恋心を自覚しかける︎🌟教室の窓側、黒板に向かって右端、後ろから三番目。そこそこ人気の高そうな位置の席に座る類は、授業中の今も何かを熱心にノートに書き連ねている。板書ではない事は確かだ。もっとも類であればどの席にいようと同じ事をしただろう。その左斜め後ろが司の席だ。
授業に集中できていない折にどうにも類のことを目で追ってしまうのは、司が責任感に溢れた清く正しくカッコいい風紀委員だからだ。(こう自認する事で風紀委員の仕事にも俄然やる気が出る。)
窓から差し込む春の日差しは優しく、吹き抜ける風も寒すぎず強すぎずちょうどいい。少しだけ強い風が吹くと、水色混じりの淡紫が軽やかに風に揺れる。数本の毛がパラパラと動いているだけの司とは違い、サラサラとした柔らかい髪質の類が風に吹かれると非常に絵になる。他の男子生徒よりも少し長い髪の毛が、型にはまらない自由な発想や性格の表れのような気がしてなんだか誇らしい。
ふと、こんな光景はもうあと一年も見られない事に気づいた。類が進路をどうするかはまだ聞いていないが、同じ進学先だとしても全ての授業を一緒に受ける事はないだろう。
けれど、これからも一緒にショーをし続ける事には変わりない。卒業後もワンダーランズ×ショウタイムの活動は継続予定だ。きっと公演や練習以外でも、時間さえあれば四人でも、二人でも会うだろう。
なのに、この景色がもう少しで見られなくなると思うと、心臓の端っこが小さな何かに噛まれているかのようにツキツキと痛む。
(卒業を意識し始めて、オレもセンチメンタルになっているという事なのかもな。)
はぁ、とため息をついて黒板に視線を動かした時、類がこちらを見たのを視界に捉え、視線が引き戻された。顔をこちらに向け、いつも笑っているみたいに柔らかく結ばれた唇が楽しそうに弧を描き、ゆっくりと音の無い言葉を紡ぐ。
み、す、ぎ。
頬が熱を持つのがわかる。心臓がポンプのようにさかんに血液を送り出し、上昇した体温が掌にじんわりと汗を滲ませた。そんな司をよそに、類はさっさと手元のノートに視線を戻していた。
司が惜しんでいたのは級友と過ごす青春の一幕だけではなく、もっと具体的なものなのだと。聞き逃した授業と引き換えにするにはお釣りが出るくらいの気づきを得るまで、そう時間はかからなかった。