ブンブンと🐝七種茨はその日、ちょっとした緊張に包まれていた。
「十条要です、今日からよろしくお願いします」
教壇に立って舌ったらずな自己紹介をしているのは、HiMERU であった兄ではなく弟の方。復学して、社会生活に慣れるまでは茨が同じクラスだから、プロデュースもとい支援を行うことになったのだ。
1時間目 国語
「七種、これなんて読むの」
「それはですね」
「七種、」
「ねえねえ」
けがとPTSDのために長期で休学していたとはいえ、思った以上に一般教養の理解が厳しく、ほぼつきっきりで個別指導になってしまった。
その後も座学は、似たようなことが続き、これは家庭教師が必要と心のノートに書き留める。
昼食は、バランスの取れた弁当を、わざわざ手作りで用意したというのに。
「トマトきらーい、あ、卵焼きおいしい、でもピーマンおいしくない」
机をくっつけて向かいに座り反応の一つ一つにいらいらする。
「残すことは許しませんよ」
「えー」
「まったく、保護者の顔が見てみたいものです」
「いるよー、お兄ちゃんかっこいいでしょ」
今度は子ども舌にも合うメニューを(兄に)考えさせようと心に決めて、ただでさえ多くはない睡眠時間を削って拵えた弁当を自分も口に運ぶ。うん、我ながら味はとてもいい。
午後は体育の授業で、今日はアクションシーンのレッスンも兼ねている、茨にとっては得意分野なので腕が鳴るというもの。要を伴って体育館へ向かうとすでに何人かが組み手をしていた。
その熱気に血が騒ぐのを感じていた矢先。
ヒュゥッ
振り返ると要が胸を押さえてうずくまっている。その瞬間、自分の油断を呪うことになった。表向きはほぼ元通りなのかもしれないが、やはり心の奥では生傷が血を流しているのだ。
「ちょっと失礼」
横抱きに抱きかかえてとりあえずその場を離れ、保健室へと急ぐ、筋肉のあまりついていない体は思いのほか軽く、ベッドに横たえてうかがう顔色は真っ白で透けるよう。
せっかくここまで、回復したのに、これからだというときに自分の不注意でまた1からになってしまうのかと思うと、焦りを感じた。以前の自分なら、役立たずと切り捨てていたはずなのに、不思議な変化は受けた愛の賜物か。
1時間、2時間、気が付けば終業の時間も近くになり、窓からの日差しもオレンジ色に変わるころ。
「んっ、うっ」
うめき声にタブレットから視線をあげ、
「要氏大丈夫ですか」
「お兄 ちゃん」
ほほに伸ばされた手を取り、なでると震えているのは自分か相手か。
「七種です、この度は私の不注意で申し訳っ」
握り返された手の力強さに安心した。
またしばらく静養することを教師に伝え、ならんで帰途につく。正門前には迎えの車と、
「お兄ちゃん」
「HiMERU氏」
要の兄はスマートフォンから視線を外し、優しい視線を向ける。普段限界を超える色気を放つくせに、今は慈愛の言葉がよく似合う。
「ご足労いただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ弟がお世話になりました。要、学校はどうだった」
「とても楽しかったのです、ちゃんとできましたよ」
持っていたカバンを放り出し、兄の腕に飛びつく表情はとてもまぶしくてほっとした。
「この後は撮影への同行でしたね、大丈夫ですか、体調がすぐれないなら」
「お兄ちゃんの現場みたいです、いいでしょ」
「もとからその予定でしたから大丈夫ですよ」
そういうことなら、と軽い引継ぎをして分かれた。
これから仕事を片付けて終わるのは何時になるだろう。眠るのは。
気が遠くなるのを無視して車の中でタブレットから急ぎのメールに返信を打ち、自室へ書類を取りに向かう途中、共有スペースににぎやかな一団がいることに気づく。
「これで茨が喜んでくれたらいい日和」
「おひいさんやりすぎじゃないっすか」
「あ、茨おかえり」
気づいた凪砂が向かってくる、
「これはこれは閣下、何の騒ぎでしょう」
「あのね、茨が要くんのフォローをするってきいたから、みんなでお疲れ様をしようって」
手を引かれ向かったテーブルにはプリンやシチュー、キッシュにイチゴのタルトなど様々なごちそうが並んでいた。
「お気持ちは大変うれしいのですが、これから仕事が」
「そんなの後でいいね、何なら僕たちが手伝うからこっちに座るといいね」
「おひいさん、言い出すとうるせえんで早く来てくれないっすか」
「はぁ」
どう見てもバランスも良くないしカロリーオーバーなものが並ぶ食卓に、うれしさよりも戸惑いとあきれに似た感情が混ざる。
「茨、君の愛のおかげで人間らしくなれたんだよ、今度はその愛を彼に」
「でも、今日俺は、失敗した」
そうしてその日あった出来事を話した。
「それ、茨のせいじゃないっす、しかもちゃんと手当てできたじゃないっすか」
「そうだね、思い出してしまったのは悪い日和だけど、乗り越えられるくらい茨が愛を注いであげればいいね」
「茨へは自分たちが愛を与えるから、受け取って」
怒涛のフォローにケツがかゆくなるが、言い出すと聞かないのは既に理解している。
「ははっ、しょうがないですねぇ、ですがこんなに食べられない上にバランスが悪すぎます、ゲストをお呼びしても」
「いいよ、茨が愛する人なら」
「愛してるかどうかはわかりませんが」
Crazy:Bの強制召集、来ないと副所長権限で過酷なバラエティーにぶち込むとおどした。
「こんなお誘い、悪い日和だね」
「殿下画面を覗き見とは関心できませんが」
『おいしいご飯がまっていますよ』
「あー閣下何を勝手に」
「だって本当のことだし、その方が喜ぶよ」
「いばらぁ、材料買ってきたっすよ」
「ジュン、あなたも手伝ってください」
野菜たっぷりのミネストローネと、温野菜のサラダ。あとは椎名氏に期待するとして。
「あの、揃うまで仕事してきても」
「いいわけないね」
「せめて、急ぎの案件だけでも」
「一緒にやるよ」
そうして、始まるEdenとCrazy:Bの宴。茨の慰労会と要の歓迎会。
「お兄ちゃんの事務所の人たちって優しいね」
「そうですね、これだけは感謝しないといけませんね」
「茨、眠いの」
「いえ、大丈夫であります」
「無理はよくないね」
「俺、送って行きますよ」
まさかのお姫様抱っこ。恥ずかしいはずなのに限界だった。
おやすみ、良い夢を。