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    shili_41

    @shili_41

    こんにちは、肆(しぃ)です。
    好きな時に好きな物をぽいぽいしてます。
    はちゃめちゃに固定厨。BSDにお熱❣️
    推しカプさん【福乱/鐵条/綾村/鴎エリ/ブラ文/芥敦/桜燁】等…
    書くのは福乱ばっかりです。

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    shili_41

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    誰も待ってないとは思うけど、マジで遅くなってしまって今更過ぎるし、申し訳なさすぎるしのオンパレードぽ誕最終回(福乱)
    終わらせない小説ほど嫌いなものは無いので自身を叱咤して書いたら長くなるわ長くなるわ……。
    死ぬほど忙しい仕事と体調不良とかを経てちょくちょく書いてたんですけどめちゃくちゃ楽しかったです。これだけが日々の癒し……。

    #福乱
    happinessAndMisfortune

    ぽぽ誕2023【夜】 福沢は探偵社にて社員総出で祝われ満足そうに笑って送り出された乱歩と共に帰路につく。


    「……満足か?」

    「まあね〜〜〜〜!!」

    「そうか……」


     浮ついた気持ちを隠そうとせず前を軽快に歩く乱歩の姿を見て福沢はほっとした。今朝の言葉を到底聞き流す事等出来ないが、今は幸福な乱歩を見ていたい。何と云っても今日は乱歩の誕生日なのだから。


    「それでさあ与謝野さんは相変わらず料理が上手でね、作って貰った林檎パイはそれはもう美味しかったんだあ! 与謝野さんをお嫁さんに出来る人は幸せだねえ〜。でも、そんじょそこらの男じゃ絶対駄目! だよねっ社長!」


     福沢の心中を気にしない乱歩は、隣で座右の銘に相応しい喋りを披露している。其れに関しては何時も通りなので、さして気に留めず。然し、何時しか福沢は此れが無いと、物寂しささえ感じる身体になっていたのだ。


     「僕には到底及ばなくても少しは頭が良くて、社長と対峙しても怖気付かず立ち向かえる人じゃないとね!」等と云い乍らにこにこと笑う乱歩。


     中々無慈悲な事を笑顔で云って退ける乱歩の姿に、絶対に相手との交際を許可しない未来を想像する。
     相手の前に仁王立ちで立ち、腕を組んで不服そうな顔でいるのだろう。そうして隣を見上げて福沢に同意を求めるのだ。


    「…………嗚呼」


     其れにしても、相変わらず与謝野とは仲が善い。定期的に二人で集まっては話に花を咲かせている。今日は乱歩の誕生日と云う事もあり、通年通りのお茶会をしていた様だが、帰り際にきっちり与謝野から「社長、妾が云う事じャあ無いけどあンまり怒らないでやっとくれよ」と釘を刺された。


     ————何故知っている!


     否、乱歩が話した以外の選択肢は無いが、件の話も此方が知らず彼女が以前から知っているのは如何なのか。乱歩も乱歩だ。何故直ぐに云わない。其の様な事で一々目くじらを立てるとでも思われていたのか。

     今怒っている事を棚に上げ、内心そう考えていると福沢を見上げていた乱歩が「未だ怒ってるの? 執念深い男は嫌われるんだよ?」と何でも無い様に口を開く。


     隠し事をしていたお前が云うな!!
     お前の態度がそうさせているのだぞ!


     ふつふつと湧いてくる怒りに任せて、乱歩を抱き上げる。


    「ちょっ、わあああ?!?」


     両脇に手を差し入れ勢いの儘に上へと持ち上げた為、乱歩の頭からは鳥打ハンチング帽が滑り落ちた。持ち上げた猫のように伸びた儘、突然の事に目を丸くさせ己より目線の下にいる福沢を見詰める。頭上に掲げる様にして持ち上げた乱歩を福沢も復、暫し見詰め返す。
     そうして少しの沈黙の後、乱歩は再び口を開いた。


