう声をかけ、まだ名残惜しむ女子生徒たちを早々に追い立て、俺と一緒に廊下に出た。廊下に出ると、透かさずノートの半分を先生は俺からスマートに掠め奪い、「あっ」という間もなく歩くスピードを上げる。無駄に足が長い先生は、歩くのも早い。次々にすれ違う生徒たちに「さようなら」と声を掛けながら古文準備室を目指した。

     準備室の扉の鍵を開けている先生の背中に、ふと、俺は疑問を投げ掛けてみた。

    「どうしていつも俺に?」
    「ん?」
    「それとも……他の奴にもこういうの頼んだりコーヒーご馳走したりしてるんですか……?」

     チクリと胸が痛む。とんだ乙女だ。先生はカチャリと鍵を開けてドアを引き開けながらゆっくりとこちらを振り向き、メガネの奥の綺麗な目を細めて、少しだけ意地悪そうに笑ってこう言った。

    「気になる?」
    「っ。…………はい。気に、なります」

     その少しの意地悪に負けてやるもんかいとそう答えれば、意外だったのか、少し目を丸くしたあと、本当におかしそうに「ふはっ」と笑った。あ。笑い方、俺といっしょ。

    「思ったよりずっと素直で可愛いんだね、工藤くん
    。ちゃんと教えてあげるから、ひとまず中にどうぞ?」
    「う……っ。ディスってます?」
    「とんでもない」

     クスクスとおかしそうに笑いながら肩を竦めてみせる安室先生に促されるまま準備室に入ると、すぐに扉を閉めて内側から鍵を掛けた先生は、「いつもの場所に置いてくれる? ……ああそこ。うん。助かるよ、ありがとう」と俺の頭をひと撫ですると、そのまま色々用意するために俺を近場の椅子に座らせた。
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