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    aokiss2481

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    5月の智主オンリーで出る(予定)の転生if双子パロ圭圭本、長めのサンプルになります!

    前世の記憶なし智将×前世の記憶あり主人

    イメージソング:かくれんぼ/AliA

    一等星を探して その男は、星に向かって手を伸ばしていた。

     美しい夕日が茜と金の入り混じる幻想的な空へと塗り替えていく中で、その中心に燦然と瞬くそれは、とても小さくて。手を伸ばせばいとも簡単に掌に隠れてしまう。グッ、と掴んで引き寄せた掌の中には、当然何もない。

    「なんかさァ、俺らみたいだよな」

    「……何の話だ」

    「わざわざ聞いちゃう?俺が今思ったこと、智将にも伝わってるでしょ」

     だって、俺なんだから。何も掴めなかったことを証明するかのようにヒラヒラと手を振る男は、自分によく似た顔で困ったように笑ってみせた。きっとここは、どこかの学校の屋上なのだろう。フェンス越しに広がる夕景は、もうすぐ今日という日が終わることを悠然と告げているようだった。

     追体験のようなこの夢は……夢、とは少しだけ違う気がして。夕日とともに蘇った自分ではない『誰か』の記憶をなぞっている、という表現の方が適している気がするのだ。

    (だが一体、誰の──……?)

     目の前に立ち愛称を口にするその人の声は、自分がよく知る兄の声だった。しかしその人が浮かべる泣き出してしまいそうな切ない笑い方を、智将は知らない。どこか懐かしさすら覚えるのに記憶にはいない彼を、智将は知らない。夕日に体の輪郭を縁取られて淡く光って見える姿は、今にも消えてしまいそうだった。屋上に敷かれる無機質なコンクリートの地面に伸びる影は、一人分。その事実が示す意味は理解できても、理由は分からないままだった。

    「ッ、なぁ──」

    「今度はさァ、双子だといいよね」

    「は……?」

    「そうすれば──……」

     問いただそうとして途切れた言葉のその先で、彼は一体何を伝えたかったのだろう?

    *****

    「お、起きたか寝ぼすけ」

    「うるせェな。たまたま俺より先だっただけで威張るな、真性寝ぼすけ」

    「誰が真性寝ぼすけだ!ちょっとカッコいいじゃん‼︎」

    「アホ言ってないでさっさと支度しろよ、走りに行くんだろ」

     セリフの続きは聞けないまま、智将は自室のベッドで目を覚ました。美しい夕景は忽然と消え去り、代わりに目の前に広がる見慣れた天井に「また今日も続く言葉を聞けなかった」と落胆する。初めてこの夢を見たのは、たしか四歳の頃だっただろうか。それからもう何度となく見ている夢は、いつも同じところで途切れてしまうのだ。

     遣る瀬ない気持ちを体ごとベッドから引きずって階段を降り、向かうのは洗面台だ。そこで出会した、珍しく智将よりも早く起きたらしい兄から挨拶がわりの茶々が入る。智将の憂いなど知らないとばかりに大きく欠伸をする顔の、何と締まりのないことか。一卵性双生児ゆえに顔の造形はまったく一緒のはずなのだが、あまりにも差異がありすぎる。「双子のはずなんだけどな」と時折り遺伝子や表情筋を疑うのは、もはや智将にとっての常だった。

     この要家には二人の『要圭』が存在する。先述の通り、どちらも男の一卵性双生児。それだけでも見分けるのが厄介だというのに、更にどこをどうすり抜けたのか。役所の手違いから名前まで同じときたものだ。幸いにも纏う雰囲気や性格の違いから間違えられることはないのだが、やはり悩みどころとして挙げられる最たるものは呼称についてだった。要と呼べば両者が振り向き、圭と呼んでも両者が振り向く。頭を捻って悩む周囲の人々に申し訳なさを感じた思い出を数えれば、きっと片手の指だけでは足りない。しかしその問題も、野球界隈で弟の要圭が『智将』として名を馳せ始めた頃にはすっかりと解決へと至ったのだった。