    「……こんな往来でやることじゃあないでしょ」

    「…………誕生日だからな」


     口を尖らせ「いつもこう云う事するなって云うのは福沢さんの方なのに……」と、そう文句を云う乱歩を適当な言葉で流して「俺は執念深く等無いぞ」と、念押しする。


    「……なんかさあ、年々堪え性が無くなってきてない?」

    「そうか、ならば其れはお前のお陰だな」


     降ろそうかとも思ったが、「内心はさて置き、他の人と比べたらそりゃあ吃驚するくらい精神力があって根気強いけど、昔はもうちょっと忍耐力も強かったし色々抑えられてたのに……」等とぶつくさ話す言葉に少し腹が立った為、其の儘乱歩を小脇に抱えて移動することに決めた。

     福沢は落ちた鳥打帽を拾い、袂へと仕舞うと何事も無かった様に歩き出す。


    「ちょっと?! 此の儘移動するの!?!」

    「不都合があるのか?」

    「無いけど……社長とくっ付いて居られるし、何より歩かずに済むもんね! 在るとすればこの体制は嫌かなあ〜。出来れば何時もみたいに横に抱えてよ。久々に背負ってくれてもいいよ? あっ、でも不都合が無いのは僕ね! 後々困るのは社長の方だから! 此の儘行くと、絶対に武装探偵社の社長が社員を人攫いの様に抱えてたって噂になる! 僕が云うんだから絶対だッ! 解ってるでしょ!」


     結局、善いのか悪いのか判らない回答がぺらぺらと乱歩の口から延々と滑り落ちる。先程乱歩の頭から落ちた帽子よりも長く、滑りも善い。
     要約すると、乱歩は一応此方を気遣っている様だ。周りが見えて居なかった訳では無い。其れを頭の片隅に置いて尚、手が出てしまったのだ。我ながら御し難い感情である。

     自分の怒りと欲、然して社の評判を天秤にかけ少しの間考えたが、乱歩が云うのだからそうなのだろうと音も無く当人を降ろす。
     其の儘、乱歩を置いて無言で先を歩き始めた。後ろで微かに笑う声が耳に入ったが、聞こえ無い振りだ。

     慌てて後ろを追いかけてきた乱歩を気配で感じ取り、そう云えば今年の誕生日ケェキをどうするのか聞いていなかった事に思い至る。
     今日聞いた乱歩の話から、甘味を多く食べたのならば今年のケェキは要らないかもしれない。
     そう思い其の旨を乱歩へと伝えると、眉を顰めて「ぜんっぜん判って無いッ!!」と拗ねた顔をした。
     相変わらず喜怒哀楽が判りやすい。


    「覚えてる? 出逢ってから先に来たのは社長の誕生日だったんだよ。其の時から毎年、僕らの誕生日には必ず誕生日ケェキを買っていた」

    「あれはお前がどうしてもと云うから買ったのだ」


     突然昔話を始めた乱歩にそう返すと「覚えてたんだ」と、返される。
     当たり前だろう。


    「なら、覚えてるでしょ! 僕があの時なんて云ったか!」

    「誕生日には何があってもケェキを買って祝うものだと……」

    「そう! だから今日もこれからも、お腹いっぱいだろうが甘い物の気分じゃ無かろうが、例え物が食べられない状態だろうが誕生日にはケェキを買うんだよ!」


     なんて食い意地の張った主張なんだ。
     そう思ったが、此れは乱歩なりの拘りで執念にも近い信念なのだろう。
     当時は唯ケェキが食べたいだけで、誕生日を口実に甘味を口に出来る機会を増やしているのだと思っていた。然し、此れは其の様な類いのものでは無いのだろう。


    「……ならば今年はどの様な物にする?」


     福沢がそう聞くと、乱歩は嬉しそうに此方を見て笑った。


    「其れは勿論、ショートケェキだよ! 苺のいっぱい乗ってるやつね! あっ、絶対ホールだよ?! 誕生日にはホールケーキなのが決まりだから!! あーーー考えたら苺ケェキの口になってきたなあ。早く食べたいッ! 福沢さん、早く行こ!! 何時ものお店だよね?」


     福沢の手を掴んで引っ張る乱歩に釣られる様に先程よりも早く脚が動く。
     乱歩が往来で周りの目を気にする福沢を気遣い注意を促したと云うのに、目の前のケェキでもう其れを忘れたのか。何歩か早足で歩いた所で、手を繋いでいる事に気付き其方を見詰める。
     云う可きか、云わぬ可きか。

