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    sooya_main

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    12月新刊になる予定の経年やまみつ
    やま(39)みつ(38)です

    「ミツが、好き」
     考え抜いた結果ひどくシンプルになってしまった言葉は、二人の真ん中にぽつりと落ちた。陽光の欠片を集めたような温かな瞳は一瞬きらりと閃き、しかし次の瞬間昏く陰る。ごめん、と聞こえるか聞こえないかの声量で囁かれた大和の心中は、絶望感と疑問符で溢れた。
     臆病で狡い人間だと自分でも思う。だから男同士で、同じグループのメンバーで、誰よりも離れ難い彼になんの勝算もなく告白をした訳ではない。ライブの時の熱に溶けた瞳に、日常に感じる柔らかな慈愛を持った視線に、三月もきっと自分のことを憎からず思っているという確信があったからこそ関係性を進めたいという意思を示したのだ。事実僅かに見えた閃きは確かに嬉しさを含んでいた。それとも、全て自分の願望が見せた都合の良い幻覚だったのか。ぐるぐると回る思考を無理やり飲み込んで、大和はへらりと眉尻を下げた。
    「あー……と。ごめんな、急に変なこと言って」
    気にするな、忘れて欲しい。続けようとしたのはそんなものだっただろうか。形にもならないあやふやなそれは三月の息を吸う音でかき消された。
    「オレ、器用じゃないからさ」
    震える声で切り出された言葉は自嘲のような色を含む。息を飲んで続きを待つ大和に、三月の大きな瞳が僅かに細められた。
    「今は、アイドリッシュセブンの和泉三月でいられるだけで精一杯なんだ。だから……ごめん」
    ふわりと広げられた両手の中にはきっと、その言葉通り彼の夢見た『アイドルの和泉三月』が詰まっているのだろう。上げづらい視線を必死に保つような、そんな辛い顔をさせたかった訳では無い。耐えかねたように三月が顔を伏せた一瞬で、大和は大股一歩の距離を詰めた。伏せた顔に影を落とす杏色の前髪に手を伸ばす。
    「大丈夫だよ、俺はそういうミツが好きなんだから。どんなことがあっても絶対にって。それだけ、覚えてて」
    じわりとオレンジ色の瞳に膜が張って、堪えるように一度強く唇が噛み締められる。色の変わるほど力の込められたそれのお陰か、大きく見張られた瞳の縁から雫が零れることはなかった。はく、と小さく唇が開いて潮を飲み込んだ喉から空気の漏れる音がする。
    「……っ、いつか」
    震える声で切り出された言葉の続きを大和は黙って待っていた。ゆっくりでいい、そんな思いを込めて見つめれば三月は大きく深呼吸をした。呼吸に合わせゆっくりと膨らむ薄い胸。ようやく落ち着いたらしい彼はしかし、へにゃりと眉を下げて泣き笑いの表情を浮かべた。
    「ごめん、なんでもない」
    力無く首を振る姿にそれ以上追求することも出来ず、するりと己の手からすり抜けていく三月を大和は声もなく見送る。不意に吹いた夜風の冷たさが彼の不在を際立たせるようだった。

