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    pandaorangegums

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    pandaorangegums

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    🎈🌟/参将SS。妊夫になって大好きな紅茶を我慢している将校殿のために、妊夫でも飲める紅茶とお菓子の開発をがんばる一途な参謀さんのおはなし。

    ・男性妊娠
    ・エロ無し健全
    ・殺伐とした参将はどこにもいません
    ・糖度は高め(お互いデレデレ)

    #参将
    generalissimo
    #類司
    Ruikasa

    甘い紅茶を、貴方に「参謀!参謀はいるか!!」

    ばぁんっ、とドアを破壊しそうな勢いで乗り込んできたのはこの館の主──将校殿だ。
    空気を揺さぶるような大声に、机の上に積み上げていた資料が何枚かばらりと床に舞い落ちていった。

    「全く。そんな大声を出さなくても聞こえていますよ。どうしましたか?」

    落ちた資料を拾いながら将校殿を見上げると……柔らかな頬を紅潮させて、ふんっ、と鼻を鳴らしているのが見えた。
    心なしか、瞳にキラキラと星が輝いているような気がする。
    うぅん……これはロクな事を言い出しかねないような表情だ。

    しかも、将校殿は詰襟に外套を羽織っていて、今にも外出せんという格好をしている。
    ああ……何となくだけれど、このお転婆さんが何をしようとしているのか、おおよその推測が立ってしまったよ。

    「トム爺さんを知っているだろう?ほら、西の街外れに住んでいる。どうやら、トム爺さんの飼い猫が迷子になってしまったようなのだ!」
    「そうですね。先ほど捜索依頼に来られていました。」
    「やはりそうだったか!館の中で挨拶をした時にオレもその話を聞いたのだ。あの猫は、トム爺さんにとってとても大切な猫なのだ。心の友と言ってもいい!そんな友が数日帰って来ないのだという。さぞや心配だろう。」
    「だから将校殿が探しに出ようとしている、と。」
    「ああそうだ。察しがいいな、参謀!」

    ぐ、と拳を握りしめてやる気に満ち溢れている将校殿の肩にぽん、と手を置いてそのまま執務室までエスコートをして差し上げた。
    帰れ、とつき返さないあたり僕ってなんて優しいのだろう。

    「な、何を……。」
    「却下します。先ほど、数名の精鋭達で結成した猫の捜索隊が館を出たところです。」
    「ならばオレもその捜索隊に加わ……」
    「だからダメですって。」
    「何故だ!書類業務は午前に粗方終わらせたし、やる事がなくなって時間を持て余しているくらいなのだぞ。」
    「それは何よりです。では、そのままソファに腰掛けてゆっくりしていてください。」
    「ぐ、ぬ……!!」

    執務室の脇にある、ふかふかとしたソファ。
    そこに将校殿を座らせて、柔らかな布地で編まれた膝掛けをふんわりとかける。


    「ご自分の身体の事をお忘れですか?……貴方はもう、一人の身体じゃないんですよ。」


    ──そう。
    将校殿は今、身重の身体だ。
    細い身体に不釣り合いな、ふっくらとした腹の膨らみ。
    その中には……僕の血が半分混ざったちいさないのちが宿っている。



    将校殿とそういう仲になったのは、あの日、あの時、将校殿にこの命を拾われてから、一年ばかり経っての事だった。

    森の民達が住む土地に眠る、黒い油。
    食べ物でもない、宝石でもないそれに、とんでもない価値が付く──。
    それに目を付けた大臣が僕に、どんな手を使っても良いから黒い油を手に入れて来いと、そう命じたのだ。

    森の民達を踏み躙っても良い。
    どうせなら、一匹残らず殲滅してこい。
    どうせ分かり合えない民族なのだから……と、大臣はそうも言ったのだった。

    本当は、彼らと争いたくなんてなかった。
    誰も、傷つけたくはなかった。

    でも……戦災孤児だった僕には、大臣の下しか居場所がなかった。

    他の子どもよりほんのちょっと頭が良くて、錬金術や機械工学が得意だった僕を、大臣は拾って育ててくれたんだ。
    大臣に捨てられたら、どこにもいく当てがない。
    やっとの思いで手に入れたその日の食い扶持を、誰かに盗られるんじゃないかと怯えながら過ごすあのドブネズミみたいな生活には、絶対に戻りたくない。

    大臣が僕のことを人として扱ってくれなくても……例え、ただの駒としか見てくれなかったとしても、ようやく手に入れた居場所を、安心を、絶対に手放したくはない。
    だから僕は、悪いことだとわかっていても──森の民達を踏み躙る方を選んだのだ。

    僅かに残る良心を心の奥底に押し込めて、自分の心を騙して、殺して。
    僕は、完全なヴィランになろうとしたんだ。

    途中までは完璧だった。
    黒い油を手に入れて、大臣に褒めてもらう。

    自分の足元に転がっている屍には目を背けて、そうしてまた犠牲の上に成り立った穏やかな平穏を噛み締めていく……はずだったのに。

    僕は、森の民達との争いに、敗けた。
    正確には『森の民達の味方についたとある将校に』敗けたのだ。

    僕は間違っていた。
    森の民達に酷いことをした。
    見せしめに殺されて当然のことをした。

    ああ、僕の人生はここで終わるのか。
    思えば、随分と薄汚く惨めで短い一生だったな。
    でももう、自分の居場所を守るために、誰かを傷つけたりしなくてもいいんだ。

    惜しいような、でもどこかスッキリとしたような気持ちで、この命を終える覚悟すら決めていたのに……僕は、生きながらえた。

    二度と森の民にちょっかいをかけることがないよう、僕の首を飛ばして見せしめとして大臣に送りつけてやろうという意見が大多数だったのに、将校殿がそれを頑なに拒んだのだ。

