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    Lasen73

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    Lasen73

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    実休光忠×女審神者
    初期刀を顕現させることができなかった少女は近侍なしで鍛刀に挑むことになり、実休光忠を鍛刀する。そこから、本丸生活が始まるかと思いきや――

    #実休光忠
    #実さに
    #刀さに
    swordBlade
    #女審神者
    femaleInquisitors

    実さに(と言い張る) ――審神者の適性がある。
     そう判定が出た時から、この先の人生に選択肢なんてなかった。

     両親も審神者で、時間遡行軍との戦いで命を落としたのだと『先生』から聞かされた。受け継いだ貴重なな力を両親の無念を晴らすため、時の政府のために使いなさい、ということだ。
     だけどそれは、いつ死ぬかわからない場所へ行かされるのだという現実を突きつけられるのと同義だった。顔も知らない両親も、貴方達が死地に追いやったのではないのか?

     真顔が怖いと言われて愛想笑いを浮かべるようになったけれど、楽しいと思えたのは本丸で必要になる調理実習や畑仕事の実習くらいのものだった。
     養成所に講師として訪れた先輩の審神者は見目の良い近侍の刀を伴っていて、皆はどの太刀がかっこいいとか、あの刀を顕現させたいとか、きゃあきゃあと騒いでいたものだ。
     そういう感覚はよくわからなくて、同年代の子たちとはどうにも話が合わずに浮いてしまっていた。大人からは子供らしくないと言われ、周囲と上手く馴染めないのは、物心ついた時からずっとだ。
     自分の刀を手に入れて、自分の本丸に行けたら、この居心地の悪さから解放されるだろうか?

     早くから『適性がある』と言われながらも、私は初期刀候補として準備された刀たちのいずれも顕現させることができなかった。
     初期刀を得た同期の少女たちは、自分の本丸を与えられて、期待に胸を膨らませながら次々と養成所を去っていく。

     養成所の同期は皆いなくなって、十六歳になっても残っているのは私ひとりだった。
     先生や後輩たちからも『落ちこぼれ』『売れ残り』だとか『呪われてる』と噂されているのは知っている。
     審神者養成所の職員も私の扱いに困ったようだ。このまま私が審神者になれなければ、強制力を持つ適正審査の信頼度を揺るがしかねない。
     遂には既存の刀を顕現させるのは諦めて、近侍となる刀がいないまま鍛刀を試すことになった。

     近侍なしに鍛刀をするのは、審神者の身体と霊力に多大な負担をかける。試した結果がどうなってもいい、というような内容の同意書にサインさせられた。
     それでもいい。このまま養成所に残っても居場所はないし、基礎教養と審神者になるための知識しか教えられてこなかったせいで他の学校にも行けず、身寄りもないまま追い出されてもまともな仕事に就けるとは思えない。
     たまにやってくる政府の上役の中には、無駄に発育のいい胸を無遠慮に眺め回してくる男もいて、非常に不快だった。どこにも行き場がなくても、好きでもない男に媚びを売って暮らすのは絶対に嫌だ。

     炉には木炭があかあかと燃えていて、鍛刀を手伝ってくれる妖精たちが心配そうに私を見上げてくる。
     鍛刀は一度きり。資材は好きなだけ使っていいと言われたから、すべて上限まで入れた。
     呼び掛けに応じてくれるのなら、誰だっていい。
     ああ、でも、叶うならば――
     養成所の鍛刀部屋にぶわりと桜が舞う。それと同時に、上質な伽羅きゃらのような香りがした。
    「……僕は、実休光忠。二度も焼けて記憶はだいぶあやしいけれど……それで良ければ」
     本当に、顕現してくれたんだ。
    「…………」
     信じられない思いで、長身の刀剣男士を見上げる。紫色の双眸と目が合うと柔らかな微笑みを向けられた。裏のない、優しい笑みだ。
    「君が……僕の主になるんだね」
     何か、言わないと。だけど、身体に力が入らず頭がぐらぐらして思考がまとまらない。
     視界が暗くなり、意識が遠のく。ぐらりと傾いだ身体を誰かに抱き留められた気がした。


