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    2025.03.20 ガタケット180で配布した3種類の無配SSまとめをまとめました
    パスワードは無配冊子のQRコードの下に記載しています

    ガタケ無配無配① 同棲後のやまみつ

     後輩に寮を譲るため、長年過ごしてきた我が家を離れることになった。初めこそ皆戸惑いもあったものの、物件探しやら引越し作業に追われるうちにそれも和らいで。陸や環の荷造りを急かしたり、とんでもない物件を選ぼうとするナギや壮五を諌めたり、色々苦難はあったが無事全員の引越しが完了した。今は新生活が始まってちょうど一週間目である。
     寮で過ごした期間と同じくらい長く、大和と三月はお付き合いを続けている。二人で住むんだよねという年下のメンバーからの声に後押しされる形で、めでたく3LDKの新居を決めた。築年数はそこそこだが生活動線の良さとキッチンの広さが拘りだ。家具選びやら何やらで多少の諍いはあったものの、概ね平和に事は進んだ。仕事時間のすれ違いもあり新婚夫婦のような初々しさは無いものの二人きりの生活を楽しんでいる。
    ――と言い切れないような悩みが大和をさいなんでいた。

    「そんじゃおやすみ。明日何時だっけ?」
    「七時には起きるよ、おやすみ」
     簡素なやり取りを終えて布団に潜る。冬用に買った毛足の長いシーツはとろふわの謳い文句に恥じない素敵な触り心地だ。同じように布団を被った三月との距離はだいたい大人一人分。数値にすれば一メートルも無いであろうその距離が、大和の悩みの種である。
     寮暮らしの時、互いの部屋のベッドはシングルサイズだった。当然男二人で寝るにはかなり狭い。けれどそれ故に、落ちないようにという口実の元ぴったりと身を寄せあって眠ることができた。寝相のあまりよろしくない三月に蹴り飛ばされたり布団を奪われたりと楽しいことばかりではなかったけれど、温かでほんのりといい香りのする恋人を抱きしめて目を閉じる瞬間は大和にとって至福のひとときだったのだ。
     ところが新居に移る際、寝室にと選んだのはキングサイズのベッド。二人で眠ることを前提とした三月の選択に浮かれ深く考えず同意してしまったが、今はとても後悔している。生活リズムがずれることも多いため各自の部屋に簡易ベッドも用意してあるが、広いベッドがあるのにわざわざ招くのも不自然だ。寝相の悪さに自覚があるのか行為の後ですら三月は少し距離を空けて眠りにつくので八方塞がり。そんなこんなで大和は、メンバーにはとても言えない悩み事を胸の中で転がし続けているのだった。

     平和的な悩み事をついぽろりと零してしまったのは、もうお馴染みとなった楽との飲みの席である。共演しているドラマの撮影現場で互いにその日の仕事がラストであることを知り、流れるように局近くの個室のある居酒屋になだれ込んだ。開始から一時間が経ち程よく杯も進んだ頃、アルコールで溶けた口からふとした時に頭を過ぎる悩みがまろびでる。
    「ミツと一緒に寝たい」
    は? と尤もな返しをした楽に、大和はもう一度繰り返した。三月と一緒に寝たい。以前のようにあの温かな体を抱きしめて、包容力のある腕に抱きしめられたい。ぐったりと机に頭を伏しながらぶつぶつと呟く大和に、楽は呆れ顔だ。
    「二階堂、お前酔ってるだろ」
    「よってない……」
    「酔ってるよ。おら、水飲め水」
    そう言って用意されていたピッチャーから並々とグラスに水を注ぎ大和の目の前に置く。ゆらゆらと揺れる水面を眺めつつ、大和は尚も言い募った。
    「どうせ俺は女々しいですよ……」
