選ぶのはただ一人恋人、カップル、果ては夫婦探偵。
二人を見ている人々が口にする言葉に対して呆れながら、時には苦笑混じりに。時と場合によって表情を使い分けながら、けれど返す言葉は決まって否定の言葉だった。初めこそ特に何を思うこともなかったのに、幾度となく間違われてきた関係性を否定する言葉を口にするのが辛くなったのはいつからだっただろうか。もう、覚えてなんかいないけれど。
(あぁ──俺、ロンのことが好きなんだな)
管理人室の扉が開かれたあの日からロンの相棒として、文字通りに死線まで潜り抜けて隣に立ち続けてきた。そんな日常の中で見せる子どものような表情や、かと思えば謎を前にした見せる凛々しい笑みに高鳴る鼓動の正体は、恋という感情にストンと落ち着いた。
(まぁ、でも──)
気付いたところで、どうする気もないのだけれど。
そう自分を戒めて、今日も相棒の顔をして、ロンの隣に立ち続けるのだ。
*****
「……お前、何で髪はそのままなの?」
「スーツは着ているし、別に構わないだろ?髪まで整えてこういう場に出ると色々面倒なんだよ」
「うわぁ、何となく察したけどすっげぇムカつく…」
「僻みはみっともないよ、トト」
「はいはい。まぁ、髪上げたお前は確かに目立つし、普段のボサボサ頭よりカッコいいもんな」
自分の持つ中でも一番上等なスーツを着こなした都々丸が待ち合わせ場所に現れたロンに掛けた第一声に、ロンは肩を竦めて見せる。都々丸と同じくスーツは相当に上等なものなのだろう。しかし、質の良さそうな黒のジャケットにグレーのベストを着こなすロンの髪はボサボサとまではいかずとも、申し訳程度に整えられているだけだった。てっきり写真で見たBLUEの学生時代のようにオールバックにでもしてくるのだろうと予想していたのだが、面倒くさそうな表情でロンからされた説明に合点がいく。確かにこれから赴く場所では長身・碧眼・スーツが似合うイケメンなんて、格好の餌食になることだろう。
さて、そんな二人がなぜスーツで着飾っているのかと言えば、説明はそう難しくはない。むしろ単純明快。社交の場に招待された、以上だ。仕事や潜入などという崇高な任務のためではない。先日ロンと出掛けた先で例の如く事件に遭遇し、そこで容疑者として陥れられかけていた女性の身の潔白をロンの推理によって証明したのだが、何とその救った女性が大手製菓メーカーのご令嬢だったのだ。
「ぜひお礼に」と招待を受けたのは、全国の製菓メーカーの上層部や出資者、果ては有名なパティシエから和菓子作りの巨匠を招いての交流の場だった。そんな菓子作りに携わる者からすれば夢のような場所に、自称スイーツ屋のロンが興味を持たない訳もなく。差し出された招待状を嬉々として受け取りながら「ぜひ伺うよ‼︎」と返事をしてしまえば、もはやロンの監督者のような立ち位置でもある都々丸には断る術などなかったのだ。
そんな経緯から訪れた社交の場で都々丸は一人、壁の花になっていた。否、この表現は女性にのみ使われるものだったか。正しくは『壁のシミ』と言うべきなのだろうけれど、何だか切ない気持ちになるためせめて『壁の草』くらいにはしてほしいものだ。
(……髪型はあんまり関係なかったみたいだな)
そんなことを草だけに、クサクサとした気持ちで考える都々丸の視線の先には、ワイングラスを片手に数人の女性と談笑するロンがいた。都々丸が少しトイレのために席を外した途端にこれだ。前髪の下に隠れた端正な顔立ちを見抜いて近付いたのだろう、女性たちの審美眼と強かさを遠目に眺めながら苦笑する。ロンだけがモテることに同じ男として僻めばいいのか、女性たちの中心で穏やかに微笑むロンに友愛以上の好意を寄せる者として妬けばいいのか。複雑な心境だ。
(ん、あれ──?)