     ぼんやりと目を覚ますと、真新しい畳の匂いがした。そこに甘さを帯びた伽羅の香りが混じる。
     とても落ち着く、いい香りだ。
    「目が覚めた……?」
     ふわりと空気が揺らいで、ゆったりとした低音の声が問い掛けてくる。
    「うん……」
     もう明るい。今何時だろう。起きないと。ただでさえ不出来な候補生なのに、遅刻したら更に怒られてしまう。
     目を開けて起きようとするのに、瞼も身体も泥のように重たくて動けない。どうにか身体を起こそうとすると、やんわりと肩に触れられて制された。
    「無理しないで。……僕を顕現させるのに、随分無理をしたんだね」
     体調を気遣ってくれる声が優しく染み渡るようで、目頭が熱くなった。閉じた瞼の間がじわりと潤んでしまう。
    「気力を補う薬草茶を淹れるから、しばらく待っていて。……少しの間、ひとりにしてしまうけど、ごめんね」
     革手袋の感触が目の上を覆うように触れてから、気配が離れていく。
     ゆっくりと目を開けると、見覚えのない天井が見えた。緩慢に首を巡らせると、開かれた障子の先には日本庭園が広がっていた。
     ここは、きっと本丸だ。養成所の映像でみたことがあるからわかる。
     私と、私が顕現させた刀剣男士……実休光忠、ふたりしかいない本丸。私が実休を顕現させたから、この場所を貰えたのだろう。どうにか審神者にはなれたらしい。

     ひとりでいるのは平気だったはずだけれど、実休さんがお茶を盆に載せて戻ってくるとほっとした。
    「待たせたね。ゆっくり起こすよ……気分が悪くなったり、眩暈がしたら……教えて」
     布団の傍らに膝をついた実休さんが、首裏に手を差し入れてきた。がっしりとした力強い腕に抱き起こされて、至近距離で囁かれると鼓動が跳ね上がる。
     養成所は寮も教室も男女別に分かれていたから、男の人が身近にいるのに慣れていないんだ。
    「少し熱いね……熱も出ているのかな」
     貴方のせいです、とは言い出せずに俯く。
    「どこか、痛いところや苦しいところはない……?」
     俯いたまま首を横に振った。声音から、本当に心配してくれているのが伝わってくる。審神者になったんだから、もっとしっかりしないと。
    「気力と体力を補うお茶を淹れたから……これを飲んで様子を見よう。自分で飲めそう?」
    「……うん」
     しっかりしようと決意したばかりなのに、出た返事は子供のようなものだった。
     盆に載せられた大ぶりの湯のみを、両手で慎重に包み込む。
    「まだ少し熱いかもしれないから、気を付けて」
     ものすごく過保護に声を掛けられながら、ふう、とお茶の表面に息を吹きかけた後に口を付ける。
     実休さんが淹れてくれたお茶は、苦味があったけれど飲みにくいという程ではなく、喉が渇いていたこともあり全部飲んでしまう。
    「……あ、ありがとう、実休、さん……」
     すぐ傍で背を支えてくれている彼に目を向けて礼を言う。呼び名はこれで良かっただろうか。この時になって初めてまともに実休さんの顔を見た。
     刀剣男士として顕現する可能性のある刀については、一通り養成所で教えられている。実休光忠はその中でも最近になってリストに加わった刀だった。
     織田信長の愛刀で、本能寺で彼の佩刀として奮戦し、信長と共に焼け落ちた。その後、豊臣秀吉に焼き直され、大阪城落城後は所在不明になったという。
     炎が焼き付いたような赤い痕が秀麗な頬にまで伸びている。火傷の痕のようでもあるそれは、整った容貌を邪魔するものではなく、彼の歩んできた歴史をよく表しているように思えた。
     紫色の澄んだ瞳がまっすぐに私を見ていた。その瞳に見つめられていると、何もかも見透かされてしまいそうで、そわそわしてしまう。
    「初めて……僕を呼んでくれたね」
     彼は嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべた。刀剣男士は主を慕うものだと聞いてはいたけれど、こんなに純粋な好意を向けられるのは生まれて初めてで身の置き所がなく、どうすればいいのかわからない。
     戸惑っているうちに湯のみを回収されて、またゆっくりと布団に寝かされた。
    「……僕を、君の初めての刀にしてくれて、嬉しい……」
     片手を取られて、脈でも取られるのかと思っていたら、手の甲に恭しく唇で触れられてびっくりする。
    「ひぇ……っ」
     驚きのあまりに変な声を上げてしまった。
     昔読んだ、物語の中の騎士のようだ。
    「君が呼んでくれたら、いつでも傍に来るよ。だから、安心して……もう少し、お休み」
     まだ鼓動は落ち着かないのに、お茶に眠くなる成分が入っていたのか、とろとろと瞼が落ちる。


