暗闇をひた走る。
何も見えず、鼻を付く嫌な匂いに顔をしかめながら。
時々届く細い街灯の光。立ち上る黒っぽい煙。
踏みつければべちゃりと散る嫌な水たまり。
無茶苦茶に、縦横無尽に練り進む戦いの跡を必死で辿った。
「イレイザー」
やがて開けた袋小路でそのシルエットを見つける。
大型とはいかず、しかしパワータイプだろう中型ヴィランの巨大な腕が黒い影を薙ぎ払う。
ビル壁に叩きつけられて轟音と共に土煙に消える姿に——一瞬、理性が薄まった。
「シット!」
インカムをミュートに、地面を蹴り上げてヴィランに飛び掛かる。
道中での予想通り、消耗しきっているそいつは俺に気付くのが遅れた。
動きが読める狂暴な腕を紙一重でいなし、頭を——耳を捕まえる。
『BOW』
脳をドリブルするような音量を強制的に叩き込む。
どぷっと耳から噴き上がる血を避け、衝撃で発狂して暴れるヴィランから離れ、地面に着地して姿勢を一気に落とした。
『ッッセェエイ』
開いた大股に縦一閃。
安全靴仕様のブーツを全身を使ったバネで勢いよく跳ね上げる。
手加減一切無し。急所への大打撃にヴィランは耐え切れず、白目を剥いて倒れた。
口から泡を吹きひくひく痙攣する姿に自分の攻撃とはいえぞっと背中が冷える。股間も。
「——……ク……」
パラパラガラガラとビル壁のひび割れが崩れ、酷く緩慢に人影が動いた。
「イレイザー」
「マイク……」
すぐに駆け寄って身動きを止めさせる。瓦礫から体を助け出し、怪我の度合いを確認した。
「……あばらをやった……腕も、左は感覚が遠い」
掠れた声で冷静すぎる申告を聞く。
額を切ってるから出血が激しく見えるが、脈や瞳孔などの基本的なのは大丈夫そうだった。
「……全くよぉ、お前が一番近くにいて、お前が貼り付いてたから倒せたのは分かるぜ? ヒーローやってる奴なら分かってくれるさ。——でもよ、お前の恋人はそれで納得してねのよ。援護待つとか、追跡だけできなかったのかとか、こんな怪我して、とかさ……」
応急処置をしながら愚痴をこぼす。
そんなことは言ったところで仕方ないと分かっている。ヒーローと個人は切り分けないといけない。
けれど、これは俺が——『ヴォイス』を授かる俺が言うべきだと、思うから。
「あんま、無茶すんな」
少しは心配する俺のことも考えてくれ。
血を拭いて、やっとマシになった顔が困ったように笑った。
応と、求める返事が返って来なくてもいい。
でも、聴いてくれてありがとな。
伸びたままだったヴィランを拘束していると、袋小路に朝陽が射し込み仲間の声も聞こえてきた。
とりあえず負傷と貧血で起き上がれない恋人を病院に。気絶したヴィランは警察に引き渡して現場検証やら報告書やら——。
さあ、まだ終わらない夜にもうひと踏ん張りだ。