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    pandatunamogu

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    クラッシャー新とさらに上手な降のお話第3話

    つみ の みつ-第3話-          3.


    「良くない遊び、してるでしょう」
     降谷さんと食事に出掛けた翌日の午後、定期検診のために訪れていた隣家で、相棒の覚めた眼差しがオレを緩く刺す。
     香り高いアールグレイの紅茶は非常に美味ではあったが、少し居心地が悪い。
    「来る者拒まずだけの時は敢えて野暮言うのは止めようと黙っていたけど、他人様のものは止めておきなさい。痛い目見るわよ」
    「……」
     黙りを決め込んでみるも、やはり聡明な彼女には無意味だったようだ。
    「今まではそれでも、向こうから言い寄ってきたんでしょうけど……アナタ、今は違うでしょう」
     見てきたかのように正確に言い当てる宮野がオレは、偶にとても恐い。
    「今の相手がどこの誰かは分からないし興味もないけど、自分からパートナーのいる相手に言い寄るようなマネは止めなさい」
     どうせその相手だって、特別好きなわけじゃないんでしょう、と。吐息に混ぜて吐き出した彼女の言葉に、じわ、と何かが心の中心にひろがる。
    「ミイラ取りがミイラになった時、一番苦しむ羽目になるのはアナタなのよ」
    「……ああ」
     掠れた声で、返事をするのが精いっぱいだった。


     想定外のことが起きた。
     約束どおり、降谷さんに行きつけの洒落たバーに連れて行ってもらったまでは、良かったのだが。思いのほか、勧めてもらったカクテルがどれも度数が高く、二杯目になると呂律が回らなくなってしまった。それでも潰れるほどではなく、せいぜいが酒酔い状態だったが。
    「ふるやさんの奥さんって、どんな人です?」
    「……どうして?」
    「えー……だって興味ありますよぉ。あんまり女性に興味なさそうに見えた降谷さんが生涯の伴侶にしちゃうぐらいの女性なんだから、さぞかし美人なんだろうなぁって。才色兼備でヤマトナデシコを絵に書いたような人ですか?」
    「さあ……どうだろうな。別に俺は外見に惹かれた訳じゃないし」
    「ふぅん。……じゃあオレは?」
    「え?」
    「奥さんのことは外見に惹かれて結婚したわけじゃないなら、オレのことは? あのとき、ドコに惹かれてくれたんですか?」
     じ、と見つめて問えば、困ったように眉尻を下げた彼は、「少し飲みすぎかな」とオレの右手から残り一口になったグラスを取り上げ、中身を煽った。
    「どっちもだよ」
    「どっちも?」
    「そう。見た目も中身も頭脳もすべて」
    「わぁ。熱烈うれしい」
    「ははっ。それは良かった。ちょっと酔い醒ますといい。────すみません、彼にお水のおかわり頂けますか?」
     何処までもスマートに、三十代くらいのバーテンダーにそう頼む降谷さんに応え、すぐに磨き抜かれたグラスになみなみと注がれた水がオレの目の前に置かれた。
    「ほら、ゆっくりお水飲んで。アルコールの血中濃度を下げて」
    「へぇきですよ、こんぐらい」
    「だいぶ呂律が怪しくなってきてるじゃないか。ほら、いいから飲んで」
     そう言うと右手でオレの背を支え、マリッジリングが煌めく左手でグラスを持った降谷さんは、オレに水を飲ませてくる。オレはじっと、そのリングを見つめながら喉を上下させた。
     ゆっくりと水を飲み干すと礼を言い、グラスから離れ掛けた彼の左手をそっと捕らえる。少し驚いたようにこちらを見遣る灰青色の眼をゆっくりと捕え、小さく「いいなぁ、結婚指輪」と呟いた。
    「工藤くん?」
     戸惑うように名を呼ばれ、僅かにその手を引いた彼を、今度はカウンターの下の、誰にも気づかれない場所で再び左手を自身の左手で捕えた。そのままツツ、とリングを指先でなぞり、息を僅かに飲む隣の彼を、横目にチラリと見る。
    「もう……さすがに遅いですよね、オレ」
     明確には言わずにそう問えば、向こうは無言だった。たっぷり一分くらいの間を持たせ、彼はわずかに目を伏せて、ふぅ、と息を吐いた。その残滓だけが、微かにオレの頬にかかる。
    「やっぱり呑みすぎだな、工藤くん。そろそろチェックしようか」
    「酔ってません」
     今までの呂律の怪しさが嘘のように明確に、明瞭に。しっかりと聞き取れるようにそう返し、キュ、とその指先を握れば、彼は────振り払わなかった。
     じっと。まるでこちらの真意を窺うように目の奥を覗き込まれ、少しだけ、彼の端正なかんばせが歪む。
    「言葉の意味、分かっているのか?」
     それは冷淡ではなく、嫌悪的でもなく、真摯だった。
     どこまでも、どこまでも、真摯だった。
     振り解かれない左手を一瞥し、スゥ、とオレは目を細めた。
    「何も分からないネンネだと?」
    「…………」
     彼はそれには答えず、静かに前を向くと、そっと左手を解いた。まだ引っ掛からないか、だとか。残念だ、などという感想よりも何故か、ぢくりと胸の奥が痛みを訴える。
     彼は真っ直ぐ前を向き、静かに正面のバーテンダーに「チェックを」と告げた。
     嗚呼。不興を買ってしまったか、やらかした。
     落胆に方を落としていたオレの腰を、スツールと身の隙間からスルリと入り込んできた彼の逞しい腕にそっと抱き寄せられ、弾かれたように顔を上げて彼を見やると、チェックを済ませて財布をしまった彼は、真っ直ぐ前を向いたまま、こう告げた。
    「意味を理解した上で口にしたのなら────おいで」
     最後の三文字を形作る瞬間の降谷さんの唇は、脳が痺れるくらい────艶っぽかった。


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