そんなロンから逃げるように視線を逸らせば、ふと大きな柱の影に佇む少女に気が付いた。まだ幼いが、桃色のドレスで着飾った小さな淑女はクマのぬいぐるみを抱きしめて浮かない顔をしている。周りを伺い見るが、両親らしき大人は見当たらない。ユラユラと不安定に揺れる瞳からは、今にも涙が溢れ落ちそうだ。その様子から迷子だと察した都々丸は壁のシミ…否、壁の草をやめると少女のもとまで移動した。
「こんにちは、お嬢さん」
「……お兄ちゃん、だぁれ?」
「お兄さんはお巡りさんだよ」
少女の目線に合わせて屈むと、都々丸はニコリと笑って声を掛ける。初めこそ警戒してギュッとぬいぐるみを強く抱きしめた彼女だったが、都々丸がつい癖で手にした警察手帳を見ると少しだけその警戒を緩めてくれた。その様子にどうやら怪しい者ではないことは証明できたようだと安堵して、都々丸は言葉を続ける。
「もしかして、お父さんとお母さんと逸れちゃった?」
「…ちがうわ、パパとママが私からはぐれたのよ」
「あはは、確かに。実はお兄さんも一緒に来てる人に振られちゃって、一人なんだ。だから、よければパパとママを探すのを手伝わせてもらえないかな?」
「…いいわ。それじゃあ、あなたは私のパートナーね!」
「光栄です、プリンセス?」
話すうちに完全に警戒を解いた少女は、一緒に両親を探そうと笑う都々丸にパッと表情を輝かせた。聞いているとやや舌足らずだが、幼い割に言葉使いがきちんとしている。それから社交の場に同行する男性をパートナーと認識する点や自然な流れで手を差し出す仕草を見るに、恐らく良家のお嬢さんなのだろう。そう検討を付けながら都々丸は小さなお姫様に恥をかかせないように、見よう見まねで紅葉の葉のような手を取り、傅いたまま恭しく礼をする。
「あなたってやさしいのね。恋人はいる?」
「えっ⁉︎うーん、そうだなぁ…好きな人ならいるよ」
「そうなの?残念だわ」
「どうして?」
「私が大きくなったら結婚してあげてもいいわって、おもったのに」
「へ⁉︎っ、はは!それじゃあ、もしも大きくなってお兄さんが一人だった時はお嫁さんになってくれる?」
「えぇ、もちろんよ‼︎」
普段はロン曰く、冴えないポリスオーラがダダ漏れのスーツを着ている都々丸だが、今日に限ってはこの場に相応しい一張羅のスーツで着飾っているからか、少女の目には良く映って見えたのだろう。ポッと頬を染めて花が綻ぶような愛らしい笑みを浮かべると、唐突に少女から恋人の有無を尋ねられた。脈絡のない会話にキョトンと目を丸くするが、どうやら物腰柔らかな優しい都々丸は少女のお眼鏡に適ったらしい。申し出られた可愛らしい結婚の口約束は陽だまりのような温かさで、望み薄な恋愛に擦り切れた都々丸の心に沁みていく。
ロンを追い続けるよりもこの少女のように、自分を好きになってくれる人を精一杯幸せにする方がいいのだろうか、と。思わぬところで得た気付きに心が揺らぐが、それは相手にとっても失礼だと自分に言い聞かせる。何よりピュアな都々丸にはそんな器用な恋愛は出来やしない。頭に過った邪な考えを振り払うと、都々丸は無邪気に笑う少女を眩しく思いながらも「小さくたって立派な淑女だな」なんて、微笑ましさからつられて笑みを溢した。
「それじゃあ、二人で探しに──」
「あっ!パパ、ママ‼︎」
「行く前に見つかったみたいで良かったよ」
ならば、とエスコートをするべく立ち上がれば都々丸の背後に視線を向けた少女が喜色を滲ませた声音で叫び、都々丸は危うくその場でズッコケるところだった。いやまぁ、そりゃそうだ。まだ幼い少女の姿が見えないとなれば両親も当然探すだろう。重ねて、広いとはいえ平面のホールを歩き回っていればその場で立ち止まっている少女の発見などそう時間は掛からない。何はともあれ、これ以上少女が一人で震えることはなくなったのだから一件落着だ。少女の声に気が付き慌てて駆け寄った両親は、一緒にいてくれた都々丸に深々と頭を下げる。そんな二人に「いえいえ、俺は何も」と応えていれば、父親の服の裾を引っ張りながら興奮気味に少女が叫んだ。
「聞いて、パパ!私、この人に結婚を申しこまれたの‼︎この人と結婚するわ‼︎」