     正直な所、此の儘でも善い気がしてきた。
     此の場面を傍から目撃された所で、社員に責付かれる社長の姿にしか映らない。其れならば問題は無いだろう。
     何より、乱歩が嬉しそうだ。
     福沢自身も何も乱歩と触合うのが嫌な訳では無い。人目さえ無ければ……と、思う事は一度や二度では無い。そうで無ければ、一回り以上も歳が離れ面倒を見ていた存在と閨を共にし情を交わす事等無かっただろう。

     手は離した方が善いのか、其の儘で善いのかを黙々と考え続けていれば何時の間にか随分歩いていた様だ。そう云えば先程より歩く速さが随分落ち着いているな、と思った頃不意に乱歩から名前を呼ばれた。


    「どうした?」

    「……ここ何処?」


     …………何だと?!
     手を引っ張る為場所を判っているとばかり思っていたが、確かに何時も行く駄菓子屋や和菓子屋、甘味処とは違ってケェキ屋へ行くのは年に数度しか無い。其の様な場所を乱歩が覚えているとは思えない。完全に此方の落ち度だ。繋いだ手に気を取られ、周りを疎かにしていたのは福沢の方であった。


    「だって何時もなら間違ってても直ぐ福沢さんが云ってくれるでしょ……今日はなんで何も云わないのさ」


     ギクリと身体を判らない程度に強ばらせたのがいけなかったのだろう。其の時に握っていた手を強く握ってしまった。その事に乱歩が気付き、繋いでいた手を見た。然して「嗚呼……」と、だけ呟いて妙に表情を削ぎ落とした顔で手を離す。


    「……ごめんね?」


     福沢は、心穏やかではいられなかった。
     先程も云ったが、乱歩と触合うことは嫌いでは無い。この際云おう、寧ろ好きなのだ。
     唯、時と場所と場合は弁えなければならない。そして公私混同はしてはいけない。此れは、性別以前に一般社会に生きる一個の人間としての規則であり礼儀作法である。
     だが然し、其の所為で乱歩を悲しませるのは違う。此れは乱歩と出逢ってから自身で決めている事で、二人の関係に一つ名前が多くなるより前から存在した、認めざるを得ない純然たる事実なのだ。
     乱歩は笑顔で居るべきである。
     其れを、俺が何よりも望んでいる事を。


    「……ッ! ふ、福沢さん……ッ!!」


     従って、乱歩の手を握り此方に引き寄せた。突然の事に脚が絡まりそうに成り乍ら福沢の方へと乱歩が引っ張られる。乱歩の鳥打帽は未だ福沢の袂の中だ。下へと滑り落ちる心配は無い。


    「早くせねばケェキが無くなってしまう」


     口下手であるが故の下手な言い訳であったが、何もしないよりは善いだろう。兎に角、手を繋ぎたくない訳では無い、と云う証明が必要だった。其の様な事は疾うに乱歩には見抜かれているだろうが。見抜いても尚、本人が悲観するのならば証明するより他に手は無い。


    「……うんッ!」


     繋いだ手をぶんぶんと大きく振って飛び跳ねる様に乱歩は歩いた。
     幾つ歳を重ねても変わらぬ所が在るのだな。笑顔で「ケェキ〜ケェキ〜!」と出鱈目な歌を歌う乱歩を見て思う。知らぬ間に福沢の口角も微かに上がっていた。





    ***


     夕餉の後、先程買ったホールケェキを食し風呂も済ませれば自由時間。通例通りなら互いに本を読んだり囲碁を嗜んだりと好きにする時間だ。


    「はーーーー食べた食べた!」


     満足そうに自身のお腹を摩って上機嫌な乱歩は、福沢を座椅子にして身を任せている。
     本日は誕生日と云う事で、何時の間にやら此の日は乱歩の好きな様にさせる不文律が出来上がっていた。不文律と云っても仰々しいものではなく、単純に福沢が乱歩の好きにさせているだけなのだが。


    「……満足そうだな?」

    「そりゃあ勿論ね……」


     意外なことにも、普段我儘で手前勝手な振る舞いをする乱歩だが欲は極端に少ない。普段甘味を強請る以外には特に何も欲しがることをしないのだ。
     もう少し欲が在っても善いものだが。
     乱歩の普段の言動を脇に置き、其の様に考えてしまうのは懸想人故の弱みなのかどうなのか。