    ***

     隣室の人の気配は感じるが話す内容は聞こえない、そんな程よい個室居酒屋の中。もう幾度酒を酌み交わしたか分からない男を相手に大和はぐったりと体の力を抜いていた。目の前に座り綺麗な箸遣いでホッケを口に運ぶのはライバルグループのリーダーである八乙女楽。柔らかな銀髪をぴっちりと撫で上げた彼は、己と同じ年月を積み重ねているというのに微塵も老いを感じさせなかった。
     あの日、大和が三月に想いを伝えてしまった夜から十五年。有難いことにその後もアイドリッシュセブンは躍進を続け、二か月後にはデビュー十七周年の記念ライブを控えている。ここ五年ほどは特にメンバー各々の仕事も増え七人全員揃う機会も減っていたが、久しぶりに毎日のように顔を合わせレッスンを重ねる日々に年甲斐もなく皆はしゃいでいた。大和ももちろん例外ではなく、しかし彼には一つ他のメンバーには言えない懸念事項が残っている。
    「なあ、いつかっていつだと思う?」
    無言でちびちび酒を舐めていた大和からの突然の投げかけだったのにも関わらず、楽は真剣な表情で眉を寄せ口を開く。
    「五日? 今日は二十三日だろ。もう酔ってるのか二階堂」
    大真面目な顔でお決まりのボケをかますので、どこまで本気なのかいまいち読みづらい。いや、この男が本気でないことなどないのだろうが。こういう抜けてるところも素敵、とか言ってキャーキャー言われてんだから、顔のいい男は得だよなぁ。目元に僅かな皺を作りながらもそれすら色気に変えている男前を見上げてため息を吐く。大和の知りたい『いつか』とは言うまでもなくあの日三月が口にした『いつか』のことだ。眩しくて愛おしいものをみるような目で彼の言った、未来を示す言葉。いつになればそれは訪れるのか、そしてその瞬間を迎えたら何が起きるのか。そんなことを考え三月への想いを断ち切れずにいるこの十五年を自分でも相当女々しいとは思う。けれど、彼以上に大和の心を揺らす存在が現れなかったこともまた事実だった。
    「一途って言ったら、聞こえはいいんだけどねぇ……」
    「あ? なんだ、和泉兄のことか」
    納得したような顔で頷く楽にこの想いが知られてしまったのはいつのことだっただろうか。いつものように飲みに入った居酒屋でつい深酒をしてしまい、うっかり愚痴を零したのが運の尽きだった。以降事あるごとにもっと積極的に行けと彼らしいアドバイスを受けていたが、ここ数年はどうやら傍観の姿勢を貫いてくれている。
    「相変わらずどうにもなってないのか、お前ら」
    呆れ半分心配半分といった声色で続けながら、楽は切り分けたふろふき大根に甘味噌を乗せ頬張る。出汁の染みたそれはとても美味そうで、大和も自身の分として置かれた半分に手を着けた。
    「どうにもなるわけないんですよ、とっくに振られてんだから」
    中の透き通った大根を一口大に分け、息をかけて冷ましながら吐き捨てるように返す。ちなみに三月に振られた経緯はとっくの昔に吐かされていた。勝算があるなどと奢っていたことも全て。それでもなお前述のような強気なアドバイスを続けていたのだから、彼も不思議な男である。
    「つったって、こないだまでは楽しそうにしてただろうが。久々にミツと会える―って」
    ふわふわとした口調は己の真似だろうか。記憶もないのに過去の自分を絞め殺したくなるのでやめて欲しい。楽が言っているのはおそらくライブのためのレッスンが始まる少し前に飲みに行った時のことだろう。確かにその時浮かれていた自覚は十二分にある。けれど現実はそう上手くはいかないのだ。
    「そりゃ顔見られんのは嬉しいですけどね。その顔が疲れ切って隈作ってちゃ心配にもなるでしょ」
    言いつつ本日何度目かも分からないため息。
    「忙しいのか、和泉兄」
    「ちょうど深夜ラジオと早朝ロケが多いみたいで、練習とは被んないから断ってないっぽい」
    小皿に積まれた焼き枝豆を一つ含み、低く唸る。大和とて撮影スケジュールを調整しながら他の仕事もこなしているが、三月は明らかに頑張り過ぎだ。相変わらず全てに一生懸命な姿勢は尊いけれど少しは自身の身も省みて欲しい。昔のように若さで体力を補える年でもないのだから。
    「それなら、お前が休ませてやったらどうだ?」
    「ミツを? 無理無理、あいつ意外と頑固だし」
    三月は思っているよりプライドが高いのだと、話した相手は壮五だったか。ドクターストップも大和からでは余程タイミングが良くなければ効いた試しがなかった。社長や万理など、三月が逆らえない絶対的な大人からであればあるいは。ブツブツと思案する大和に楽は思いもよらないことを言い出す。
    「しばらく二階堂の家に泊めてやったらいいじゃないか。生活面のサポートも出来るし、お前の家のがスタジオに近いだろ」
    「いや、それはそうだけど……」
    確かに楽の言う通り、大和の借りているマンションは交通の便が良い。結成十周年を機に始まった一人暮らしは部屋選びにすら各々の性格が色濃く出ていた。グッズ収集に情熱を書けるナギはコレクションルームを備えた郊外の一軒家、掃除が得意ではない環は広いが部屋数の少ない一DK。人を呼ぶことも多い三月は広さを優先し、その分スタジオやテレビ局のある都内からは少し離れた物件だ。対して大和は利便性を重視した都内のマンションの中階層。元より私物の少ない性質なので人一人増えたところで手狭になるほどでも無い。
     大和としては願ってもない提案だが、三月はきっと頷かないだろう。やや僻んだ口調で返せば楽はまた、言ってみなければ分からないだろうなんて男前な持論を熱弁して。自覚のない内に開けた徳利三本分の日本酒が効いたのか、考えることの面倒になった大和ははいはいそうねと適当な相槌を打ち机に伏す。アルコールと眠気で溶かされる意識の中、あの日の三月の瞳が一瞬脳裏に閃いた。