    「そういや葉流ちゃんは?」

    「さっきメッセージを送ったんだが……まだ既読つかねェな」

    「もしかしてまだ起きてないんじゃね?」

    「可能性はある。ッたく、二人揃ってズボラなんだよお前らは……」

     兄が捻った蛇口から真っ直ぐな線を引いて流れていく水を眺めていた智将だったが、兄からの問いに視線をスマホへと移す。幼馴染の清峰葉流火に送ったメッセージには、未だに既読の文字は付いていない。これは家まで迎えに行って起こさなくてはならないパターンだな、なんて。早々に結論付けた智将は、顔を洗い終えた兄へとタオルを手渡してやる。「あんがと〜」という気の抜けた声でそれを受け取る兄の表情は、やはり夢の中で見た彼の笑い方とは異なるものだった。

    「……また、あの夢を見たんだ」

    「また〜?ほんっとその夢好きよね、いい加減飽きねェの?」

    「夢なんて自分でコントロールして見れるものでもねェだろ」

    「ん、まぁそれもそうか。何なんだろうね」

    「ッ、本当に思い当たることは何もないのか──?」

    「え〜〜……ないのかって言われても、ないもんはないんだって。マジで」

     夢から醒めて、一縷の望みを懸けて口にする言葉もまたいつもと同じ。それに対して兄から返ってくる言葉もまた、残念ながら一言一句と違えず同じものだった。夢に現れる、姿も口調も性格も兄に瓜二つの男。そんな男が無関係だなんて、本当にあり得るのだろうか?という疑念が、智将が初めて夢についてを兄に話した切っ掛けだ。智将の夢の存在を初めて話し聞かせた際の兄の表情は、今でも忘れることはない。驚いたように少しだけ見開かれた瞳の奥には、暗闇を照らすような微かな光が瞬いていた。そんな反応を示しておきながら「何それ、変な夢」だなんて。諦観の滲む表情でヘラリと笑って躱されたものだから、当時は拍子抜けしてしまい深くは追求できなかったのだ。

     智将へ言葉を返す兄の調子は普段の戯けた態度と変わらない。受け取ったタオルで顔を拭いている今、表情までは確認することができなかった。

    「ま、分からなかった所で別に支障はないんだし。そのままでもいいんでない?」

    「……そういうもんなのか」

    「そういうもんでしょ」

     大丈夫だって、そのうち忘れるよ。

     そう告げた兄の声音が寂しげに聞こえたのは、自分が気にしすぎているだけなのか。どこか引っ掛かる気持ちをグッと抑え込み、智将は口を噤んで俯いた。

    「あ、そういやオカンが今度の休みに不用品処分するから整理しといてね〜つってた」

    「はぁ……⁉︎ッたく、そういうのはもう少し早めに教えろよ。急に言われても困るだろ」

    「ごめんて、完全に忘れてたわ」

     沈黙を破って兄の発した一言で話題は切り替わり、智将は初めて耳にした内容に深々とため息をつく。今度の休みに、だなんて。一体今日が何曜日だと思って言っているのだろうか、こいつは。既に指定された週末までは、今日を含めて残り二日。祝日を挟むのであれば話は変わってくるが、残念ながら平日だ。今日も今日とて普段と変わらず勉学に勤しみ、放課後は野球に励まなければならない。つまるところ、処分したいものを当日に間に合わせるには今日から明日の帰宅後に整理しなければならないということだ。ただでさえ一日に熟す内容は少なくないというのに、更に増えたタスクに頭痛がする。隣で「大丈夫?頭でも痛ェの?」呑気に顔を覗き込んでくる兄を「誰のせいだと思ってるんだ」と殴ってやりたい衝動を抑えて、智将は再び深くため息をつくのだった。






     そんな会話をしたのが今朝のこと。シニアでの練習を終えて帰路につき、風呂と夕食を済ませた智将は自室のクローゼットを漁っていた。今すぐにでも疲労困憊の体をベッドに投げ出してしまいたい気持ちもあるのだが、この機会に収納の場所を取っている物たちを一掃してしまいたい気持ちがギリギリで勝利した。