     次に目が覚めた時には、夕暮れの時刻になっており、気分がすっきりして身体が軽くなっていた。
     身体が動くようになれば、養成所からここに来るまでに何があったのか、これから審神者として何をすればいいのかを早急に確認しなくてはならない。
     本丸に行けば、政府とのやり取りは管狐くだぎつねのこんのすけが担当すると聞いていたのだけど、周囲には見当たらなかった。
     とにかく、何か食事を作るにしても着替えなくては。この本丸に食材ってあるんだろうか?
     布団から出ると、見覚えのない浴衣を着ていることに気付いた。少し寝乱れていた胸元を慌てて合わせる。下着は着用していないようだった。
    (えっ、これ、誰が着替えさせたんだろう? まさか、実休さん?)
     鍛刀部屋で倒れた時には巫女装束の上から神事用の千早ちはやを着ていたはずだ。
     着替えさせてくれたのは養成所の女性職員だったと信じたい。何もかも見られたとか……ないよね?
    「目が覚めたんだね……体調はどう?」
    「ひわぁ……っ!」
     着替えはどこにあるんだろう、とうろうろして部屋の押し入れを探索しようとしていたところで、脳内を占めていたひとに背後から声を掛けられて、大袈裟に反応してしまった。
    「驚かせてしまったかな」
     部屋に入ってきた実休さんを振り向いて、思わず胸元を押さえる。彼は少し目を細めて、歩み寄ってきた。
     近付いてこられるのが、少しだけ怖い。私は女性の中では背が高い方だけれど、実休さんはそれよりずっと大きくて、戦うための刀剣男士で、非力な人間の身では絶対に敵わない。
     養成所では『明確に線引きして主として振る舞うことを忘れるな』と繰り返し教えられた。けれど、いざ生身の刀剣男士を目の前にしてみると、毅然と振る舞うのは困難だ。
    「今は僕しかいないけれど……これから他の刀剣男士も増えてくるだろうから、警戒するのはいいことだ」
     彼は怯えを見せた私を咎めたりしなかった。
     ぽん、と優しく頭を撫でられる。身内が誰もいない環境で育った私には、初めてのことだった。安心させてくれる、大きな手だ。
    「うん……顔色も良くなったね。食事も出してあげたいけれど、その前に……」
     実休さんが開けてくれた箪笥の引き出しに当面の着替えは入っているようだった。
    「着替えたら、廊下に出て隣の部屋においで」
     彼は部屋を出ていって障子を閉める。倒れてから着替えさせたのが誰なのかは、聞けずじまいだった。

     巫女装束に着替えて隣の部屋に行くと、待っていた実休さんから上座に座るよう促される。
     審神者の執務室と思われる畳張りの部屋の中央では、管狐がぺったりと平伏していた。
    「さ……っ、審神者様におかれましては、本丸への御就任、誠におめでとうございます。この本丸を担当させていただきますこんのすけと申します」
     こんのすけとはこんなに低姿勢なものなのだろうか?
     気のせいかもしれないが、何だかカタカタと震えている気がする。
    「大変申し上げにくいのですが、本格的に審神者としてお役目についていただく前に、審神者としての資質が十分にあるか確かめるよう、上の方から申しつかっておりまして……」
    「僕の主が審神者には相応しくない、と?」
     どういうことなのかと戸惑っていると、実休さんが口を差し挟んだ。彼が低めた声で喋ると物凄く圧がある。
    「ひいっ、わたくしめといたしましては、大変素晴らしい資質をお持ちとお見受けするのですが、何分、近侍を付けずに鍛刀した件が問題になっておりまして……五振りの内から初期刀を顕現させられなかったものに本丸を任せるわけにはいかないと」
     実休さんに見つめられたこんのすけは、畳の上で震えながら縮こまっている。
     私が近侍なしに鍛刀を行うことは、養成所の所長も事前に把握していたはずだ。本丸に就任する時になって口出ししてきそうな『上の方』の人物には、心当たりがあった。
     人の胸をじろじろと不躾に眺めてきて、私がまだ初期刀を顕現させられていないと知ると、『審神者になれなかったら私が世話をしてやるから心配しなくていい』と押し付けがましく言っていたあの男。
     あんな男の思い通りにはなりたくない。私には既に顕現させた刀剣男士がいるし、仮にとはいえ本丸にもこれたんだ。
     声が震えないように気を付けながら、口を開く。
    「何を……すればいいんですか」