    めんどくさい。良くも悪くも真っ直ぐな楽の顔にはそう書いてある。勢いよく喋ったためか酔いが回り、くらりと傾いだ視界を遮るように瞼を閉じた。放っておけば眠ってしまいそうな様子の大和にため息を吐いた楽は、少し考えてから自身のスマホを取り出す。長い指で画面を弄り低い声で何やら話し、どうやら誰かへ電話をかけているようだ。潜めた声に珍しいなと片目を開けた大和に、ずいと通話画面が差し出される。
    「ほら二階堂、何が不満なんだって? もう一回言ってみろよ」
    面倒だと思っているだろうに、なぜわざわざ掘り返すのか。分からないまま大和はろくに画面も見ず同じ文句を繰り返す。
    「だぁから、ミツがいっしょに寝てくんないって」
    呂律の回らない口で宣い、水を煽るため顔を上げる。ごくりごくりと流し込んだ液体はよく冷えており、少しだけ酔いを覚ましてくれた。幾分かすっきりとした頭で改めて出されていたスマホの画面を見た大和は、半開きの口のままぴたりと静止する。
    「な、んで……」
    「こういうのは本人同士で話し合うのが一番だろ? 夫婦喧嘩は犬も食わないって言うしな」
    ドヤ顔で言う楽の手の中には、和泉三月の文字を示した画面。赤い終話ボタンが、この端末の向こうに彼がいることを表している。頭から冷水を浴びせられたように一気に冷静になった大和はぎりりと楽を睨みつけた。どうしてこの男はいつだって鬱陶しい程に真っ直ぐなのだろう。
    「……いつも、寝てるじゃん。一緒に」
    スピーカーになり少し荒い音声が意識を呼び戻した。戸惑いと少しの不満を混ぜたその声は、主の顔を思い起こさせる。三月が不思議に思うのも当然だ。どう切り抜けようかと頭を抱える大和を更なる追撃が襲う。
    「なんかして欲しいことあんならさ、ちゃんと言葉にしろよ……せっかく二人で暮らしてんのに」
    少しムッとした口調には隠し切れない寂しさが滲んでいる。切実な響きに思い出す。電話先の彼もまた、目の前の男に負けないくらい真っ直ぐな人だったと。そして大和は自身に向けられたその真剣さに惚れてしまったのだ。
    「……ュッてしてほしくて……」
    「え? なに、もう一回」
    「……から、ギュッてして欲しくて!」
    何度も聞き返されては堪らないと勢い込んだ声は、思ったよりも大きく響いた。恥ずかしさと笑われるのではないかという恐怖心で心臓が嫌な音を立てる。けれどその耳に届いたのは、驚く程に柔らかな声だった。
    「いいよ」
    短い肯定の言葉に大和は耳を疑う。いいよって、何に対して。分かりきった答えを理解できないほどに彼の頭は混乱していた。それを知っているかのように三月はもう一度同じ言葉を繰り返す。
    「いいよ。いくらでもしてやるから、早く帰っておいで」
    ――ここに。二人の家に。
     たっぷりの時間の後、大和はおもむろに席を立った。鞄から財布を取りだし、札を数枚抜いて机に滑らせる。
    「悪い、俺もう帰るわ」
    「おう! 仲良くしろよ!」
    晴れた顔の楽に見送られ慌ただしく個室を出た。外に出れば繁華街のネオンと車のライトが目を刺して、その光の群れの中からタクシーを停める。行き先の住所を伝えると大和は力尽きたように大きく息を吐き座席へと体を沈めた。目の端に映るのは法定速度で流れる夜の街並み。家まで二十分とかからない距離がこれほどまでに長く感じられるのも、きっと幸せの証拠だった。



    無配② ホームセンターデートするやまみつ
    「今度のオフ、デート行こうぜ」
     そんな甘いお誘いが三月からかけられたのは、今から一週間前の火曜のことだった。年末年始のイベントやらバレンタインの企画やらと忙しい日々が続き、ようやく重なった新年一度目のオフ。普段であれば寮にいたいとごねる大和だが浮き足立った気持ちを抑えられず一も二もなく了承した。どこに行くかと聞けば当日まで内緒と、三月の方では既に行き先が決まっているらしい。ちょうど互いの誕生日も近いので特別な外食でもするのだろうかと考え仕事に打ち込んできた一週間。まったくの普段着で部屋を訪れた三月を前に、大和は自身の確認の甘さを呪った。
