困った女の子「え……わたしから見た、リツカに直して欲しいところ?」
「そう。だってもう付き合って長いし、同棲もしてるんでしょ?」
「そ、そうだけど」
人ってどうしてこういう恋話になると、そんなに目をきらきらと光らせられるんだろうか。……あぁ、いやこれはもう恋話でもない……のかな?と、一人呆れ半分に心の中でそんなことをこぼす。
「なら鈍感なあなたでも、日頃の彼の行動に対する色々が気になっていてもおかしくはないでしょう?」
自分の隣の席でやいやいと騒ぎ立てるわたしの大学での数少ない友人は、どうしてもわたしと彼との関係性について根掘り葉掘り聞きたがってる節がある。
だから偶々テレビで見たという、おしどり夫婦な芸人が今件に上がっているような質問攻めをされていたという話が出てから、薄々こんなことになるだろうなと予想はしていたがやはりいざ聞かれると難しいものがある。
「で、どうなの?彼に対して直して欲しいところとか、こうして欲しいというところとか無いの?」
「んー……」
机の下で優雅に足を組みながら、わたしを試すように瞳を覗いてくる彼女の黄金の瞳。それに対して少し考える時間が欲しくて、その自信満々な瞳に「じゃああなたはどうなの?」の問いかけた。
「あ、私?そうねぇ……あるにはあるけど」
「あるんだ」
「ええ、あるわ」
比較的自由に様々な人が混在するキャンパスにあっても、彼女ほど綺麗で美しく花のある人物はそういない。その彼女が選んだ相手であれば、彼女と同様この広いキャンパスでも彼女に相応しいほどに完璧超人だろうと考えていたが……
「そうであろうと頑張るだけで、世の中に完璧なんてないでしょ?バカじゃないの?」
「ばっ……もう、ノクナレア、わたしに対してだけは本当に当たり強いよね」
「当然よ。ライバルだもの」
ライバルって……そう思ってるのはあなただけなんだけどなぁ……と、今でも周囲から集まる視線に辟易する。
人形のように細く長く白い手足に、艶やかな桃色の髪。そして見るものにはっきりとその意思を感じさせる、輝ける黄金の瞳。
カリスマってこういう人のことを言うんだろうなぁって、彼女を見るたびに思い知らされる。
「……リツカも本当は、あなたみたいな――」
「――はぁ。ほんっと、バカね」
そんな少女に隣であからさまに溜息を吐かれれば、何が悪いのかわからなくても自分が悪いのだと錯覚してしまいそうになるのも無理のないことだろう。
だが彼女のその言葉は、わたしをただ否定するものというわけではないことも知っていて――
「な、なんだよぅ……」
「確かに私は、自慢の彼に直して欲しいところも、こうして欲しいなっていうところもたくさ……いえ、ほんの少しだけ、あるわ」
細く長い脚と腕を組み直して胸を張るように言葉を謳う彼女が、それでもほんの少しだけ言い淀んでしまったことに、確かな努力に裏打ちされた彼女でもこの感情には苦労しているんだな、勝手に同情する。
「でもね。それで惚れ込んだ相手をみすみす取り逃がすだなんて、そんな見る目のないことをこの私がするわけがないでしょ?」
「それはそう」
そしてふふんと得意げに笑ってみせる彼女の胸の張り方に、なんだかこちらまで嬉しくなって――けれど、「やっぱりわたしとは違うなぁ」と薄い笑みが溢れて。
「……なに他人事みたいに頷いてんのよ、バカ」
「え?……あ」
と、そんな会話の最中、休み時間の終わりを告げる次の授業の予鈴が鳴り響いて、食堂が少し慌ただしくなりはじめた。
わたしたちもそれに合わせて席を立ち、次の授業の教室へと向かう。
「次会ったときにはもう一度聞くから、ちゃんと答え用意しておきなさいよね~」
「えー」
そしてそれぞれの教室への別れ道で、そんな約束を勝手に取り付けていった彼女にまた一つため息をこぼしながら――その友人の気遣いに笑みを浮かべるのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
それから少しの時間が経って夕方になり、二人で暮らすには少し狭く感じる部屋に戻ると、また少し時間が経って。
「っていうことがあってね」
「うん」