     翌朝になって、本丸への就任を正式に認める条件として提示されたのは、今では廃止された旧式のチュートリアルを問題なく達成する、というものだった。
    「実休光忠様にはおひとりで出陣していただきます」
    「ひとりだなんて……刀装は? 刀装は作れないの?」
     現行のチュートリアルは審神者や刀剣男士に無用の負担をかけないように、追加で一振鍛刀した上で、刀装を付けて出陣するようになっていると聞いていた。
    「残念ながら……、正式な就任ではないため、鍛刀及び刀装作成の機能が解放されておりません」
     昨夜のうちに実休さんと話して知ったことだが、時の政府の職員が渋る中、半ば強引に私を本丸に連れてきたのは実休さんらしい。『君をあの場所に留めておきたくなかったんだ……ごめんね』と彼は言っていた。
     私も養成所からは早く出たいと思っていたけれど、そのせいで実休さんが大変な目に遭うのは辛い。
    「じゃあせめてお守りを……」
    「それも現在は入手が不可能となっております。しかし……ご心配なさらずとも、主と密接な繋がりを持つ近侍の刀はどのような重傷を負っても、折れることはございません」
    「でも……」
    「……主、僕なら大丈夫だから」
     肩に軽く手を置かれて、実休さんを振り仰ぐ。私を安心させるように穏やかに微笑む彼を見て、肩に置かれた手を上から握った。革手袋越しに手の温もりを感じる。
     私の刀になれて嬉しい、と言ってくれた刀のために。
    「本丸で、貴方の帰りを待ってる」
     手を握ってそう伝えると、手の甲に額をくっつけられた。甘えられているかのようで目を丸くする。
    「……うん、離れるのは名残惜しいけれど、行ってくるね。僕が帰ってきたら、手入れを頼むよ」
     驚いている間に、彼はするりと手を解いて迷いなく転送ゲートへ向かった。
     その背を見送って、ぎゅっと拳を握り締める。
     刀剣男士を出陣させるには、戦いで彼らが傷付くことへの覚悟も必要だ。
     手入れ部屋の位置と道具が揃っているかを確認してから、執務室で戦況モニターを起動する。
     本丸からモニタリングできるのは、刀剣男士がおおよそどの位置にいるか、どの程度刀装と本体が損傷したか、程度の情報に過ぎない。実際にどう戦うかは出陣した刀剣男士に委ねられている。
     今の私にできるのは背筋を伸ばして座り、減っていく数値から目を逸らさずにいることだけだった。私がいられる場所を、あのひとが帰る場所を手に入れるために、私には審神者の資格があると、証明する。
     刀装の助けがない無防備な状態では、傷を負うのは避けられない。実休光忠と名前が付いた数値が減る度に、ざくりざくりと身を切られているような心地がした。

