屹度 さて。返事がない。
コン、コン、コン。そのまま、拳が動きを止める。
影山律は、事務所に呼ばれたとき、決まって三回ノックを鳴らすことにしている。
別に、誰かさんと取り決めをしたわけではない。しかし、不服ながらも兄の代役として呼ばれるうちに、いつしかそれが律が訪れたということのサインになっていた。こうすると大体奥から「おー、入っていいぞ」と声がかかるので、律は「失礼します」と、ドアを開く。そういう一連の流れが出来上がっている。本当に、不服ながら。
しかし、しかしだ。今日に限って、何も応答がない。律は一旦ドアを鳴らした拳をおろして、もしや不在なのか、と考えた。けれど一応握ってみたドアノブは容易く回るから、どうやら鍵は開いている。もしかすると、単純にノック音が聞こえなかったのかもしれないし、来客の対応をしているのかもしれない。
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