    『森の民達との交流を通じて、他者を理解することの尊さを知った。だからお前のことも、ちゃんと理解したい。』
    なんて。
    お優しくて甘っちょろい、あのうら若き将校は……僕のことを知ろうとした。

    僕は口を閉ざしていたけれど、将校殿があまりにもしつこく僕のことを聞くものだから……僕のことを、ひとりの人間として見ようとするものだから、僕は少しずつ、これまでの事を話した。

    自分自身を見て貰えるのは……幼い頃に巻き込まれた戦争で両親を失って以来、あれが初めてのことだったように思える。

    僕の話を聞いた将校殿はふぅと深いため息を吐いて……それから、僕を牢から解放した。
    かしゃん、と鎖が外れる音を、僕は一生忘れることはないだろう。
    あの音と共に、僕はこれまで僕を縛っていた『何か』から解放されたような気持ちになった。

    そして僕はその次の日から……どういうわけか、将校殿の監視のもと森の民達のためにこのいのちを使うこととなった。

    命乞いをするつもりなんて、微塵もなかった。
    殺されても、当然のことをした。
    それなのに、何故。

    将校殿に問えば、宝石を閉じ込めたようなキラキラした琥珀色に『お前には、まだまだやるべき事がある。まだまだ知るべきことがある。そう思っただけだ。』と言われたんだ。

    最初は、森の民達にも警戒されていたし、石を投げられる事もたくさんあった。
    でも……その度に将校殿が間に入ってくれて、僕と森の民達との仲を取り持ってくれた。
    大臣のこれまでの悪事が明るみになって、大臣が国外追放をされた時も……将校殿は僕を必死に守ってくれたらしい。

    僕なんかを守ったって、将校殿には一ミリのメリットもないのに……何故。
    いつだったか将校殿に問うてみれば、将校殿は、まだあどけなさを感じさせる大きな目をぱちくりと瞬かせて、こう答えたのだ。

    『お前の知識や技術は、人のために正しく使えば必ずや皆を幸せにできる。だがお前は、誰かと分かりあう事の喜びや……誰かの幸せために一生懸命になれることの喜びを、まだ知らないように……思った。かつてのオレと同じだ。だからお前は、まだ死ぬべきじゃない。なぁ参謀──ルイ。オレと一緒に、誰かのために生きてみようじゃないか。それはとても、素晴らしく楽しいことなのだぞ。オレはお前にも、そういう幸せを知って貰いたいのだ……と、思う。まぁ要するに、オレのエゴなのだがな!』

    ──ああ、なんて綺麗な瞳なのだろう。

    これまで暗闇の世界で生きてきた僕には、眩しすぎる光だった。
    僕をただの駒としてではなく、ひとりの人間として見てくれる、とても優しくて眩しい人。

    この人と一緒に生きていけば……きっと、今まで見たことのないような世界が見られるかもしれない。
    『誰かに脅かされることのない安全』の、その先にある幸福を、享受できるかもしれない。

    ──その時だ。
    その時から僕は、将校殿に恋に落ちていた。

    自分の心に素直になってしまえば、あとは随分と楽しいもので。
    将校殿に庇われっぱなしだった僕も、少しずつ……皆の役に立てるようになってきた。

    森の民達はとても心根の良い人たちのようで、徐々に僕のことも、受け入れてくれるようになってきた。

    ちょっとずつ変わっていく、僕自身の在り方と周りを取り巻く環境に……言葉では言い表せないような幸せを、僕は確かに感じていた。

    そこから一年。
    僕は将校殿の隣に立つにふさわしい男になりたくて。
    それはそれはもう、一生懸命努力した。

    森の民達からの信頼を得る事。
    意外とおっちょこちょいな将校殿をしっかりと支え、サポートする事。
    上司と部下ではない──ひとりの人間としての将校殿を理解し、心の柔らかい部分に歩み寄っていくこと。

    それらを一歩ずつこなしていって、一年。
    星降る丘の下で、将校殿に想いを告げた。

    普段は天邪鬼なことばかり言ってしまうのだけれど、この一年、ものすごくがんばって将校殿を口説き続けた甲斐もあって……僕の想いは、成就した。

    それから数年。
    将校殿とはよき仕事のパートナーであり、恋人同士。
    そういう関係を続けていた。

    そして身体の関係に進んだ時に……僕は、将校殿が妊娠できる男性個体である事を知った。

    人類は、かつて女性だけしか子を成すことができなかったらしい。
    けれど……環境の変化により女性だけではカバーしきれなくなってしまい出生率は減少の一途を辿っていた。
    そこで人類は、増えるために進化した。
    男性の中にも妊娠できる個体が出てくるようになったのだ。

    もちろん、最初からそういう役割で生まれてきたわけではない性だから、男性の妊娠は女性のそれよりもはるかにリスクを伴うようになっている。
    それでも、一部の男性が出生率をカバーすることで、人類はかつての繁栄を取り戻そうとしているのだ。

    将校殿も、その役割を担ったうちの一人。
    つまりは……僕との子を、成すことができる。

    雄としての本能なのか、僕は心の奥底で『将校殿を孕ませたい』と思っていた。
    家族という、血のつながりで約束された絶対的な居場所、存在──。

    僕はそれが、心の底から欲しくなっていたんだ。

    将校殿にそう告げれば、将校殿も『オレもルイとの子どもが、欲しい。なぁ、家族にならないか』なんてプロポーズをされてしまった。
    先に言われたのが悔しくて、後から森の民みんなにも協力してもらって盛大なプロポーズをしたのだけれど……その話は照れくさいから、割愛させていただこう。