    「小学生時代の教科書はもうさすがに処分するとして……ランドセル、は母さんに聞いてからにするか。漫画は……兄貴のだな、処分」

     性分ゆえに整えて収納してはいるものの、やはりその場では捨てるに迷うものたちがクローゼットの場所を取っている。宝谷シニアに入った頃には娯楽の類は全て処分したのだが、思い入れのある品となればさすがに迷いが生じてしまい、クローゼットの中にしまい込んだままになっていた。使っていた教科書や初めて使ったキャッチャーミット、果ては賞をとった木工作まで。いつの間にか間借りしている兄の漫画本に掛ける慈悲はない。一つ一つ取り出しては取捨選択をしていくうちに、気付けば中はすっかりとクローゼットの中は片付いていた。

    「よし、こんなもんか……ん?」

     やり切った清々しい気持ちに満足してクローゼットの扉を閉めかけた智将だったが、ふと隅に隠すように置かれた箱に目を留める。見逃していたそれは見覚えはある気がするのだが、中身は思い出せなくて。ちょうど両手で抱えられる大きさの箱を引っ張り出して中身を確認すれば、そこには幼い頃の思い出たちが詰まっていた。

    「はは、こんなものまで取ってたのか……」

     思い出なんて美しい言い方をしたが中身は何てことはない、幼い頃に兄と一緒に遊んだ玩具や小物や落書きの数々だ。例えば縁日で掬ったスーパーボールに、一時期ハマっていた光るヨーヨー。色違いで育てていた卵型の育成ゲーム。色はたしか自分が黒で、兄は桃色。売り場にその二色しか残っていなかった際に「おれの方がお兄ちゃんだから」と、智将に黒を譲ってくれた可愛らしいエピソードのある特別なものだ。他にも、喧嘩をした後で仏頂面の兄からもらった手紙には拙い文字で、しかし覚えたてで一生懸命に綴ったのだろう「ごめん」という三文字が並んでいた。

    (これは、捨てるわけにはいかねェな──……)

     野球で勝ち続けるためには、時に嫌な役を買って出なければならない場面もある。嫌われ役を演じなければならないこともある。自分がその役を演じる時。自分を嫌いになりそうな、そんな時。この箱に詰まっているものたちは『本来の自分自身』を見失わずにいさせてくれる、道標のようなものだった。

    「ん……?」

     その中に見つけた、古惚けた一つの小さな絵本を手に取った。この本にまつわるエピソードだって、智将はきちんと覚えている。母が不在の夜、怖くて眠れないと泣く幼かった智将に兄が読み聞かせてくれたものだ。字の読み間違いが多くて内容こそ入ってはこなかったものの、一人じゃないという安心感から眠りについたんだったっけな、なんて。当時を思い出して頬を綻ばせる。端は縒れてしまっているが、まだまだ中身は健在だ。

     何となしにパラリ、とページを捲る。一枚、また一枚と捲ったページの間に、その紙は挟まっていた。ノートの一ページを破ったような、二つに折り畳まれた紙を指で摘み上げてマジマジと眺めてみる。光に透かしてみればクレヨンのような色彩が見え、それが絵であることを確信した。どうにも覚えのない紙の存在を不思議に思いつつ、中を確かめるべくゆっくりと開く。

    「ッ、これ──……‼︎」

     画用紙の上には、夢の中で見た茜の混じる金色が広がっていた。灰色のフェンス、黄色い雲。そして少しの青が入り混じる、夕焼けの空。稚拙な画力で描かれた真ん中に立つ二人の人物らしいイラストに、思わず息を飲む。薄茶色の髪に左頬の泣き黒子。全く同じ姿をした二人は、対照的な黒と白のシャツを着せられていた。

    『えぇ〜?ちしょー、おれのこと覚えねェの⁉︎』

    『もう、しょーがねェな!じゃあ待っててやるから、早く思い出せよな!』

    『あ、ノートに書いて埋めておこーぜ!思い出したらほり出すの、な!』

    ──約束!

    (ッ、何だ──?今のは……‼︎)

     絵を見た瞬間に鋭い痛みとともに脳裏に過った声は、幼い頃の兄のものによく似ていた。床に寝そべりクレヨンを片手に、内緒話をする声量で。あの時二人で話していた内容は、何を約束したのかは、どうやったって思い出せない。