     翌日もまた、ライブに向けての集中レッスンのためアイドリッシュセブンの面々は都内のダンススタジオに集まっていた。今日のメインは新曲の振り入れ。たくさんの準備の中でも最も気合の入る一つである。三十路を超えても衰えを見せない環が主導となり、ベースを元にそれぞれカスタマイズされた振りを教えていく。数年前単独での海外渡航も果たした彼は後輩グループの振付師なども務めており、年々男っぷりを上げていくばかりだ。
    「んじゃ、りっくんといおりんは休憩。次ヤマさんとみっきーとナギっちな」
    フラウェ組を相手にほぼずっと動きっぱなしであったというのに息も切らしていないのはさすがグループ最年少といったところか。一織、陸が端の方へ捌けるのと入れ替わりに指名を受けた三人がレッスン場の真ん中へ向かう。今回の新曲は二曲。片方はバラード系で動きも優しいが、もう一つはロックテイストで歌も振り付けも大胆だ。久しぶりの大きなライブなのでいろんな僕たちを魅せたくて、とは作曲家として堂に入った壮五の言である。
    「曲の最初、みっきーこっちの端っこで移動多いんだけど大丈夫そう?」
    「おう! こんくらい平気平気! まだおっさん扱いすんなって!」
    元気よくガッツポーズを決める三月の顔色は相変わらずあまりよろしくない。同じように気づいているのか、ナギもまた綺麗な眉を下げている。昔だったらミツに飛びついて強引に休憩コースだな、と内心苦笑した大和は目顔で相変わらずの美丈夫を宥めた。
     一通りレッスンが終わり全体での休憩時間、皆とは少し離れたパイプ椅子にかける三月に大和は足音を殺して忍び寄る。何かと弱みを見せることを嫌う三月なので気配を感じればまた取り繕ろうだろうと踏んでのことだったが、案の定一人になり気が緩んでいたらしい彼の大きなため息を聞くことができた。
    「ミーツ。ほれ、差し入れ」
    「っ、大和さん。はは、ありがと」
    誤魔化すように緩く笑った三月は、大和が差し出したスポーツドリンクを受けとる。そのままキャップを回し一口、飲み込んでまた息を吐いた。
    「あー……と。ごめんな、心配かけて」
    穏やかな笑みのまま眉尻を下げた表情は少しも変わらない。三月が上手くできない自身を責める時によく見せるそれだ。心配しているということを敢えて否定せず頷いて、その上で大和は口を開く。
    「しばらく、うち来ないか? ミツ」
    ドクドクとうるさいほどに心臓が鳴っていた。難しい役のオーディションを受けた時だってこんなに緊張したことはない。いくら涼しい顔をしてみせたってこの音が聞こえてバレてしまうのではないかと内心冷や汗をかいたが、ぽかんと口を開けた三月は気づく由もないようだった。
    「うちって、大和さんの家?」
    「それ以外どこがあるのよ」
    苦く笑った大和に、三月はなんでと至極真っ当な問いを返す。余計な勘ぐりは入っていないらしいそれに安心しつつ、昨晩楽に仕込まれた建前をつらつらと並べ立てた。便がいいので移動の時間が短縮できる、家事も全て一人でこなさなくていいから余裕ができる、と。メリットばかりに聞こえるそれに三月はしかし、簡単に首を縦には振らない。
    「オレばっかり楽じゃん。大和さんは大変なだけだろ」
    「そうでもないって。久しぶりにミツの飯食いたいし」
    やいやいと言い合いを続けていると年長組の異変に気付いたらしい他のメンバーが集まってくる。事のあらましをかいつまんで話してやれば、意外なところから助け船がやって来た。
    「いいんじゃないですか。二階堂さんが言わなければ、私が兄さんの家に乗り込もうと思ってましたよ」
    けろりと言い放つ一織はやはり強い。実弟とはいえ年下の一織と一応は年上でリーダーの大和。究極の二択は大和に軍配が上がったようだ。絵に描いたように不承不承と言った様子でお邪魔しますと頭を下げた三月に、大和も生真面目な顔を作って答える。
    「こちらこそ、よろしくお願いします」
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