「君たちって、本当に賞賛の言葉が好きだよね」
「ん?」
「それはどういうことだい? 蛍」
スポーツドリンクを片手に零した、思考するだけに留まらなかった言葉。それは厄介なことに鏡の前にいた男たちの耳に入ってしまったらしく、直前まで聴こえていた言葉のやりとりがぴたりと止んだ。四つの目が見つめる。
ひとりは目を少し大きく開いてきょとんとし、もうひとりは眉をハの字にした。どう考えても厄介なのは後者だな、とこちらまで眉を寄せてしまいながらタオルを敷いた床の上へドリンクボトルを置く。
「どうもこうもそのままの意味だよ」
そんなことを言い合っている暇があったら、ストレッチでもしたほうがよほど有意義だね。と床へ座り、ダウンストレッチの続きをしようと脚を開く。今日はこれをやれば上がりだ。
ふたりは少しの間そんな僕の様子を見つめていた。が、それも束の間のこと。動くのが早かったのは晶だった。
「それならば、ほらっ! 見てみろ、俺の身体はこんなにも柔らかい!!」
バーを片手で掴みながら腰を反らせ、腕を開く。創真が顔を輝かせたのが見えた。
「本当だね、流石だよ晶。これならタンゴを踊るときにかなり反っても平気かな?」
「勿論さ! 創真、君が今やっている柔軟の方法も普段あまり見ないもののようだね。どんな発想から産まれたか是非聞かせてくれ!」
「ああ、これはね……」
「………………」
そういうことじゃないんだけど。
皮肉を挟む間もなく再び始まった応酬にはもう耳を傾けなかった。馬の耳に念仏、豚に真珠、ふたりのおめでたい頭に説法を聴かせても意味はない。
「僕はこれであがるから。どうぞごゆっくり」
あのふたりが心のない賞賛を贈り合うとは思えない。美辞麗句をこうも送りあえる彼らを少しだけ――ほんの少しだけ羨ましいと思いながら、重たいスタジオの扉を音を立てて閉じた。
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キングダムの時代にこんなことがあったかもしれない妄想。この後、メイン9章のノエルくんの言葉(お前だから選んだ)に救われます。