    「だから、隣町のホームセンター。一番使うフライパンが焦げ焦げなの、大和さんも気づいてるだろ?」
    「……うん……」
     がっくりと項垂れ所望された行き先を聞き返した大和に、三月は当然と言った口調で答える。あまりにも色気のない、少なくとも大和が期待していたような展開とは正反対の場所だ。
    「だからさ、大和さん。車出して?」
    ベッドに腰掛けた大和の顔をしゃがみ込んで下から見上げ、大きな目をキュルリと潤ませて。さくらんぼ色の唇をきゅっと結べば誰もが逆らえない和泉三月の最強顔の完成である。分かられているなと思いつつ扱いを心得られている距離の近さが心地よくもあり、結局大和は三月のお願いを聞き入れてしまうのだ。
     少人数の送迎に使われている乗用車の方が空いていたのは幸いだった。簡単な手続きを済ませ支度を整えて乗り込む。助手席に座った三月は、持ってきたトートバッグの中から二つのタンブラーを取り出すと大和の目の前にかざして見せた。
    「お茶とコーヒー、どっちがいい?」
    少し迷ってコーヒーと答えると、片方のそれが運転席側のドリンクホルダーに置かれる。しゅっぱーつと威勢の良い掛け声でエンジンをかけ、ゆっくりと事務所の車庫を抜け出した。平日の昼間と言うこともあり道はそれほど混んでいない。カーナビの予測では三十分もせず到着しそうだ。緩い速度で住宅街を抜け、幹線道路に出てゴーストップを繰り返す。いくつかの交差点を越え、たどり着いたホームセンターの立体駐車場に車を入れた。
    「駐車の番号は二十三っと」
    パシャリと写真を撮る三月だが、彼がこういった駐車場で迷わずに車に到着する確率はかなり低い。最終的に大和が道案内をするのだが、毎回挑戦をする律義さが面白いので好きなようにさせていた。
     店に入りまず向かったのはキッチン用品売り場。棚一面に並んだフライパンや鍋を前に三月が真剣な顔で吟味を始める。
    「IH対応じゃなくてもいいからな~。二十六センチの、深めのやつで……」
    大和さんも探してとせがまれ適当に言われた大きさのものを手に取るが、正直違いはよく分からない。テフロン加工だとかマーブルコートだとか、大和からしてみれば使えればいいじゃんの世界である。
    「鉄のやつじゃだめなの?ほら、チャーハンとか美味いって言うじゃん」
    「手入れが大変なんだよ。オレやあんたはいいけど、あいつらも最近料理するだろ」
    空焼きやら、洗うにも普通の洗剤ではいけないやらいろいろあるらしい。美味いものを食べるにはそれなりの手間が必要なようだ。三十分ほどかけてようやく三月のお眼鏡に叶うフライパンと鍋を見繕い、カートに入れて消耗品のコーナーへ向かう。普段はスーパーやドラッグストアで買ってしまうが、こういったところの方が大容量パックなどがあって良いのだと言う。
    「オレも免許取ろうかなぁ。大和さん練習付き合ってくれる?」
    「絶対やだ。ミツは大人しくお兄さんの隣乗ってなさい」
    運動神経の良さは認めるが方向音痴で思い切りのよい性格は運転席に乗せるにはあまりに恐ろしい。文句を言う三月をいなしつつ買い物を続け、レジに向かって会計を済ませる。あれやこれやと増やした結果は締めて一万と五千八百円。品物もかなりの量になってしまったので、一旦車に置きに戻ることにした。
     山となった荷物を二人で分けて抱え歩く。案の定駐車場で車とは反対方向に歩き出した三月の腕を引き、トランクに全ての荷物を納めて再度出発。目指す先は十四時を過ぎて少し空き始めたレストラン街だ。
    「大和さん、何食べたい?」