    とまぁそんな感じで、僕と将校殿の関係は一つずつ、着実に深いものへと進んでいった。

    将校殿と家族になってから半年──ついに将校殿の胎に、ちいさないのちが宿った。
    将校殿の妊娠を知った時は、それはそれはもう嬉しくて、柄にもなく大泣きしたものだったのだけれど……。


    問題は、そこからだった。


    将校殿はじっとしてることができないのか、いつものように仕事をしようとしていたのだ。
    馬に乗って街を回って皆の安全と笑顔を見守って。
    何かあればいの一番にすっ飛んで言って、身体を張って問題解決に臨んでいく──。

    本人曰く、安全には十分に気をつけて無理のないようセーブしながら仕事に臨んでいる、との事らしいけれど。
    僕からしたら、『ご自身のお腹に赤ん坊がいる事をお忘れか』と詰め寄りたくなるなるくらいにはヒヤリとする場面もあったと思う。

    頼むから、今は出産に向けた準備に専念して欲しい。
    暖炉の暖かな灯がともる部屋で、日長一日、本を読んだり街の景色を眺めたり、穏やかな時間を過ごして欲しい──。

    なんて願うのは、決して間違った感情ではないだろう。
    そう願うのは森の民達も同じだったようで。

    僕たちは共謀して、なんとか将校殿をデスクワークに専念させることに成功した。
    まぁ簡単に言ってしまえば、将校殿の外での仕事を完全に奪ってやったのだ。

    領事館の皆や森の民達が積極的に将校殿の外での仕事を巻き取ってくれる。
    僕は将校殿が外へと飛び出していかないように、先回りして仕事を奪って皆に割り振りを行っていく。

    そういう風に立ち回って、なんとかここまできている──のだけれど。



    「つまらん。」

    将校殿は不貞腐れたように唇を尖らせていた。
    キスしてしまいたくなるくらい可愛らしい唇だったものだから、僕もついついその唇に吸い寄せられてしまったようだ。

    ちゅう、と軽いキスを落として、将校殿の隣に座る。
    ぎゅっと肩を抱けば、不貞腐れた将校殿にじとっとした目で睨まれてしまった。

    いくら凄んだところで、可愛らしさが増すだけなんだけれどなぁ。

    「あなたの仕事がないという事は、それだけこの街が平和だという事です。素直に喜びませんか?」
    「……仕事は探せばいくらでもある。」
    「そうですね。ただ、貴方が外でやんちゃをしていると、僕も森の民達も心配になります。皆に心配をかけるのは、本位ではないでしょう?」
    「むぅ……それは、そうなのだが。」

    将校殿の肩を抱いているのとは反対の手でぽんぽんと腹をさすれば、服の上からでもわかる膨らみを感じた。
    きゅうん、と愛おしさが募って……温かい気持ちになっていく。

    「デスクワークだって立派な仕事です。将校殿は、お嫌いですか?」
    「……別に、デスクワークが嫌いなわけじゃ、ない。ただ……」
    「ただ?」

    将校殿は口をもごもごとさせながら、いつもの覇気のある声とは正反対のか細い声で、言った。

    「皆と話ができなくなったのが寂しいのと……デスクワークは、紅茶が飲みたくなるから、その……かなわんのだ。」
    「ああ、なるほど。」

    将校殿はこう見えて結構な寂しがり屋だったりする。
    だから街の皆との交流も兼ねて、外に出ようとしていたのだろう。
    これを改善する手立てはすぐに浮かんだ。

    問題なのは、紅茶の方だ。
    確かに、将校殿は紅茶が好きだ。
    それも、ただの紅茶好きではなく……無類の紅茶好きなのだ。

    当たり前の光景になっていたから言われるまでうっかり失念していたのだけれど、妊娠前は……執務室に戻ってからのデスクワークの時も、家に帰ってからのちょっとしたリラックスタイムの時も、将校殿のそばには、いつだって香り高い紅茶があったような気がする。

    「そういえば、妊娠してからは紅茶を飲んでいる姿をみませんね。」
    「……紅茶に含まれる成分が、赤ん坊には毒なのだそうだ。森の民達が教えてくれて、オレも飲むのをやめたんだ。」
    「そう、でしたか。」

    将校殿は腹をさすりながら、はぁと深いため息を吐いた。

    「一日二杯くらいまでなら飲んでもいいそうなのだがな。だが……とてもじゃないが、二杯で抑えられる気がしない。デスクワークなら、なおさらだ。甘いものと紅茶が欲しくなってしまうっ……!オレは、それがどうっしても耐えられないんだ!!」

    甘いものと、紅茶。
    頭を抱えて悶絶している内容があまりにも可愛らしすぎて、思わずぎゅうっと抱きしめてしまった。

    「……む、お前。馬鹿にしているだろう。」
    「いえいえ、滅相もないっ……。ふふっ、あまりにも可愛らしい悩みだったもので、いや…失礼。」
    「オレにとっては結構な死活問題なのだぞ。それとも……お前がなんとかしてくれるのか?」

    唇をツンと尖らせて凄んでくる将校殿に、もう一度ちゅう、とキスを落とす。

    「そうですねぇ。できる限りの策は講じてみましょう。だって僕は、将校殿──貴方の参謀であり、ツカサくん。君の旦那様なのだから。」
    「……っ、んんっ。今日はお前に免じて、このままここで大人しく書類の片付けでもしていることにしようっ……。」
    「それはよかった。」

    将校殿に、遠慮や我慢は似合わない。
    流石に、赤ん坊の事を考えて……外を駆け回りたいという事については、許可できないのだけれど……せめて、デスクワークの時に感じている不満は解消してあげたい。
    ──将校殿の、喜ぶ顔が見たい。