その一言に少女と両親、そして都々丸の周囲一帯がシン──と静まり返った。あぁ、社交会ってこんなに静かになることあるんだ…と、都々丸は半ば現実逃避に近い感想を抱く。少女と都々丸の会話を知らない周囲からしたら、都々丸は幼女に求婚した日本のお巡りさんという風にしか見えないのだろう。完全に事案だ、周囲からの視線が痛い。一方で将来の結婚相手を見つけたと嬉しそうに燥ぐ少女に、誤解を招く一言で今まさに将来が閉ざされ掛けているお巡りさんは天を仰ぐほかなかった。
「どうしたのパパ?うれしくないの?」
「…パパはこの人とお話し中でね、いい子だから少し後ろに下がってなさい」
「すみませんあの違うんですお願いですからちょっと俺の話を──」
「ご歓談中に申し訳ない、僕のパートナーが何か失礼を?」
「へ──?」
ヒリついた雰囲気を幼いながらに察してか、無邪気に問う少女を父親が自らの背に庇う。もうこうなっては何を言ったところで怪しさが増す一方な気もするが、とにかく変態ロリコン刑事の誤解だけは解かなくては、日本警察の威信に関わる。そんな思いでしどろもどろになりながら言葉を探していると、不意に聞き慣れた低音とともに背後から腰を抱かれる。パニック寸前の都々丸が声の方に目を向ければ、先ほどまで女性に囲まれていたはずのロンが隣に並び立っていた。いつの間に髪を整えたのか、柔らかく髪を撫で付けたロンは美しい碧眼を惜しみなく晒し、未だ警戒し続けている少女の父親へ向けて好青年然りとした笑みを浮かべている。
「…君は?」
「あぁ、失礼。先ほども言いましたが、僕はこの男のパートナーです」
「パートナー…?それは本当なのかい?」
「えぇ。将来を約束した、ね。話は聞いていましたが…ご安心下さい、ミスター。この男はこれでも刑事で、僕という歴とした相手もいる。ピュアでマヌケだが、誰よりも正義感の強い男です。ご息女に手を出すような愚か者ではありません」
「なぁんだ。お兄ちゃん、ちゃんと恋人がいたのね」
「これは失礼、小さなレディ。少しケンカをしてね、よそ見をしてしまったようなんだ。代わりにお詫びするよ。それにしても、この男に君みたいな素敵なレディは勿体ないな」
「…何か誤解をしていたようだ、疑って悪かった」
「お気になさらずに。大切なご息女です、警戒しすぎるくらいで丁度いい」
「あぁ、改めてお礼を言わせてくれ。娘を一人にしないでくれてありがとう」
「じゃあね、お兄ちゃん。あなたも、ちゃんと見てなきゃダメよ。逃げられちゃうんだから」
「心配には及ばないよ、レディ。離す気なんて更々ないからね」
「えっ?あ、うん…アリガトウ、ダーリン…」
「どういたしまして、ハニー」
少女の求婚にロリコン疑惑、そして父親からの威嚇、そこにきてのロンとの恋人設定に都々丸の思考回路はショート寸前だった。情報処理が追い付かず意識を保っているのがやっとの都々丸には、もう物を言うだけの余裕はない。しかしロンは物言わぬ都々丸にこれ幸いと言わんばかりに、饒舌に言葉を並べて父親と周囲の誤解を解いていく。もう勝手にしてくれ。この状況から脱することが出来るなら恋人役でも夫役でも、何だって乗ってやる。そんな心境でやり取りを聞いていれば、ロンの弁解により誤解の解けたらしい父親から頭を下げられた。都々丸に別れを告げ、それからプン!と口を尖らせてロンに苦言を呈する少女に苦笑する。結果的に騙す形となってしまった。心が痛い。そんな仄暗い罪悪感により無邪気な笑顔を直視できず、反応が遅れた都々丸よりも先にロンが返事をする。おい、お前はどうしてそんなに涼しい顔で得意気なんだやめろ。そんな文句は寸での所で飲み込んだ。どうにかロンの機転により修羅場を切り抜けた都々丸は全身から力が抜けていくのを感じながら、居た堪れなさからホールを後にしてバルコニーへと逃げるように移動するのだった。
*****
「お前なぁ…‼︎助けてくれたのはありがたいけど、もうちょっと上手い言い訳なかったのかよ?」
「ロリコンだと思われるよりは同性カップルだと思われた方がマシだろ」
「何だその究極の二択」