    店の一覧が載った地図の前で振り向かれ、大和はなんでもいいと答える。外で食べる食事にそこまでこだわる方ではない。反対に三月は料理の勉強も兼ねて気になる店が出来る方なので、今日も選択を任せた。選ばれた店は炭火焼きを売りにしたステーキ重の専門店。
    「珍しいな、ミツがこういう店選ぶの」
    素直な感想を述べれば腹減ってたからと照れたような笑みが返される。暖簾を潜れば肉の焼けるいい匂いが鼻を擽って、すぐに大和も腹の虫を鳴かせた。筆文字のメニューを捲り、大和は小鉢のついたステーキ膳、三月はタンやハラミの入った欲張りセットを注文する。十五分後、まだ湯気の立つ二つの盆が運ばれてきた。
    「おお、うまそー!いただきます」
    「結構ボリュームあるな。いただきます」
    それぞれ手を合わせ箸を割る。寮ではあまりお目にかからない重箱に詰められたステーキと白米は言うまでもなく美味い。適度に脂ののった肉に醤油ベースの甘辛タレが絡み、噛めば噛むほど旨味が溢れ出る。肉を食べると何かしらの幸福物質が出ると聞いたことがあるが、本当なのだろうと思わせるほどの美味さだった。
     会話も少なく食べ終え、運ばれてきた食後の番茶を飲みながらこの後の予定を話す。せっかくだから併設されている業務スーパーで買い出しをして行こうとこれまた色気のない提案をする三月に、特に抵抗することもなく頷いた。デートをしようと誘ったことなど覚えているかも怪しいが、来てしまえばこれはこれで楽しい。
     敷地内をのんびりと歩きスーパーへ入ると、お決まりの大型カートにカゴを二つセットする。箱入りの根菜類、大容量の調味料などが狙い目だ。今日の夕飯用に鰤の切り身と大ぶりの大根を見つけ自身の好物を確約された大和は、次なる獲物を発見する。
    「ミツー、これも」
    語尾にハートマークが飛びそうな声色で抱えてきたのは缶ビールの箱。二人の気に入りの銘柄だ。当然許可されるものと思いカートの下に入れようとするも、厳しい待ったがかけられる。
    「だめ、それはスーパーのが安い」
    「えぇー……」
    ちょっとくらいいいじゃん、ミツのケチ。ブツブツと文句を言う大和に三月は一歩も引かない。こうなった彼に勝てるはずもなく、大和は渋々ながら箱を元の棚へと戻した。
     一通りの買い物を終え、再び車へと帰る。冷凍食品も買ってしまったので寄り道は出来ない。BGMとして流した音樂を追うように紡がれる三月の鼻歌だけがデートらしさだ。二人だけの空間に溢れる七色の音色から、自身のパートだけをひたむきに辿る優しい声。信号待ちの交差点で冷めきったコーヒーを含みながら、こんな一日も悪くないかと大和は小さくため息を吐いた。



    無配③ 熱愛報道?
     その日、寮の話題は週刊誌の一面記事のことで持ちきりだった。
    『二階堂大和、共演女優とホテルで密会!?』
    内容としては比較的よくあるもの、けれど肝心の本人が不在となると真偽の確認が難しい分興味は尽きないらしい。折り悪く大和は現在一ヶ月の長期ロケ中、写真もその先で撮られたものだ。
    「ま、どうせロケの帰りにそれらしく撮られただけだろうけどなー」
    雑誌をローテーブルに投げつつ苦笑気味に三月が言えば、正面に座る壮五も同じように苦く笑う。薄暗がりの中ホテルの入口前で撮られた二人の後ろ姿は確かに親しげに見える。何か話し掛けているのか女優の方を向いた大和の片手はその肩にかかっており、上手い撮り方だと言わざるを得ない。
     アイドリッシュセブンを、メンバーを殊更大切にする大和がこんなスキャンダルを起こすわけが無い。その信頼があるからこそ気軽に話題に出せるのだ。大方丁度いい話題がなかったか、映画の宣伝を兼ねて何かしらの取引があったか。そこまで分かっていて尚、恋人としての三月は少し面白くなさを感じていた。
    ――迂闊にこんな写真撮られやがってあのおっさん!