    「んふふふっ」


     気付けば自然と目の前の乱歩の頭を撫でていた。撫でていた事に乱歩の嬉々とした声で気付く。自身の無意識下の行動に内心驚きつつ、福沢は顔が綻んだ乱歩を見て心が満たされていくのを感じた。


    「………………〝幸せ〟だろう?」


     俺がそうである様にお前もそうであれ。
     福沢が十三年間、時に無意識に、時に自覚を持って想ってきた事だ。恐らく無意識的に思っていた頃から所作には表れていたのだろう。詰まりは、乱歩には筒抜けだったのだ。強要させてしまったのでは無いか。今でも偶にそう思う事がある。

     だが、今回は強要してでも乱歩にそう思ってもらわねばならない。

     楽しげな乱歩には申し訳ないが、後回しにしてはいけない問題がある。乱歩自身は今朝の言葉を無かった事にしたい様だが、福沢に其れを許す事は出来ない。
     お前は俺には云わねばならないだろう。


    「…………今朝も云ったけど幸せだよ」


     福沢の表情から追求から逃れられないと悟った乱歩は少し息を吐いてから此方を振り返る。
     目が合った乱歩は、眉じりを下げ困った様な表情をしていた。其れは滅多に見ない表情であった。
     乱歩の手を掬い上げるように下から持ち上げ、其の儘強く握る。


    「お前は幸福が増える度、其れを失う事に怯え一歩も進めなくなる未来が怖い、と云ったな」

    「うん……」

    「そう思うのは仕方がない。その想いは私を含め誰しも持っているものだ」

    「皆も……?」


     戸惑うように下から此方を伺う乱歩の表情は不安そうだ。大人になったと思っていても、ふとした表情は出会った頃と変わらない。不安げな表情は特に、いつも決まってあの日の幼子と同じであった。


    「嗚呼、お前は超人的頭脳を持った世界最高の名探偵だ。周囲の愚かな人間を護る義務がある。其の事実は何があろうと変わらない」


     だが、あの日と異なるものも確かにある。出逢った当時と今とでは、二人の状況も関係も随分と変化した。
     其の中で今、絶対的に変わったと云えるもの……其れは乱歩が福沢を信頼しきっている所だ。あの日の様な疑念の目を向けられる事はもう無い。
     繋いだ手が強く握り返された。


    「……だが、お前は他と何も変わらぬ人間だ。皆と同じように思い悩むこともある」

    「僕もみんなと同じ……」


     何時でも自身が特別であると胸を張って豪語する乱歩は、時に何よりも孤独を嫌う。出会った当時、透明な繭から強制的に剥がされた幼虫であった乱歩が自身と違う他者を恐れたように、他者と違う自身の在り様に時に不安になる事もある様だ。


    「然し、未来は明るい。お前は今日、何を見て何を感じた?」


    「今日……社長と一緒に事件を解決して感謝された。
    探偵社ではみんなにお祝いしてもらってプレゼントもいっぱい貰ったよ。みんな僕を尊敬してくれるんだ。
    お昼を社長と一緒に食べられたことが嬉しかった。与謝野さんともいっぱい喋ったし美味しい紅茶とお菓子をご馳走してくれた。
    帰りは社長と一緒に手を繋いで帰って、夜は僕の好きな料理ばっかりだった。
    誕生日ケェキの味は最高だった。また食べたい。福沢さんは甘過ぎて直ぐにギブアップしてたね。
    そうして今は福沢さんとお話してる」


     何時もの捲し立てるような喋り方では無く、只管状況を整理するかの如く淡々と今日起きた出来事を口にする乱歩。其の瞳からはぽろぽろと涙が溢れていた。


    「幸せだろう……」

    「うん、幸せ………っ」


    消え入るような涙混じりの声。


    「……嬉しいだろう」

    「うん……福沢に出逢ってからずっとこうなんだ。此れは福沢さんのお陰なんだよ」


     甘えるように体を寄り掛け、肩口にこてりと顔を寄せた乱歩の瞳から涙が重力に預けるように頬を伝う。福沢は自身の肩山に落ちていくその雫を一瞬眺めてから撓垂れ掛かる乱歩と目を合わせた。


