風の日 とある休日。今日はよく晴れていて雲も少ない。ただ、風が吹いている。外に置いているものが飛んでいきそうなくらいの強い風が。
「うわ、本当に風が強いな。オレのターバンも吹き飛んでいきそうだ。」
そう言いながらなっはっはという笑い声と共にカリムは寮の中庭にいた。
噴水の揺れる水面を見つめる瞳はワクワクとドキドキが混ざり合ったものだった。
「そう言うなら大人しく部屋に戻ってくれないか、カリム。」
眉間にしわを寄せてカリムの後ろに佇むジャミルの髪はびっくりするほど風になびいていた。
「だってさ、ジャミル!こんな風めったにないだろ?遊ばないともったいないじゃないか!!」
そういうカリムの側には絨毯が屈伸のような動きをして待機している。
ーー飛ぶ気なのか。こんな風の中を。
心底呆れたという顔をしてジャミルはもう諦めていた。どうせ言っても聞かないのだこの主人は。
先程よりも風が強くなり、少し離れた相手の声も聞こえづらくなってきた。
絨毯は足を踏ん張るように構えて気合い十分に待っていた。
「お〜!!行けそうだな!絨毯!!」
普段よりも大きな声をかけてカリムは絨毯に足を乗せる。風で流させそうになりながらなんとか留まっている姿はなんとも健気な姿だった。
「あまり無茶なことはするなよ。」
そう言って立ち去ろうとするジャミルの腕をカリムはグッと掴んだ。
「何言ってるんだ、ジャミル!一緒に行くんだよ!」
「はぁ!?」
ジャミルは驚いている間に風に煽られ、絨毯の上へと導かれてしまった。
ひどい向かい風の中の空中散歩。
何故あえて向かい風の方向に行くのかジャミルは理解に苦しんだ。
せめて逆に進んだ方が抵抗は少ないんじゃないか?
という言葉を飲み込んだのはどうせ言っても「その方が楽しいだろ。」とか言う返事が返ってくるのがわかっていたからだ。それにしても強い風だ。横にいても声が聞こえづらい。
「たまにはこんなのもいいな!なぁ、ジャミル!」
「全っ然よくない!そろそろ帰るぞ!カリム!」
大きな声で言い合ってようやく言っていることがわかるくらいだった。
長い髪が風でぐちゃぐちゃになりジャミルの不快指数はどんどん上がって行った。
おおよそ寮が見えなくなるほど遠くまで来たようだった。目を開けているのもやっとの中、風景なんかとても見る余裕はなかった。
「なっはっは!まぁ絨毯もそろそろ疲れてきただろうからな!帰るか!……なぁ、ジャミル………。」
カリムは最後の言葉だけわざと声を落とした。
風でかき消してもらうために。
小さくなる声を聴くためにカリムの方を向いていたジャミルにはその口の動きで何と言ったのか伝わってしまったようだが。
ジャミルはフードを被りながら1人方向を後ろに返した。向かい風の中ではフードもまともに被れやしない。
そんなジャミルの様子をカリムは満足気な顔で見つめている。
絨毯がくるりと方向を変えると被ったフードが風に吹かれ、ジャミルの赤くなった顔が姿を現した。
「っ…!!突然向きを変えるな!絨毯!」
そそくさとまたフードを被るとギュッと俯きそのまま寮に帰り着くまで2人とも黙ったままだった。
カリムがどんな愛の言葉を囁いたのかは風の中頑張った絨毯だけが知っている。