もっと選択肢をくれ。と強気に言い返せないのは、実際それで窮地を切り抜け助けられているからだ。バルコニーに出て外の空気を胸いっぱいに吸い込み、夜空に吐き出した。本格的に力が抜けて石造りの手すりに凭れ掛かると、ロンも真似をして都々丸の隣に並ぶ。スイーツ界に名を馳せる人々はまだまだ交流中だ。そんな人々の喧騒はこのバルコニーには聞こえない。星が瞬く空の下、他に人がいないこの空間はまるで、世界にロンと二人きりのように錯覚させる。
「にしても、いつの間に髪まで整えたんだ?」
「君を助ける前さ。見た目の印象は大事だからね。事が早く済むのなら使えるものは使った方がいいだろう?」
「助けられといて何だけど、やっぱりちょっとムカつくな本当…」
「もっと感謝してくれよ、僕が念の為にワックスを持ってきておいて良かったな。大体君な、少し目を離した隙に幼気な少女に求婚だなんて、どういう了見だい?」
「語弊がありまくる言い方やめろ。別に求婚したわけじゃないし」
「じゃあ、どんな口説き方をしたらあんな突飛な話になるって言うんだ」
「どんなって…恋人がいるか聞かれたから、恋人はいないけど好きな人ならいるよーって……あ、」
「へぇ…好きな人がいるとは初耳だな。なるほど、それで最近浮かない顔をしていたのか」
「いや、そんなことは…」
「で?その話、詳しく聞かせてくれないか?」
そんな情緒的な感想を抱いていればそれをぶち壊す小言が隣から飛んでくるものだから、都々丸の眉間には思わずムッと皺が寄る。売り言葉に買い言葉だ。不機嫌を隠さない都々丸の物言いに、ロンもまた大袈裟にため息を吐いてみせる。問われた言葉に素直に経緯を話した都々丸は、言葉の途中で自分の失言に気が付き短く声を漏らした。ロンへの想いを隠している今、この話題は非常にまずい。しかし後悔したところで遅く、どこか冷ややかさを感じるロンの言葉が至近距離から降ってくる。ギギ、と錆びた機械のようなぎこちなさで首を動かしロンを見遣ると、見惚れてしまうような美しい笑みを浮かべている。しかしその目尻はゆるりと細められているものの、全く笑っているようには見えない。明らかな怒気を孕んでいるのは分かる。分かるが、「何で怒ってんだよ」なんてとてもじゃないが聞けない雰囲気を醸している。聞いたが最後、このバルコニーから突き落とされ兼ねないからだ。
「別に怒ってないさ、呆れてるだけで」
「突き落とさないで‼︎」
「何を言ってるんだい?」
どうやらいつもの悪癖が出ていたようだ。モノローグのつもりで小声で喋っていた都々丸にロンがごく自然に返事をする。咄嗟に距離を取る都々丸に首を傾げているところを見ると、恐らく喋っていたのは「何で怒ってんだよ」の部分のみだったのだろう。
「いいからその好きな人とやらの話、さっさと聞かせて貰おうか」
「……別に、そんな大した話じゃ──」
「ざっと二十メートル、ってところかな…」
「いる!好きな人はいる‼︎でも別に言うつもりはない‼︎ほら言っただろ突き落とさないで‼︎」
尚も好きな人に関する話題を避けようとする都々丸に、ロンは目算で判断したバルコニーから地面までの距離をボソリと不穏に呟いた。先ほどの都々丸の発言が何を意味していて、且つどう脅せば口を割るのかを瞬時に判断して脅迫材料にしてくる辺りに性格の悪さを感じざるを得ない。神よ、どうしてこの男に優秀な頭脳を与えたもうたのか。次に神社に参拝する際には少しお賽銭の額を減らしてやろうと心に誓う。
「言うつもりはないって、君…」
「…勝算が全くない賭けに出るほど酔狂じゃないからな」
「…何だかトトらしくないな」
「当たって砕けろ、なんて野暮なこと言うなよ?凹まなそうとか言われるけど、凹むんだからな」
叫ぶように告げた都々丸に、ロンは一瞬だけ目を見開いた。らしくない気遣わし気な声音に思わず苦笑する。まさか相手が自分だなんて、目の前の男は思いもしていないのだろう。だから辛いのだ。だから苦しいのだ。いくら相棒だ特別だ何だと言われたところで、それが恋愛になれば同性である都々丸は対象にすらならないのだから。努めて見ないふりをしていたその壁は、美しい女性たちに囲まれるロンを目にしたことで浮き彫りにされた。きっといつか、と考えたことは何度もあった。
きっといつか、ロンが探偵免許を取ったら。