    頭を捻るのは、僕の得意とするところ。
    自分の特技で大好きな人を笑顔にできるのならば、こんなにも嬉しい事はない。

    そうと決まれば、まずは情報収集からだ。
    昼はいつも通りに仕事をして、夜の空いた時間はひたすらに、医師や他の錬金術師達に手紙を書いたり、過去の文献を読み漁ったりした。
    もちろん、胎の中で子どもを育ててくれている将校殿──我が愛しのパートナーのケアも忘れない。

    こんなにも自発的に誰かとコミュニケーションを取りに行ったり、活動的に動いたのは、将校殿の下に降って以来かもしれないね。
    休む間も無く動いたけれど……不思議と、辛いと思う事はなかった。
    きっと、僕のこの行動の先に待っているものが、大好きな人の笑顔だからかもしれないね

    そうして動くこと7日──これまでの情報収集の成果あって、ある有益な情報にたどり着いたのだ。



    夜の森の中、ランプを片手に馬を走らせる。
    月明かりのない真っ暗な夜は、空に輝く星達がいっそう美しく見えるものなのだね。

    下ばかり向いていたあの頃は、闇が深くなる新月の夜をひどく恐ろしいものだと感じていたけれど──空を見上げれば、こんなにも美しい景色が広がっている事のだと知った。
    僕の世界を変えてくれたのは、将校殿だ。

    彼のために、僕にできる精一杯の事がしたい。
    返しきれないくらいたくさんのものを貰ってきたから──僕もその分、返していきたい。

    森を進んでいくと、横の草むらががさがさと揺れた。

    「がうっ」
    「わっ……!」

    草むらから飛び出してきたのは、大きな犬──と、それに乗った少女がふたり。

    「参謀さんみーつけた!」
    「やぁ、二人ともこんばんは。素敵な夜だね。」
    「こっちはもうみんな到着してる。あんたが行こうとしている道は、ちょっと大回りになるから……ついてきて。」

    森の民の、少女。エムくんとネネだ。
    元気いっぱいな方がエムくんで、その後ろでこちらの様子をじっと見ている方がネネ。
    彼らとはかつていざこざはあったけれど、今や僕の事を許してくれて、こうして交流を持ってくれている。

    エムくんは時折領事館に遊びにきてくれるし、ネネは『親しい人間にはネネって呼んでもらってる。次に〝ネネくん〟って呼んだら……獣達に噛み付かせるんだから。』なんて彼女なりの友好を示してくれた。

    これも、将校殿あっての縁だろう。

    そんな二人に誘導されて、僕は今……森の民達の住処にある、とある場所へ向かっていた。
    まぁ、場所を指定したのは僕なのだけれど。

    「みんなー!参謀さん連れてきたよー!」
    「やぁ、参謀さんこんばんは。」

    僕の目的地──それは、森の民達の街はずれにある小高い丘の、少し開けた広場だった。
    昔誰かが住んでいたようで、井戸や水車、作業ができそうな平らな木の台が残っていた。
    周りに誰も住んでいなくて、『例の実験』に必要なものが揃っているそこは、まさにうってつけの場所だったのだ。

    まぁここを見つけられたのも、森の民達が教えてくれたからなんだけれどね。

    「皆、夜遅い時間にも関わらず、集まってくれてありがとう。」
    「全然いいよ〜!将校さんのためなんでしょ?」

    広場に集まってくれたのは、エムくんとネネ、それから……森の民の青年、カイトさんにその家族のミクくんとリンくん、レンくん、メイコさんにルカさんの計8人だ。

    本当は、カイトさんに手助けをしてもらいたくて手紙を出したのだけれど……『将校殿のために自分たちも協力したい』と強い気持ちで他のみんなも協力を申し出てくれたのだ。
    全く、貴方の愛されぶりにはちょっとばかり妬けてしまいますよ、将校殿。

    「将校さんは?おうちで寂しい思いしてない?」
    「大丈夫。将校殿は健康優良児だからね。いつもこの時間には眠っているし、今日も家を出る時に、ぐっすり眠っているのを確認したよ。キスしても起きなかったからね。」
    「あ、そ……ごちそうさま。」
    「参謀さん、そろそろ始めようよ。僕たちも、まだ参謀さんの『素敵な計画』の一部しか知らないわけで……はやく全容が知りたくてうずうずしているんだ。」
    「ああ、そうでしたね。時間は有限だ。さっそく取り掛かりましょう。」
    「おーっ!」
    「作業をするには暗すぎるので、まずはここを明るくしましょう。これをあたり木に取り付けてくれませんか?」
    「ランプだね。まかせて。」

    さすがは森の民達、木登りはお手のものらしい。
    一定の間隔にランプが配置されたのを確認して、僕は水車の方に向かった。

    ランプから降りているコードを、水車の近くに置いた装置に繋ぐと──

    「わぁっ。明るくなった。」
    「水力発電だよ。ここに水車があって、本当によかった。じゃあ……用意してもらったものを、そこの作業台に並べてもらっても良いかな?」

    うん、これなら作業をするにも十分な明るさを担保できるだろう。

    「並べたよ!」
    「ありがとう。」

    作業台の上には、羊皮紙と小麦粉、バター、卵、卵、クリーム、チョコレート……それから様々なフルーツに調理道具が所狭しと並んでいた。

    「わぁ……こんなにたくさん!助かるよ、ありがとう。」
    「参謀さんに教えてあげたいレシピは山ほどあったからね。時間の限り伝えていくことにするよ。」
    「よろしくお願いします。」