    「智将〜?片付け終わった〜?って、え⁉︎何、どしたん⁉︎頭痛い⁉︎」

    「ッ、兄貴……大丈夫だ、心配ない」

    「本当に……?無理してない?」

    「あぁ。それよりも、聞きたいことがあるんだ」

    「んぇ?何よ、突然」

     理由も分からないまま身を襲った喪失感に手が震える。思わず持っていた絵本と紙を取り落としたのと、兄が部屋に入ってきたのはほとんど同時だった。片手で頭を押さえる弟の姿に異変を感じ取ったのか、慌てて駆け寄る兄を宥めれば、分かりやすく安堵の息を漏らす。いつもであればノックをしろと文句の一つも言ってやる所だが、今はそれ以上に聞きたいことがあった。改まった態度にキョトリと目を丸くする兄へ、智将は足元に落ちた紙を拾い上げて手渡す。

    「これ、覚えてるか?」

     素直に紙を受け取り中を確認した兄の喉から聞こえた、か細くヒュ──と息を飲む音を智将は聞き逃さなかった。王手を掛けるように告げた短い一言を最後に、二人きりの部屋には永遠にも思える長い沈黙が落ちる。そうして時計の長針が、沈黙が生まれて初めに進み出した位置まで戻った頃。

    「ごめん、覚えてないや」

     往生際の悪い兄は再び嘘つきの顔をして、ヘラリと力なく笑って智将の手からすり抜けていくのだった。

    *****

     また、同じ夢を見た。

     否、夢を見ている最中だ。少し冷たく感じる風が頬を撫で、悪戯に髪を弄ぶ。以前に見たのと全く同じ、怖いほどに美しい夕景の中。その男はやはり、星に向かって手を伸ばしていた。届かないことなんて分かっているだろうに、よほど諦めの悪い性格とみえる。姿や声だけではない、その諦めの悪さはまるで──……

    「兄貴」

     思わず思い浮かべた兄を呼ぶように、呼んでいた。いつもは何を思ったとて、喉が張り付いたように声は出ないのに。今日に限っては定型分のようなセリフをなぞるだけのこの口も、不思議と自分の思った通りに動く。意図せず音になった言葉に慌てて口を押さえた所で既に遅く、兄によく似た男の丸く見開かれた目が智将へ向けられた。

    「主人、って呼んでくれねェの?」

     ふわり、と柔らかく微笑む男の表情に胸が高鳴る。同時に込み上げるのは、言い知れない懐かしさだった。理由も分からず鼻の奥がツンとして、涙が溢れそうになるのをどうにか堪える。と、兄によく似た男へ智将もまた質問を返した。

    「兄貴……じゃねェんだよな」

    「はぁ〜?さっきから兄貴兄貴って、どうしちゃったわけ?それじゃ本当に双子みたい──……え?」

    「……何だよ」

    「えっ、えぇ〜〜⁉︎もしかして中身違う?マジで⁉︎うわぁ、ヤバすギルティ!ってことは今話してんの、リアルの智将ってこと?今は……中学生くらい?」

    「はぁ……?よく分からないが、だったら何だよ」

    「うわぁ〜年下の智将、何か新鮮だわ。やだ可愛い〜俺の方が年上じゃ〜ん!敬え〜‼︎」

    「ッおい、いい加減に説明しろ。何度も人の夢に出てきておいて、何なんだ一体」

    「出てきておいてって、んな理不尽な。別に夢は俺が見せてるわけじゃないんスけど……そっちが会いに来てんだろ、責任転嫁とかマジありえナイツ」

     とりあえず兄ではないことを会話の内容から理解する。対する兄擬きもまた智将の質問に言葉を返しながら、会話の齟齬から違和感に気が付いたようで。何やら思い当たる節はあるらしく、智将が何者であるかを理解した彼から雑に頭をワシャワシャと撫で回された。その手を払い除けながら説明を求めれば「まぁまぁ、座って話そうぜ」だなんて、腕を引かれて備え付けの簡素な樹脂製ベンチへと腰を下ろす。

    「色々と聞きたいこと、あるんでしょ?しょうがねェから答えられる範囲で答えてあげましょう、圭ちゃんにまっかせなさい」

    「聞きたいことは色々あるが……とりあえずここはどこで、お前は誰なんだ」

    「やっぱ気になっちゃうのはそこよな。んー……ある意味、俺は生まれ変わる前のお前。お前の兄ちゃんの生まれ変わる前でもあるかな。そこはちょっとややこしいのよね、これくらいで勘弁してクレメンス」