きっといつか、ロンが正式な相棒を見つけたら。
きっといつか、ロンに好きな人ができたら。
いつか来る悲しみに備えて、その時に押し潰されないように、独りでも立っていられるように。想像するのは、いつもロンがいなくなる未来だ。
「でも、いいんだよ。それで。今は必要としてくれるなら、俺はそれでいい」
「トト──」
(あぁ、ダメだな)
色々と重なって、今日はとことん弱っているらしい。泣くな、と必死に願う都々丸の意思などお構いなしに涙腺は緩み、ジワリと涙が滲んでいく。
「側にいられる理由があるなら、それでいい」
「ッ、トト」
嗚咽を漏らすこともなく、ただ淡々と告げる都々丸の頬を一筋の涙が伝い落ちた。その姿を見ていたロンの声音に、焦りが滲む。
「多くを望んで近付きすぎて辛くなるくらいなら、それで──」
「──ッ、良くない‼︎」
それでいい、と。言い聞かせるように、戒めるように、呪詛のように紡ぐ言葉はロンに腕を掴まれた事で遮られた。向かい合う形で、痛いほどの力で握られた手首に顔を顰める。しかし、それ以上に苦し気に顔を歪めるロンに都々丸は目を見開いた。どうしてお前の方が辛そうなんだ、と。問おうとした言葉はまた、ロンの言葉に遮られる。
「いいわけないだろ‼︎ そんなに辛そうに泣くくらいなら、そんなヤツを好きでいるのはもうやめろ…‼︎」
「──…ッ‼︎」
「君にそんな顔をさせる男が、君を幸せになんてできるわけがない‼︎」
「へ…?」
「どうしてだ、そんなヤツのどこがいいんだ…?こんなに君を大切にしても、そいつの方がいいって言うのか…?」
「ッ、ロン…?」
苦々しく告げるロンの「やめろ」という言葉に、都々丸の肩が分かりやすく跳ねた。迷惑な想いだとは分かっていても、いざ当の本人から止めるように諭されるのは堪えるものだ。しかし、続いた言葉に都々丸は目を丸くする。都々丸の不毛な恋を嗜めるものだと思っていた内容が、何だか思っていたものとは違う方向に進み始めたからだ。戸惑いつつもロンの名を呼ぶが、当のロンは聞く耳を持つ事なく言葉を続けた。
「そんなヤツのために泣かないで、トト。君が笑うのも、泣くのも、怒るのも…理由は全部、僕がいい」
「ッ、ロン──」
「僕の方が君を大切にできる、絶対にだ。だからお願い、トト──」
突然の熱烈な告白に理解が追いつかないままの都々丸の頬に手を添えて、ロンは怖いくらいに真剣な瞳で想いを告げる。
「僕を選んで」
まるで祈るようなその告白を最後に、辺りには沈黙が落ちた。しかし、その沈黙は都々丸の笑い声によって破られる。
「っふふ、ははは!」
「なっ…何を笑って…ッ」
「はー…これが笑わずにいられるか」
突然笑い出した都々丸に、ロンは戸惑い半分、怒り半分という様子だ。一世一代の真剣な告白を笑われれば誰だってそんな反応になるだろう。しかし、都々丸のこれは呆れと喜びから生まれる笑みだ。散々悩んで諦めた恋が、思わぬ展開から成就したのだから少しくらいは許してほしい。
「選ぶも何も、最初から選択肢なんて一つしかないんだっての」
「え?」
「誰のせいでこんなに泣いたと思ってるんだよ、バカ」
「………もしかして、僕?」
「好きでいるの、やめた方がいいのか?」
「──ッ、意地が悪いな君も……」
しかし一世一代の告白には誠意を持って返事をしなければならない。と、都々丸は目尻に浮かぶ涙を指先で拭うと拗ねつつあるロンに向けて口を開く。素直に好きだと言葉にしてやらないのは、ちょっとした意趣返しだ。まぁしかし、優秀な名探偵は捻くれた返事の真意もしっかりと、正確に読み取ってくれたようで。少しの間を置きおずおずと自らを指差すロンの頬は、可笑しいくらい真っ赤に染まっていた。その姿にいくらか気分は晴れたが、もう一声!と都々丸はロンを茶化してやる。許してくれ、これでも浮かれているのだ。
先ほどまでの泣き顔はどこへやら。花が咲くような笑みを浮かべる都々丸に目を奪われながらもホールドアップのポーズを取ると、ロンは新しく「恋人」という関係性が加わった相棒を腕の中に閉じ込めて、先ほど散々自分自身が詰った酷い男を弁護するための言葉を並べるのだった。
「こんな男でいいのなら、絶対に君を幸せにするよ」