    そう、カイトさん達に頼んだのは……お菓子作りの特訓だった。
    デスクワークが辛くないように、将校殿に素敵なティータイムをプレゼントする。
    そのために実験をしなければならないことが2つ。

    そのうちの一つが、『僕がお菓子作りを習得できるか』というものだった。
    それも、ただのお菓子作りじゃない。
    妊夫である将校殿の身体に優しいお菓子作り、だ。

    別に、出来合いのものを仕入れればいいじゃないかとも考えたのだけれど、医師との情報交換の中で、妊娠中は特に糖尿病になりやすいこと、そして……市場に出回っているお菓子には、味を良くするために過剰な糖と脂質が含まれているものが多いことを知った。

    将校殿に気兼ねなくお菓子を楽しんでもらうためにも……罪悪感のない配合で作りたかった。
    けれど僕には、お菓子作りの知識も経験も全くない。
    だから、頭と身体に叩き込むのだ。

    お菓子作りについては、森の民で一番料理上手のカイトさんに稽古をつけてもらうよう依頼した。
    カイトさんも僕の申し出を快く承諾してくれて……さらには、レシピ集めまで巻き取ってくれたのだ。
    本当に、頭があがらないよ。


    そして……お菓子作りの特訓と、もう一つ。
    医師や錬金術師達との情報交換の末に考えついた妙案こそが……『紅茶からカフェインだけを取り除く事ができるか』という実験だった。

    将校殿は、紅茶に含まれる成分が赤ん坊にとって毒なのだと言っていた。
    医師に詳しく話を聞いてみると、紅茶に含まれる『カフェイン』という成分がそれに該当する事がわかった。
    カフェインは、紅茶だけではなく東方から仕入れている茶葉やコーヒーにも含まれている。
    それさえ抜いてしまえば、妊夫でも安心して飲むことができるのだという。

    二杯で終わり、なんて我慢をする事なく……心ゆくまでお茶を楽しんでもらう事ができるのだ。

    通常の茶葉からカフェインだけを取り除く方法、これは錬金術の分野でもある。
    錬金術の本質は、ある物質が何で構成されているかを知り、それらを一つ一つ分解し、組み換えていく事という事だからね。
    つまりは、紅茶がどういった物質で構成されているのかを知り、それを分解して、カフェインだけを取り除いた状態で再構築してあげればいいという事なのだ。

    そしてそれを可能にするのが……この装置だ。

    「さて、僕の方で準備したものも……お披露目と行こうかな。」
    「ああ、その仰々しい布がかかったやつ?」
    「ここに着いた時からずーーっと気になってたんだぁ。参謀さん、教えて教えて!」
    「ふふっ。これこそが……将校殿を笑顔にしてくれる偉大な装置。」

    錬金術師達との情報交換を終えて、僕がここ数日コツコツと組み上げてきたこの装置。
    これこそが……今回の作戦の最大の目的である『紅茶からカフェインだけを分離させる』という事を可能にしてくれる装置なのだ!

    「その名も、超臨界二酸化炭素抽出装置さ!!」

    装置にかけた布をとってお披露目すれば、少々ごつい見た目をしたそれに、森の民達は興味深々になっていた。

    「わぁ!すっごーーーい……んだけど、それ、何をする機会なの?」
    「まるでおっきな釜みたいねぇ。」

    大きな釜、か。
    まぁその通りなんだけれどね。

    とある大国に住む錬金術師の情報から知ることとなった『超臨界技術』という領域。
    これは……ある物質から特定の成分を抽出し抽出し分離するという技術だ。

    「じゃあ、少し錬金術の授業をしようか。──この世界にある物質は、どんなものも三つの状態に分類できる。それが何か、わかる人はいるかい?」
    「あっ、僕聞いた事があるよ!ええと確か……固体と、液体と、気体じゃなかったかな。」
    「レンくん、大正解。よく知っていたね。」
    「えへへ。参謀さんの錬金術を見て、かっこいいなって思って僕もちょっとだけ本を読んだ事があるんだ!」

    固体、液体、気体──この世界にある物質は、必ずこの3つのどれかに分類される。
    そしてその3つの状態は、圧力と温度で状態を変化させていく。
    例えば、水は通常液体だけれど、0度に下がれば氷という固体になるし、100度に上がれば水蒸気という気体になる。

    けれど実は、物質には〝4つ目の状態〟が存在する。
    それが、超臨界状態というものだ。

    温度と圧力を限界まで高めた時……物質は、液体と気体の両方の性質を併せ持つようになる。
    どこにでも隅々まで行き渡る気体の拡散性と、成分を溶かし出して運搬する液体の溶解性──超臨界状態は、それらの性質を兼ね備えた通常『ありえない』状態なのだ。

    僕がやろうとしている事は、この超臨界状態を利用して……紅茶葉からカフェインを取り除くというものだった。

    分離機の中で、二酸化炭素を臨界状態まで圧縮する。
    この魔法のような状態の物質と、なんの変哲もない普通の紅茶葉を接触させると──気体の拡散性と液体の溶解性を持った二酸化炭素が紅茶葉の隅々まで染み渡って、カフェインを溶かし出してくれる、という原理だ。

