ゆらゆらと水面を光が揺らめいている。無機質な白い蛍光と循環ポンプから湧き出す水泡が水槽の魚を生々しく浮き立たせている。ぬぼっとした、澱んだ目の魚どもがこちらを何となしに見ているのを自分も眺め返したりなどした。平日の水族館は家族連れも居らず静かなものであった。幾つも並んでいる水槽をただただ眺めていた。
「意外と可愛げがあるな。」
鯰には髭があるんだなあと思った。よく見ると猫みたいな顔している。
「どれも皆同じでしょうに。」
碌にこちらを見もせず男が言う。
「可愛いと思ったことはないのか?」
釣れりゃどれだって同じですよ、
「一々釣った魚の顔なんて憶えてないですし。」
でもコイツは日車さんに似てるかも、と水底にじっとしているオオサンショウウオの水槽をコツンと指で弾いた。叩かれた音にも動じず、そいつは水草の陰に隠れて大きくも小さくもない石の間にぴったり挟まって動かない。こういう動じないところとか、と日下部が笑う。
黒黒とした頭にもったりとした胴体のそいつのどこが似ているのか納得はいかなかったが、何を考えているのか判らないという点では的を射ているのかもしれない。
「日がな一日、漂ってりゃ良いんだもんなあ」
貧乏暇なしですよこっちは。
二人調査が終わり帰ろうとしていた矢先、急遽発生した別の場所での任務へそのまま向かえとの指示が入ったので、調整待ちをしている。特段用事もないので現場近くの水族館でなんとなく時間を潰している、魚見てたら腹減ってきたなあと日下部がぼやいた。
「今日が終わったら鮨にしましょう」
「君の奢りならそうする」
まさか、と日下部が渋い顔をした。
二件目の任務はただの現地調査だったので存外早くに片が付いた。場所を転々としている呪霊らしく、もう少し情報を集めてから祓うらしい。補助監督の運転する車で高専に帰る最中、思い出したように日車が口を開く。
「あそこで一生暮らすのが幸せだと思うか?」
「何の話だ」
「山椒魚の話だ」
「また藪から棒に、」
「岩場に挟まってた方が幸せなこともある」
「俺はそれが出来なかった」
「はあ」
渋谷の繁華街が窓の外を流れていく。
貧乏暇なしなのは俺も同じだからな、と日車がこちらを振り返る。
「やはり君が奢るべきだな」
何でそうなるんですかと日下部が日車の額を指先で弾く。ぱちん、と小気味の良い音がした。