バージンロードバージンロードは、まるで光の先へ向かうような印象だった。
三月某日。公務員はこの年度末の時期に式を挙げる人間が多い。新年度に影響が出ないようにするためなのだろう。特別公務員であるボクらにそれが当てはまるのかはさておき、ほんの少しだけ寒さも和らいだ、実に良い日取りだった。
重厚なドアの手前で立ち止まる。そこには白い手袋をしたプランナーがにこやかに膝をついていた。
結婚式なので礼服で良いかと思っていたが、花嫁たっての希望で黒いモーニングになった。試着の時はスタッフが一から手伝ってくれたが、式本番ともなれば忙しなく、スタッフは花嫁にかかりきりで、ボクは着慣れないそれを、ネットの情報を駆使しながらなんとか着替えた。まあ頑張り虚しくスタッフに襟を直され、ポケットチーフを入れ直されここまでやってきたが。
「とてもよくお似合いですよ。花嫁様が、黒のモーニングが良いとお選びになったんです。御髪の色が華やかなので、お召し物はシックな方が良いのでは、と」
確かに、第一部隊隊長ともなれば礼服もじゃらじゃらと色々なものが付いて華やかではある。目尻の皺が多い女性の胸元には『ウェディングプランナー 佐々木』と記されている。きっと多くの挙式を見守ってきたのだろう悠然とした風格が彼女には滲んでいた。
「ドア、開きますよ。ご準備宜しいでしょうか」
プランナーの声に、ボクはふと花嫁を見つめた。頭一つ分、いや、二つ分は小さな背丈の花嫁の手は、ボクの肘にそっと添えられていた。ドレスの膨らみの分近寄れないが、緊張しているのがありありと分かってからかうと、むつけたようにしてから、にっこり笑った。その笑顔に、ボクは弱い。
「お前は、笑ってる方がいいよ」
そう伝えると、花嫁は一瞬俯いて、お化粧崩れちゃう……と呟いていた。ボクにだけ聞こえる、小さな声だった。
白い手袋が、重厚な扉を開ける。
それと同時に、天井の高い式場にパイプオルガンの荘厳な曲が鳴り響いた。
バージンロードは、まるで光の先へ向かうような印象だった。
都心を見下ろす高層階に作られた硝子張りの式場は、眺めが良く、陽の光を存分に取り込んで明るくボクらを照らした。
人生で、こんな人並みの行事に出ることがあるとは思わなかった。
一歩、また一歩。牛よりも遅い歩みで光の中心へ向かう。
一歩踏み進めるごとに、思い出を噛みしめる。出会った日、涙していた日。励ました日、一緒にご飯を食べた日。戦いに明け暮れた日。そのすべては、こうやってこの道を歩く為だったのかもしれない。
光の先端に到着したら、花嫁の手を外す。リハーサルとも呼べないような短い練習ではそう教えられた。添えられた手をくるりと回して離す。それなのに、その腕はボクの腕から離れまいと、モーニングの生地を必死に掴んでいる。子供じみたそれに、ほのかな優越感と苦笑が胸裏に溢れた。
「なあ……」
潜めた声は、パイプオルガンの音に掻き消されながらなんとか花嫁に届く。
「お前は、笑ってる方がいいよ」
「でも……」
「ボクは、お前がいて幸せだ。ボクに、家族をくれてありがとう」
花嫁は、はっとして更にモーニングを強く掴む。そんなつもりはなかったんたが。ベールダウンされたレースの向こうで、大きな目が淋しげに歪む。
「ししょう……」
涙が決壊しそうな瞳は、出会った頃を思い出させた。悲しみに暮れる涙と、今日の涙が違うことくらい、感性が死んでるボクでもちゃんと分かっている。
「そろそろ進行通りにやらないと、新郎もむつけるし、宗四郎にも……『四ノ宮ばっかり可愛がって』ってむつけられる」
「ははっ……たしかに」
恐らく会話が聞こえたのだろう。新郎は訳知り顔で「むつけませんよ」と和やかな笑みを見せた。宗四郎は少し距離のある最前列の長椅子で、不安げな顔でボクらを見つめていた。
「行ってこい、花嫁。ここからはお前の主戦場だ、四ノ宮」
「りょう……」
ベールのせいで涙を拭けない四ノ宮の代わりに、隙間から指を差し込んで拭ってやる。マスカラで汚れるのは御愛嬌だ。
ボクが長椅子の最前列に座るなり、隣の宗四郎は「どうしたん? どっか痛めたん?」と的外れな耳打ちをしてきた。
「嫁に行くのが淋しいんだと」
ボクが感じた事実を伝えると、宗四郎は小さく何度か頷いていた。これはまったく共感できてない顔だなとボクは笑いたい気持ちを必死に抑えていた。
誓いのキスに歓声が沸き、さっきまでゴネていたのは何だったのか、新郎と新婦が見つめ合って満面の笑みを浮かべる。ボクが手元のフラワーシャワーを少し零しながらそれを見ていると、宗四郎はまたも耳打ちしてくる。
「鳴海さん、お兄ちゃん、卒業やね」
幸せが伝播したかのごとき笑顔に、ボクはこの場に似つかわしくないあくどい笑みで返してやった。
「ボクはお兄ちゃん卒業かもしれんが、今度はお前は四ノ宮の『お義兄さん』になるんだなァこれが」
おめでとうの花吹雪の中そう告げると、宗四郎は、今度こそ合点がいった顔で「たしかに!」と笑った。その指には、去年の今日、ボクが贈った指輪が光を受けて輝いていた。