    「……其の言葉、そっくり其の儘お前に返そう」


     判っている、とばかりに福沢の言葉に頷き返した乱歩は、此の話題を持ち出してから初めて微笑んだ。


    「僕達、二人でいればずっと最強だね。だって二人の間でずっと幸せが循環してる」

    「そうだな、最早離れることは無い。……従ってお前が死ぬまでそうだろう」


     故に、安心して欲しい。先の判らない未来に憂うことは無い。
     そう想いを込めて口にした言葉であった。


    「………………」

    「………何だ?」


     然し、乱歩はその言葉を聞くと少しして、黙って身体を起こした。福沢は乱歩に拒絶されたようで、居心地が悪くなった。二人の間に出来た隙間が妙に寒く感じる。先程まであった乱歩の温もりが、余計に其れを感じさせるのであろう。

     暫くして、乱歩が口を開く。


    「……嘘だ。判りたくないけど判るよ。目を逸らしたくたってそうしたって見えるんだ。僕と福沢さんの年齢じゃあどう足掻いても先に死んじゃうのは福沢さんだよ」


     乱歩の慟哭は静かであった。
     あの頃より大人になった乱歩が、其れでも変える事の出来ない未来を憂う、諦めの滲む諦観した声色だった。


    「こんなにも幸せなのにいつか父上と母上みたいに僕を置いて居なくなっちゃうんだッ!」


     福沢には、劇場での乱歩の慟哭と重なって見えた。幾ら乱歩が大きくなろうと、あれはあの時福沢が護りたいと、傍に居たいと思った魂なのだ。
     そう認識するよりも早く、否定の言葉が福沢の口から出た。


    「…………ッ、そうはならない!」

     自分が想定したよりも大きな声量が辺りに響く。

    「………………どうして? どうしてそう云い切れるの?」


     乱歩は縋るように福沢を見詰めた。
     其の表情は、信頼から来る表情だ。必ずや福沢が乱歩の不安を取り除いてくれるとどこか確信している顔でもあった。
     其れは乱歩と共に過ごし、幾度も見た面差し。時に其の重みは幾重にも伸し掛かる試練となって福沢の前に現れた。
     然し、何時でも福沢を真っ直ぐ正義の路へと歩かせるのも此の顔ばせであった。


    「お前は寂しがり屋だろう。故にお前が悲傷せぬ様、例え俺が先に死んだとしてもお前と離れず居られる手を打つ」

    「…………どうやって?」

    「異能だ。化けてでもお前の傍にいると約束しよう」


     慮外な言葉に驚いたのか、福沢が其の様に云うのが珍しかったのか、留まることを知らぬ乱歩の涙が止まった。引っ込んだ、と云った方が正しいのかもしれない。
     乱歩は、ぱちぱちと目を瞬かせて此方の言葉を必死に飲み込もうとする。其の拍子に睫毛に乗った涙は、彼から逃れる様に散っていった。


    「……で、でもそんな都合の善い異能存在するの?」

    「……以前特務課でとある事例を聞いた。似通った異能が以前存在していたと。ならば今後必ず現れるはずだ」


     信じられないけど信じたい。
     乱歩の心の内は其の様になっているのだろう。開いた瞳には疑心と憂心の他に微かな期待が映る。


    「国内であろうが外国とつくにであろうが必ず探し出して見せよう。他ならぬお前の為に。……此れならばお前も安心できるだろう?」


     福沢はあの時と同じ誠実さを意識して話す。何時だって福沢は乱歩と接する時はそう務めてきた。乱歩だけでは無い。他の誰と会話する時も福沢はそう務めてきた積もりだ。

     然し、あの時乱歩を救い出そうと吐いた様な〝嘘〟では無い。思い付く限りに口を動かし、見切り発車で発した言葉でも無い。
     其の言葉は兼ねてより福沢が心から想い、乱歩に伝えたかった言葉だ。此れは福沢自身の宣誓でもあった。