    「実休さん……っ!」
     ゲートの反応を確認して外に走り出る。
     本丸に戻ってきた実休さんは、満身創痍まんしんそういの状態だった。服はあちこち切られて血が滲み、左手は力なくだらりと垂れている。
    「……っく、ひどく、やられてしまった、な……。こんな姿、君には見せたくなかった、のだけど……」
     苦く笑う彼に、私は首を振った。
    「早く手入れ部屋へ」
     太腿に大きな切創がある側の足を引きずっているのを見て、傍に行き強引に肩を貸す。
    「君が、汚れてしまう」
     彼に触れたところから白衣はくえがじわじわと血の赤に染まる。
    「今気にすることじゃない、早く!」
     離れようとする彼を少し強い口調で叱咤しったして、庭に面した手入れ部屋へと連れていく。
     刀剣男士の手入れは、怪我が酷い時はまず肉体の止血をしてから、本体の手入れを行う。応急手当てのやり方は入念に教えられてきた。
     手入れ部屋は、本丸の中で最も審神者の霊力が伝わりやすい場所だ。どうにか部屋の中まで連れてきた実休さんをシートの上に座らせて、血と泥に汚れた防具を外し、服を脱がせていく。
     裾の長い上着を脱がせ、左胸を覆う胸当てのベルトを緩めて外した。半ば血に染まったネクタイを解いて引き抜き、黒いシャツのボタンを外して前を開ける。
    「……っ」
     傷だらけの彼の肌を目にして、思わず息を呑んだ。
    「あまり……見て気持ちのいいものでは、ないだろう」
     鍛えられた男らしく厚みのある身体には、真新しく血を滲ませる傷とは別に、古い傷がいくつもあった。その上から炎のような赤い火傷の跡が幾重にも肌を焼いている。彼の壮絶な来歴を知らしめるかのように。
    「これも……貴方を形作るもの、でしょう」
     主と共に焼かれる辛さを、二度も味わった刀なのだ。彼は自分で記憶が怪しいとは言うけれど、本当に忘れてしまっているのなら、こんなにくっきりと生身の身体にまで影響は出ないだろう。今も傷を抱えて、それでも優しく笑ってくれるひと。
     情の深い刀なのだろう、と思った。
     傷に響かないように気を付けながら肌を拭って、ガーゼを押し当て、未だ血を滲ませる傷に手早くしっかりと包帯を巻いていく。
    「あの……、下は、脱げそう?」
     太腿や脛は止血しなくてはならないが、ベルトの金具を外したところで、これ以上はまずいのではないかと思い始めた。
    「流石に……任せきりではいけないか」
     残念そうに聞こえたのは気のせい? だよね。
     彼が腰を上げてスラックスを脱ぐと、長い脚があらわになって黒のボクサーパンツ一枚になってしまう。十分にまずい光景だった。
     手入れ、これは手入れのためだから。
     自分にそう言い聞かせて、どうにか平静を保ち、太腿の大きな傷にぎゅっと包帯を巻いてしまう。太い血管を圧迫すると止血に役立つと習った。
     他の脛の傷などにも手早く包帯を巻いてしまって、肩から浴衣を着せ掛ける。いつまでも肌を晒していられては心臓に悪い。真新しい包帯には既に血が滲んできていて痛々しかった。
    「浴衣を着たら布団に横になっていて。本体を、手入れするね」
     刀の手入れについては、講習でも手際がいいと褒められていたんだ。だけれど、実践するのは今日が初めてで緊張する。
     鞘ごと刀掛けに置いていた実休光忠の本体を手にして、専用の布で外装に付着した血や汚れを丁寧に拭う。
     手入れが完了すれば戦装束や本体の傷は完全に修復されると聞いてはいるけれど、柄巻にじっとりと染み込んだ血や、ぐったりと布団に横たわった実休さんを見ると胸が痛くなる。直るとしても、出陣すれば疲弊するし、痛みを感じないわけじゃないんだ。
     布団の側にに手入れの道具を揃えて鯉口を切り、息を詰めて刀を抜く。
    「…………」
     血で曇りあちこちに傷が付いていても、息を呑むほど美しい、丁子ちょうじ乱れの素晴らしい太刀だった。織田信長が愛し、最期まで共にあった刀。
     労るようにそっと刀身を拭う。
    「ん……っ」
     それに合わせて布団に横になった実休さんが声を漏らしたので、びくっとした。
    「ごめん、痛かった?」
     触れ方が悪かっただろうかと心配になる。
    「ううん、君に熱烈に見つめられて……触れられるのが、気持ち良かった、から」
     はぁ、と吐き出された吐息が何だか色っぽくて落ち着かない。傷のせいで熱が出ているんだろうか。今はとにかく、本体の手入れに集中しなきゃ。










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