    紅茶葉に残留している二酸化炭素は乾かす事で自然に揮発するし、たとえ残留したとしても、ソーダ水に含まれるような炭酸ガスと変わりなく、無味無臭で安全だ。

    この夢のような処理を、たった数時間で成し遂げてくれるのがこの分離機で。
    ここ最近の僕は、毎日寝る間も惜しみながらこれの製作にあたっていた、というわけだ。

    全ては、将校殿の笑顔のために──

    「すっごーーーい装置なんだね!ねぇねぇ参謀さん!早く見たいよ!」
    「うん、そうだね。装置がうまく起動したことを確認したら、お菓子作りの特訓に入ろう。」

    そうして僕は、装置のスイッチを押した

    ────。
    ────────。
    ──────────────。


    「………っ、こんな、無様な結果になるとはねっ……。」
    「参謀さん、がんばって……!最初は誰にでも失敗はあるよ!」
    「か、火力が強過ぎたのかもしれないねっ!次はもう少し、火を弱めて作ってみようか。」

    夜も更けてきた頃。
    僕は広場の真ん中で膝をついて項垂れていた。

    作業台には、ぺしょぺしょに潰れて黒焦げの物体が、物悲しげに置かれている。

    ……結果的に、装置の方は成功だった。
    特に誤作動を起こすこともなく、カフェインが抜かれたであろう紅茶葉が抽出できた。

    紅茶葉の方は、本当にカフェインが抽出できているか確認するために、
    完成した一部をある溶液につけてある。

    カフェインに反応し赤色に変化する液体──これが茶色のままであれば、紅茶葉の方は成功ということになる。

    あとは僕が、お菓子作りの基礎をこの頭と身体に叩き込めば良いだけだったのだけれど……これがなかなかの鬼門だった。

    廃墟にあった石窯のオーブンを使わせてもらって、ケーキの生地を焼いていたのだけれど……配合を間違えたのか、火加減が強過ぎたのか、ケーキは全く膨らまず、しかも黒く焦げてボロボロになってしまった。

    一体どこにエラーがあるのか。
    どうしたら改善できるのか。

    錬金術の事だったなら、すぐにおおよそのあたりがつけられてトライアンドエラーに動けたのだけれど……お菓子作りに関してこと素人の僕は、一体どこから改善すればいいのか全く見当がつかなかった。

    全く、生身で大海原のど真ん中に放り出されたような気分だよ。

    「時間も材料もまだまだあるわ。トライアンドエラーは参謀さんの十八番でしょう?ひとつひとつ、原因を潰していきましょう。」
    「メイコさん……。」
    「将校さんに、にっこり笑顔になってもらうんでしょう?ふふっ。どんな風に笑ってくれるのかしらねぇ。」
    「ルカさん……!」

    目を閉じれば、瞼の裏に将校殿の姿が浮かんできた。
    大好きな紅茶を心ゆくまで楽しんで、お菓子も口いっぱいに頬張ってもらって──僕の大好きな、あの宝石みたいな琥珀色をキラキラと輝かせて満面の笑みで『美味しい』って言ってもらうんだ。

    こんなところで、へこたれている場合か。

    「そうですね。上手くいくまで、何度だってやり直しましょう。カイトさん、もう一度頼めますか?」
    「もちろんだよ!」
    「道具は綺麗に洗ってあるから、いつでも始められるよ。」
    「あたし達も、まだまだいーっぱい試食できるからね!」
    「ネネ、エムくん……みんな、ありがとう。」

    うしろで一つに結えていた髪を、きゅっと結び直して気合いを入れる。
    ──全ては、大好きな将校殿の笑顔のために。

    「よしっ。もう一度始めよう!」



    そして、空に輝いていた星達がゆっくりと眠りについていき、東の空が明るく白んできた頃──

    「っ、完成、したっ!」
    「うんうんっ!すごくふわふわしていて美味しそうだよ。」
    「最初のと比べると、随分上手になったわねぇ。」

    作業台の上には、ふわふわに焼き上がったパウンドケーキが美味しそうに湯気を立てている。
    使う材料に気を配って作った、低糖質かつ低脂質なパウンドケーキ。
    妊夫に摂ってもらいたいフルーツもたくさん入った渾身の一品だった。

    「他にも、チーズケーキやおからのクッキーとか、まだまだレシピはいっぱいあるからね。またいつでも声をかけて。」
    「はい……!本当に、ありがとうございました。」
    「参謀さん!見て見て!魔法の紅茶葉をつけた溶液も……色、変わってないよ!」

    溶液の状態に変化なし。
    という事は……この装置も、成功という事になる。

    「……っ、よしっ!」
    「大成功ぉーーー!だよねだよね?」
    「うん、大成功だ。」
    「えへへっ。わんだほーーいっ!」

    苦労の末に、掴み取った成功。
    一晩中努力した甲斐もあって、喜びもひとしおだった。

    森の民達とぎゅうぎゅうと抱き合いながら、一人ずつハイタッチをしていく。

    ああ……『誰かの笑顔のためにみんなで頑張る』って、やっぱりものすごく楽しくて、尊いものなのだね。
    かつて僕が踏み躙ろうとした森の民達と、こんな風に肩を抱き合って喜びを分かち合う日が来るなんて……それもこれも、全部将校殿のおかげだ。

    ああ、早く貴方を笑顔にさせてあげたい。

    「今日のティータイムに、早速将校殿にサプライズをしようと思う。」
    「うんうん!ぜーーーったい、ぜーーーーーーーったい、喜んでくれると思う!」
    「わたしたちも、影からちゃんと見守ってるから。」
    「ありがとう。とても……心強いよ。」

    そうして僕達は、道具一式を片付けて……それぞれの家へと帰っていくのだった。

    僕が帰ると将校殿はまだベッドでぐっすりと眠っていた。
    ふふっ、皆に頼られる将校殿であろうと、いつもきりりとした表情をしているけれど……寝ている顔の、なんとあどけなくて可愛らしい事か。
    この寝顔を見られるのはパートナーである僕だけの特権、なんだよなぁ。
    なんて、胸の奧がきゅぅんと甘く締め付けられて、愛おしさが込み上げてくる。

