「………………」
カチカチ、と無機質な空間に一定のリズムを保ちながら時計の音が響いている。部屋のカーテンは閉め切っていて、今が何時なのか分からない。ただ、唯一光が漏れているから昼なのか夜なのかだけは分かる。そんな中、瑞希は外の光が入らないベットの隅で三角座りをしていた。
「このアニメ……って、こんなにもつまらないものだったっけ……」
連続再生に設定しているから、エンドロールが流れている途中で次の話が始まる。これを数え切れないほど繰り返していた。
このアニメも最終回まで数えるくらいしかないのに、何が面白いのかが分からない。今観ているものも昔ハマっていたアニメ。
サブスクというものが無かった時に買ったDVDは、もう表面が色褪せるくらいずっと繰り返し見ていて、それほど面白いものだと証明できるはずなのに、今は嘘だと思うくらい全く何も感じない。
でも、アニメなら……自分が望んでも望まなくとも、ああだ、こうだって考えなくても都合のいい未来にたどり着ける。そこに苦悩も他人からどう思われるかなんても気にしなくてもいい。
それに、途中で終わらせる勇気もない。もしかしたらこの先の展開が面白いじゃないかって、そんなすぐに崩れる期待が胸にこびりついてしまっていて……最後まで見てしまう。
……そうやって選ばなきゃいけない場面でいつも先延ばしにして、それでいて……招いた結果が今の現状だ。
思えばいつもそうだ。いなくなる勇気もなければ、生きたくなくとも終わらせるのが怖くて、一歩が踏み出せないままで……逃げて、逃げて、逃げて、逃げてきた代償がこれで……
「自分勝手だったのは……いつもボクの方なんだ」
きっと絵名も……ニーゴのみんなも前と同じで、いつもみたいに接してくれて、いつもみたいに他愛ない話だってできる。
でも……ボクの秘密を知らないフリをして接していても、何も知られなかった時にはもう戻れない。
ボクのせいで絵名達に嫌な思いをさせたくない。楽しいはずの買い物も、会話も、打ち上げも……ボクと一緒にいたら心配も気を遣わせてしまう。
それに、きっとボクといたら絵名も一緒に見世物として奇異な目で晒されてしまう。きっと、そうなってしまったら……ボクはもう……
でも、どうせ……もう買いに行くこともないんだから。…………苦しい思いはもう……したくない。
瑞希は自分の膝に顔を埋める。スマホは手から滑り落ちて、ぼふっと音を立ててベッドに沈む。しかし、垂れ流しているアニメの音声は布団の上で籠りながら響いてた。
「臆病なのは……いつもボクのほうなのに……」
臆病だから、また……壊れるのが怖いんだ。壊れて、優しくされて……前と変わらないって思わせてくれるのが……どうしようもなく嫌だった。
きっと、『こうなってしまったらどうしよう』って嫌なくらい考えても、遅かれ早かれこうなる結末だったんだ。例えるなら……テープでぐるぐるに巻いて無理に固めていたものが、時間と共に剥がれ落ちただけ。
だったら最初から、独りでずっといれば良かったんだ。何も気にしなくてもいいし、楽になる。……全部、ぜんぶ、ボクのせいなんだ。いっその事離れてしまったほうがいいんだ。
そうしたら、絵名にも……ニーゴのみんなにももう迷惑を掛けなくてもよくなる。
はぁ……と大きく息を漏らして、スマホから目線を離す。服も小物も全てクローゼットに仕舞い込んでいて、等身大の鏡も布を掛けて何も写していない。
ただ、ぽつんと目の前にトルソーだけが片付けられなくて、部屋の端に置かれたまま。それを見てもアイデアも浮かばない。それに今はもう……
「何もしたくない……ぜんぶ、つかれた」
そうぽつり、と呟いても返事は返ってこない……しかし、その声に反応したかのように、通知の音が聞こえた。
「……お母さんからだ…………」
どうやら、学校から補習の連絡があってこのままだと留年してしまうと担任から連絡を受けたらしい。
「『ありがとう……ちゃんと行くから。心配しないで』っと」
送信してスマホの電源を落とすと、黒くなった画面に自分の顔が映る。その顔は酷くやつれていて、流し尽くした涙の跡で目が腫れていて、目の下には隠せないほどのクマが刻み込まれていた。
「補習……行かなきゃ」
学校には行きたくない。でも留年して、家族にも迷惑掛けたくない。今だってずっと迷惑を掛けてるし……
お腹……は空いていない。最後に食べたのいつだっけ…………まぁ、いっか。
今日何日だっけ……あのブランドの発売日って確か…………いっか。どうでも。
「……みんな帰ってるかな……」
絵名はもしかしたら出会うかもしれない……けど、連絡を取ってないからどこにいるかなんて分かるはずがない。
それにあの場所から逃げてきたんだ。追いかけてくるわけがない。
でもセカイなら……きっといるんだろうな……
『もう、セカイには来ないの?』
『……みんな、待っているわ』
「………………っ」
数日前のメイコの言葉が頭の中を駆け巡る。そして視界が潤んで次の瞬間には、液晶に涙が落ちた。自分が泣いてることに理解が追いつかない。
どんな感情で涙を流しているのかも……もう忘れてしまった。それを乱雑に拭いさって、スマホをベットに放り投げた。
「このままひとりにさせてくれたら楽でいいのに……」
ベッドの上から降りて、床に足を着く。足にも力が入らないし、ちゃんと歩けるかどうかも分からない。誰かに首を絞められている窒息感に上手く呼吸をすることができない。それでも、カバンを持って部屋の外から出ようとした。
「……どうして、みんなボクをひとりにしてはくれないんだ」