    「お前と完全に感情を共有出来る訳では無いが、置いていかれる人間の気持ちは……判るつもりだ」

    「………………」


     一人で何もかもを背負った友を思い出し、心の奥底が傷んだ。福沢の気持ちを感じ取ってか、福沢の言葉の意味を考えているのかは判らないが、乱歩は前を向き直して俯いた。


    「……其れでも未だ駄目か…………?」




     どうか、お前の為に出来ることなら何だってする。故に悲観しないでくれ。




     目が合わない儘時間だけが過ぎていく。福沢は俯いた乱歩の後ろ姿を確と見詰める。喩え乱歩が此方を向いていなくとも懇願する気持ちで只管見詰め続けた。






    「……………………福沢さん、ちょっと重いよ」


     ようやっと口を開いた乱歩は其れでも未だ此方を向かない。

    「……そうだな、お前を生涯逃すつもりは無いと云ったも同然なのだから重いのだろう」


     前を向き俯いているため乱歩の表情は完全に隠れているが、此方に晒している耳の裏と項が赤く染っている事から照れている事が判った。


    「………………否定しないんだ」


     照れ隠しで口にしている事は疾うの昔に判っていた為、乱歩の素っ気ない態度も可愛く見えてくる。
     今頃乱歩は、元々の大きな口を限りなく小さく窄め口を尖らせているのであろう。
     そう考えると、此方を向いて欲しい想いが強まってくる。


    「其れなりの格好と言葉を用意してから出直した方が良かったのだろうが、今云いたかったのだ。……許してくれ」

    「……善いよ、傍に居てくれるなら僕はなんでもいいんだ。関係だって、名前だって、周りからの評価だって。其れよりも僕は、誰よりも誠実な貴方の言葉が聞きたい」

    「…………嗚呼。乱歩、此方を向け」


     乱歩が望むのだ。答えてやらねばならん。
     頭の中で大きく深呼吸する自分を想描く。そうして精神統一をしてから、此方を振り返った乱歩の目を見つめ口を開く。


    「お前は最早独りでは無い。此の誓いより、未だ見ぬ孤独に怯える必要も無くなった。お前には俺が居て、俺にはお前が居る。そしてお前を慕い力になってくれる社員達がいる。お前の未来は俺と共に幸せになる路しか無い」


     自身を座椅子にして身を預けていた相手に、もう一度恭しく手を持ち上げ甲に接吻キスをする。


    「……俺がお前を幸せにする。故に、お前も俺を幸せにしてくれ」


     本音を語ると、途轍も無く羞恥の念が堪らない。福沢の嘘偽りの無いおもいには違いないが、自分が取る行動にしては気取り過ぎていて叫喚したくなる。
     だが乱歩が絡むと福沢は、何時でも決まって最終的には自分が普段選ばぬ結論を選び取っていた。其の積み重ねが今に繋がるのだ。


    「…………僕ってば、すっっっごく果報者だね」


     笑んだ乱歩の目尻から乾ききっていない涙の一雫が零れ落ちた。


     福沢は考える。
     常に笑っていて欲しいと願う感情とは裏腹に自分の傍でなら喜怒哀楽、喩え負の感情であっても、どの様な表情であっても乱歩が感じたのならば見せて欲しいと。
     何故なら其れこそが、哀歓を共にする事の本来の姿では無いだろうか。
     依り判り易く云うならば、苦楽を共にする事。詮ずる所、所謂〝病める時も健やかなる時も〟と云うものだ。
     きっと、そうなのだろう。

     気恥ずかしくて本人には未だ云えぬが何時かは……。
     そう、何時かの遠くない未来、乱歩に乞われれば必ず福沢は行動してしまうのだろう。
     其の未来は、二人が出会い路を共にした瞬間から決まっていた。
     其れはとても幸福な事に違い無かった。


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    「……満足か?」

    「まあね〜〜〜〜!!」

    「そうか……」


     浮ついた気持ちを隠そうとせず前を軽快に歩く乱歩の姿を見て福沢はほっとした。今朝の言葉を到底聞き流す事等出来ないが、今は幸福な乱歩を見ていたい。何と云っても今日は乱歩の誕生日なのだから。


    「それでさあ与謝野さんは相変わらず料理が上手でね、作って貰った林檎パイはそれはもう美味しかったんだあ! 与謝野さんをお嫁さんに出来る人は幸せだねえ〜。でも、そんじょそこらの男じゃ絶対駄目! だよねっ社長!」


     福沢の心中を気にしない乱歩は、隣で座右の銘に相応しい喋りを披露している。其れに関しては何時も通りなので、さして気に留めず。然し、何時しか福沢は此れが無いと、物寂しささえ感じる身体になっていたのだ。
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