    絹のような金糸を撫でれば、さらさらとした髪が指の間を通り抜けていった。

    「ん……ルイ……?」
    「ああ、起こしてしまったかい?すまなかったね。まだ寝ていて大丈夫だよ。」

    ベッドの中がもそもそと動いて、あたたかな手がこちらに伸びてくる。
    将校殿の、僕より二回りほど小さな手が頬にぴたりと添えられて……柔らかな指が、僕の目の下をゆるりと撫でた。

    「……おまえ、ねてないのか?」
    「え、と……。」
    「研究に、夢中になっているおまえはすきだが……ねないとたおれてしまうぞ。」
    「ははっ。バレちゃったか。」
    「……ほら、だっこしてやるから……寝ろ。」
    「え……?うわぁっ。」

    将校殿に手を引かれて、ベッドの中にダイブする。
    ふかふかとしたマットに身体が沈み込んだ刹那、将校殿のあたたかな身体がぴとりとくっついてきた。

    きゅう、と優しく抱きしめられて、ぽんぽんと頭を優しく撫でられると、なんだか急に眠気の波がやってきた。
    おひさまみたいな、あたたかくてふわふわのいい匂い。
    僕の大好きな、ツカサくんのにおいだ──

    「ツカサくん、だいすき。」
    「ん……オレ、も、だいすきだぞ。」
    「うん。」
    「そしてこいつも、ルイのことがだいすきだって、いってる……むにゃ。」
    「ふふっ。はやく、あいたいなぁ。」

    少しふっくらしてきたお腹を撫でながら、僕もうつらうつらと微睡の中に沈んでいった──。



    この日も、将校殿は絶好調。
    朝のふにゃふにゃとした可愛らしさを微塵も感じさせないくらい凛々しく、テキパキと仕事をこなしていっている。
    肩で風を切って歩く様は、妊夫であるという事を忘れさせるほどだった。

    昼過ぎには書類関連の業務もすっかり片付いていて、他に仕事はないものかと将校殿がうずうずし始める午後3時──。

    時は来た。
    今こそ例の『あれ』を、将校殿にお披露目しようではないか。
    領事館の仲間にアイコンタクトを取って、作戦開始だ。

    「将校殿。」
    「なんだ。」
    「貴方だからこそ、頼みたいお仕事があるのですが──よろしいでしょうか。」
    「……!ああ、どんな仕事だ?何でも言ってくれ!!」

    仕事を頼まれたのが余程嬉しかったのか、将校殿は目をキラキラと輝かせて、とんっ、と胸を叩いていた。
    ……うぅん、可愛い。

    じゃ、なくて。

    「そういえば、今日は天気が良いですね。外はぽかぽかしていてあたたかそうだ。」
    「……?ん、ああ。そうだな。で、オレに任せたい仕事とは何なのだ?」
    「ふふっ。では、こちらにいらしてください。」

    将校殿の手を引いてエスコートをした先は──領事館の中庭だった。
    僕が指示した通り、領事館の仲間達が真ん中にテーブルと椅子を設置してくれている。
    腰に負担が来ないようなふかふかしたクッションと、万が一冷えた時にかける膝掛けも忘れていない。
    うん、さすがだ。

    「こんなところにテーブルなんてあっただろうか……?」
    「将校殿、こちらに。」

    椅子を引いて将校殿を座らせる。
    テーブルの向かいには、もう何脚か椅子が設置してあって──外に合図を送れば、領事館の仲間が街の住人を連れてきてくれた。

    テーブルの向かいに掛けたのは、東の森に住む森の民だった。

    「将校殿に上申したいことがあるとの事で、こちらにいらしていただきました。」
    「オレに……?」
    「はい。この者の他にも、将校殿にぜひ話を聞いてもらいたいという森の民、街の民が……外で何名も待機しております。彼らの話を、どうか聞いてやっていただけないでしょうか?そして、彼らの話から領事館側で何かしらの対処を行なった方が良いという判断になった場合……人員を選抜して、指示をいただきたい。」
    「つまり、それって……!」
    「まぁいわゆる、出張ご意見箱というところです。将校殿には、そこの窓口を担っていただきたい。」

    森の民にも街の民にも平等に分け隔てなく接している将校殿だからこそ……皆も本音で話ができる。
    この街で暮らす民達だからこそ気がつく「もっとこうなったら良いのに」という改善提案や我々が気付けない不具合というものがあるはずなのだ。
    それを民から吸い上げて、ひとつひとつ吟味し解消していく──。

    より良い街づくりのためには、欠かせない仕事だ。

    「先日、将校殿の話を聞いて色々と考えました。貴方には奥に引っ込んでいてもらうより……やはり最前線がふさわしい。けれど同時に、身体も大切にしてもらいたい。この仕事ならば、両方をかなえることができるのではないか、と。」
    「………!」
    「領事館の皆も、やはり将校殿の号令で動きたいようです。遠慮は要りません。将校殿が必要だと思った事は、どんどん指示していただきたいのですが……どうでしょうか?」
    「……っ、ああ!この大役、ぜひオレにやらせてくれ。」
    「ふふっ、よかった。では、お任せしますね。ああそうそう、それと……。」