わたしよりも早めに帰宅していた彼の夕飯を一緒に平らげて皿洗いをした後、明日までのゆとりの時間を、共にゆったりと過ごしていた。
「リツカはある?そういう……わたしに直して欲しいこと」
「……それ、本人に聞くには違わない?」
「だ、だって、気になっちゃったから……」
自分から今日のわたしの様子がおかしいからって聞いてきたくせに、ソファの上で照れくさそうに苦い笑みを溢す彼の反応には、わたしも少し頬を赤らめて俯いてしまう。
「うーん、直してほしいこと、か」
「……うん」
一人暮らし用の古いソファの上でこてんと預けた頭を、彼に優しく撫でられる。その手つきだけでなんとなく彼の考えていることはわかってしまっているが、それでも彼のために不出来なところは直したいと思うのもまた事実で。
「言っていいの?」
「っ……うん……」
きっと林檎のように赤くなっているだろうわたしの耳に向かって、頭に添えられている手つきと同じように優しい声音で問いかけられる。
それにほんの少し……ほんの少しだけ心をどきりとさせながらも、続きの言葉を待った。
「朝俺が起こさなきゃ、必ず寝坊しちゃうところ」
「うっ……」
「疲れたからって洋服を裏返したまま洗濯籠に入れちゃうところ」
「うぅっ……」
「食費がすごいかかっちゃうところ」
「う、うぅぅ……!」
覚悟はしていたが、いざ彼の口からダメ出しされてしまうと、どうしても眦から熱いものが溢れてきてしまって、いつもの三倍増しで呻き声しか上げれなくなっていく。
だが、それでも彼の言葉が止まることはなくて。
「表情がころころ変わって、見ていたらあっという間に時間が過ぎちゃうところ」
「ふ、ぇ?」
「君の喜ぶ可愛い姿が見たくて、いつも多めに作り過ぎてしまうところ」
「り、りつ」
「最近友達にメイクを教えてもらったからか、ますます綺麗になって……他の人の視線を集めてしまうようになってしまったところ」
「っ……!!」
話している最中、彼に突然ぎゅっと手を握られたかと思えば、その綺麗な青色の瞳で真っ直ぐにわたしの目を覗いてくる。その真摯な瞳と温かい手の温度と、至近距離で届く言葉の意味に、わたしは堪らずぱくぱくと言葉にならない言葉を発してしまう。
だがそんなわたしの様子を見ても、彼は言葉を止めることはなく、続けざまに言葉を伝えてこようとするから――せめてその真っ直ぐな瞳から逃げたくて思わず彼の胸に飛び込んだ。
「なのに君は自分に自信を持ってくれなくて、ほっとけないって思わせてくるし」
「っ……」
「……君は本当は寂しがり屋なのに、それを言い出してくれないのも、本当はとっても困ってる」
「……」
一つ一つ柔らかな言葉が、抱きしめてくれる彼の温度と同じように胸に染み入ってきて、顔を埋めた彼の胸から鳴る心配そうな心臓の音が嬉しかった、
「でも、そうやって君に困らせられるのが、俺にとってはとっても嬉しくて。ふふ……君は本当に困った子だね、アルトリア」
「りつ、か……」
くすくすと笑う彼の声に漸くわたしも顔を上げてみれば、そこには春の日差しのように穏やかな彼の笑顔があって。
――本当は呆れられてもおかしくない筈なのに。
――わたしよりもずっと魅力的な子が、彼を好いているかもしれないのに。
「……好き……大好き。ありがとう、リツカ」
――この笑顔だけは、誰にも渡したくないと、そう思ってしまうのだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「で、どうかしら。答えは出た?」
「うん!」
そして数日後。再び桃色の髪の少女と昼食を共にすると、同じ問いを投げられて。
数日前に返せなかったそれに胸を優しく満たしてくれた彼の熱を思いだしてーーそれに恥じないようわたしもその時だけは目の前の少女に負けないよう、自信満々に答えを返した。
「リツカにこうして欲しいところはわたしにもあるけど、直して欲しいなんて思えない」
「どうして?」
「――そこも含めて、わたしも彼のことが大好きだから!」
「―――」
その答えを聞いた目の前の少女は一瞬その瞳を丸くさせると、賑やかな食堂に笑い声を響かせたのだった。