    半ば八つ当たりのように写真の中の大和を指で弾き、スマホを取り出す。週刊誌の一面をパシャリと一枚。呼び出したラビチャのトークにメッセージも付けず送り付けた。送信先は当然、もう二週間顔を見ていない恋人だ。焦る様子が目に浮かび可哀想という言葉が頭を過ぎるが、可愛い恋人のわがままと思って耐えてもらおう。頷いて立ち上がった三月を壮五は不思議そうな顔で見送った。

     撮影がひと段落し戻ると、何かしらの通知を知らせるランプが点滅していた。ロックを解除しラビチャのアプリを開けば三月から新着の通知。画像を送信しましたと機械的なメッセージは、開いてみるまで詳細が分からない。メンバーとの写真か、ロケ先で面白いものでも見つけたか。呑気な選択肢を浮かべつつ画面をタップした大和の心臓は、次の瞬間凍りついた。
    「……え?」
    この二週間お世話になっているホテルの入口に、自身と女優の後ろ姿。写真だけならば特段問題では無い、仰々しい見出しもこの際置いておこう。大和にとって今何より大事なのは、三月がこれを真実として受け取っているのかどうかということ。
    『まっ』
    『て』
    『ちょぅと待て、もつ』
    『ミツ』
    うるさく鳴る心臓と震える手が邪魔をして、まともにメッセージを打つことさえできない。三月は今日オフだったか。グループに共有されているスケジュールを確認しようかと悩んでいると、送ったメッセージに既読がついた。相手の返信を待ち、五秒、十秒。スマホを握りしめたまま待つ時間は数倍にも長く感じられる。心の中で二十三秒を数えたところで痺れを切らした大和は、勢いのまま発信ボタンを押す。出られない状況であれば無視されるだろう。三コールだけと決めカウントダウンをした最後のコールで、プツリと繋がる音がした。
    「なに?」
    平坦な声色に胃がきゅうっと縮こまるのが分かった。いつもの、大和を力強く受け入れてくれるそれではない。どこか他人行儀な声。
     三月はあの記事を信じているのだろうか。信じて、大和の不義理を怒っているのだろうか。不安と恐怖が綯い交ぜになって、零れた声はずいぶんと情けないものになってしまった。
    「ミツ……」
    小さく名を呼んだ先が続かない。慌てて否定するのも却って真実味を増してしまいそうだし、かと言って本当のことではないのだ。弱りきった大和の耳に、不意に潜めた息の音が届いた。
    「っふ、くふふ……ごめんごめん、そんな困るなよ」
    初めは喉を鳴らす小さなものだったそれが、次第に爆笑に変わっていく。ゲラゲラと笑う三月の声を聞きながら完全に置いてけぼりの大和は、スマホから少し耳を離して彼の上戸が治まるのを待った。一分と少しでどうにか呼吸を整えた三月が改めてごめんと電話口で囁く。
    「……怒ってたんじゃないの?」
    「怒ってはいた。なーに撮られてんだよおっさん!って」
    先ほどとは打って変わった柔らかい声。馴染んだ温度に安心して、大和はようやくごめんと呟いた。
    「焦った?」
    「超焦ったわ。返信来ないし」
    拗ねた色を乗せて見せればまたくすくすと笑う三月。見たかったなぁとはきっと、焦る大和を直接ということだろう。全く趣味が悪い。
    「でも、ほんと撮られた覚えないわ。気使ってスタッフも二人きりにはしないようにしてくれてるし」
    改めて送られてきた写真を見るが本当に上手く切り取られている。薄暗さからして夕方頃だろうが、覚えている限りその時間帯に二人でホテルに帰った記憶はない。おそらくこの写真の周囲には他のスタッフや共演者が写っていて、ご丁寧に二人きりに見えるよう加工を施したのだろう。
    「まぁそんなことだろうとは思ったけどさ。気をつけてくれよ、仮にもアイドルなんだぜ、あんた」
    「はいはい、分かってますよ」
    お決まりの説教に軽口で返し、この話は終わりとばかりに咳払い。自ら仕掛けて自ら畳んだ恋人に、少しだけ反抗心が頭を擡げた。何でもない風に名前を呼び、まだ彼の意識がこちらに向いていることを確認して深く息を吸う。
    「……俺が愛してるのは、ミツだけだから」
    意識して作った低い声に出来る限りの真剣さを込めて囁く。電話越しに三月の飲んだ息の音が聞こえた。次の瞬間、ブツッと音を立てて二人を繋いでいた通信が途絶える。その先に意中の相手がいないことを告げる電子音が虚しくスマホから鳴り響いた。
     三月は今、どんな顔をしているのだろうか。頬を赤くして、照れ隠しに怒ってみたりもしているかもしれない。三月の顔が見たいと、この二週間何度思ったか分からない願いを胸の中で転がし、大和はスマホの電源を落とす。現場に戻る彼の頬は隠しようのないほどに緩み切っていた。

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