    パチン、と指を鳴らせば、クラシカルなメイド服に身を包んだ森の民の少女達が、奥からティーワゴンを押して中庭に入ってきた。

    「お前達……その格好は?」
    「将校さん、こんにちは!えへへ、似合う?」
    「こんにちは。ああ、よく似合っているぞ。」

    少女達はスカートの裾を持ち上げて、ちょん、と可愛らしくお辞儀をした。

    「そこの参謀さんが……用意してくれた。」
    「ちゃんと言われた通りに作ってあるよ!」

    少女達からポットとカップを受け取って、中身を注げば……紅茶の香りがふわりと鼻をくすぐってくる。

    「そ、それは……っ!」
    「将校殿のお気に入りの茶葉ですよ。ずっとお話していては喉が乾くでしょうから、こちらをどうぞ。」

    ことり、とティーカップを目の前におけば、将校殿がごくりと喉を鳴らしたのが見えた。
    余程『飲みたい』と思っていてくれているのだろう。

    「だ、だが、今のオレの身体に紅茶は毒なのだ。折角用意してくれたところ申し訳ないが──」
    「なんとこの紅茶は、カフェインが一切入っていない魔法の茶葉から煮出したものなのです。妊夫の貴方でも、安心して飲んでいただけますよ。」
    「なんだと?!そんな魔法のような茶葉が存在するというのか……!」
    「とある大国ではこういった茶葉が存在すると聞いて、折角なので作ってみました。」
    「お前が……?」

    将校殿は鳩が豆鉄砲を喰らったように目をぱちくりとさせて、紅茶と僕を交互に見比べていた。

    「ああそうそう。それから……紅茶だけでは味気ないでしょう?小腹が空いたら、こちらもどうぞ召し上がってください。」

    バスケットに入っているのは、フルーツたっぷりのパウンドケーキ。
    材料と配合にこだわって作った、低糖質・低脂質のおやつだ。

    「確か妊夫は、糖尿病になりやすいのだと言っていましたね。これならば、糖も脂質も普通のケーキより抑えて作ってありますから、罪悪感なく食べていただけるかな、と。」
    「……っ、こんな、ものまで……!!」

    向かいの席で待っていてくれている森の民が『折角参謀殿が用意してくれたのです。私のお話は後で構いませんから、ぜひ今……一口召し上がってはいかがでしょうか』と促してくれた。

    「い、いいのか……?」

    その場にいた全員が、首を縦に振ってうなづいた。

    将校殿の綺麗な指が繊細な装飾が施されたティーカップのハンドルにかかる。
    そのまま思わず見惚れるような所作で紅茶を一口飲んだ将校殿は、ほぉ、とうっとりするようなため息を吐いた。

    「……おいしい。」
    「ふふっ。それはそれは……恐悦至極。」
    「オレが大好きなものと、味も香りも全く一緒だ。」

    それから皆で、パウンドケーキを食べるように促すと……将校殿の可愛らしい口が、かぷり、とケーキを齧った。
    もぐもぐと咀嚼して、こくり、と喉が動いていく──

    「………っ、う。ううっ。」

    刹那、将校殿がわっと顔を覆った。
    ……もしかして……口に、合わなかっただろうか。
    心臓がドキドキと音を立てるのを感じた。

    「……っ、おいしいっ。すごく、おいしいぞっ……。」
    「参謀さん!」
    「ああ、大成功のようだね。」

    このパウンドケーキは皆で作った、と伝えれば、将校殿は「嬉しい。みんな、ありがとう。」とはにかみながら、ぼろぼろと綺麗な涙を溢して喜んでくれた。
    濡れた瞳は宝石のように輝いて……ああ、なんて美しいのだろうと僕の胸を高鳴らせる。

    そっとハンカチを差し出せば、将校殿はぐしぐしと涙を拭って……それから、居住まいを正した。

    「皆、オレのために……ありがとう。つい感極まってしまった。見苦しいところを、見せたな。」
    「いいえ。こんなにも喜んでいただけて……我々も嬉しいです。さて、民も随分待たせている事ですし……出張ご意見箱、頼めますか?」
    「ああ、そうだな。待たせてすまない。ぜひ……オレに話を聞かせてくれ。」

    ────。
    ────────。
    ──────────────。

    この日から、領事館で将校殿による出張ご意見箱が始まった。

    民達は将校殿と話がしたくて、どんどん改善案を持ち寄ってくれて……その分、ちょっとだけ忙しくはなったけれど、視察の手間が省けたのもあったし、民たちのためになるのだと思ったら皆も士気高く仕事に臨んでくれて……結果的に、僕たちの生産性も大幅に向上した。

    今ではこの街のちょっとした名物、と言ってもいいような制度になっている。

    それから……。

    「ルイ。今日はクッキーを作ってみないか?明日、窓口で出してみたいのだが……。」
    「ああ、カイトさんが教えてくれたおからのクッキーですね。僕も作ってみたいと思ってたんです。」

    休日は二人並んでキッチンに立ってお菓子作りをする、という趣味もできてしまった。
    身重のからだでも少しの立ち仕事なら大丈夫なのか、将校殿の良い息抜きになっているみたいだ。

    試食と称したティータイムも、夫婦のコミュニケーションの場になってくれているし……僕としても万々歳。
    努力した甲斐があったものだ、とじんわりした幸せが込み上げてくる。

    「む、どうした?オレの顔をじっと見て。……何かついて──んむっ。」
    「ふふっ。あまりに可愛らしい唇なので……つまみ食いをしてしまいました。」
    「不意打ちは卑怯だぞっ。まったく、後で倍にして返してやるから……覚えておけっ。」
    「おやおや、それは楽しみだ。」
    「バカな事言ってないで、始めるぞっ。」
    「はーい。」

    自分のためだけじゃない。
    誰かの笑顔のために行動する……ということは、こんなにも尊くて幸せなものなのだ。

    ふんわりしていてほのかに甘い。
    紅茶のような幸せを噛み締めながら……僕はツカサくんの隣に、並び立った。


    ☽*.:・.。**.:・.。**. おわり :・.。**.:・.。**☆
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