    「生まれ変わる前……前世ってことか?」

    「まぁ、そういうこと」

     聞きたいことは山ほどある。が、取り急ぎ長年気になっていた疑問についてを打ち明ければ、主人と名乗った彼は簡潔に答えてみせた。俄には信じ難い話だが、こうも似た人間を目の前にしては強く否定する気にもなれなくて。そっと伺い見た主人の表情からも、嘘を言っている様子はない。自分たちの前世の人格と捉えればいいのだろうか?しかしそう認識するには、矛盾点が一つ。

    「『俺たちの前世』だと言ったな。だったら二人いないとおかしいだろ、もう一人はどこにいるんだ」

    「──!」

    「見ての通り、俺が今入っているこの体に影はない。『双子がいい』というセリフにしたってそうだ」

    「……」

    「体はない、だがお前と意思疎通はできる……」

    ──俺は一体、何者なんだ?

     鋭い智将からの指摘に主人は困ったように笑うだけで、返る答えはなかった。教えてやらない、だなんて意地の悪さからではない。聡い智将はきっと、あと少しで自ら答えに行き着くことを悟っているからだ。

    (いるのは一人、だが『俺たち』の前世──)

    「まさか、二重人格なのか……?」

    「正解〜!君のような勘のいいガキの前に現れたのが狂った錬金術師じゃなくてよかったね」

    「茶化すな。つまり、前世の俺たちは一つの体に二つの人格が存在していた……そういうことか」

    「理解早くて超助かる、手間が省けてマジ感謝って感じ。そう、その通り。前世の俺たちは何と、二重人格でした〜!」

     自分なりに考えた結果、一番辻褄の合う答えを口にすれば主人は智将の考えを肯定する。二重人格。正しくは『解離性同一性障害』だ。メンタルトレーニングの一環として調べた際に齧った程度の知識だが、耐え難いストレスや心的外傷が原因となって発症するのだとか。前世の自分がどんな経緯から発症したのかは不明だが、彼は中身が入れ替わる前からこの体の主のことを『智将』と呼んでいた。その事実から、前世においても何かしらの重圧を背負う立場にいたのだろうと察する。

    「じゃあ、ここは──」

    「ここは、ん〜……表現が難しいのよね。強いて言うならあいつのポケットの中、的な……?」

    「はぁ?ポケット……?」

    「ほら大事なものはそこにしまっとくじゃん。あれ、伝わんない?んじゃ、もう精神世界みてェなもんだとでも思ってクレメンス。出来た経緯はあんまり詳しく言えねェけど」

    「……何でも答えてくれるんじゃなかったのか」

    「んな顔すんなって。それに、答えられる範囲でって、俺ちゃんと言いましたァ〜」

     正体が分かった所で次はこの場の詳細についてを聞き出そうと試みるが、先に言葉を制されたことで敢えなく失敗に終わってしまった。しかしこの場が夢と現実の狭間のような、不確かな存在であることは確かだ。主人の顔から視線を真っ直ぐに戻せば、フェンスの奥には相変わらず美しい夕焼けが広がっている。夕日を囲む淡い光の輪は、幻日と呼ばれる珍しい現象らしい。瞬きをした瞬間に消えてしまいそうな幻日とこの夢の空間は悲しいほどに儚くて、綺麗だった。

    「……兄貴が、」

    「ん?」

    「兄貴が隠してることと、関係あるんだよな」

    「……それは向こうの俺が言ってた?」

    「いや……聞いてもはぐらかされて、結局いつも分からないままなんだ」

    「智将……」

    「ただ俺は、あいつにはアホみたいに笑っていてほしいだけなんだがな」

     柔らかなオレンジ色の光に澱んだ心は溶かされて、そこから現れたのは本心だ。今だけは口を滑らせたことにして、数個とはいえ年上の主人に目下の悩みを打ち明ける。ただ、悲しい顔をさせたくないだけなのに。この夢を見始めてから、この夢の存在を知った日から、時折り兄はらしくない顔で笑うようになった。その原因が自分にあるのなら、知って改善できるのなら。教えてほしいと願うのは、そんなにも悪いことなのだろうか。二人きりの精神世界には他に人の影はない。緩く吹く風が気遣わしげに呼ぶ声を、智将の耳へと運んでくる。

    「んー……そっちの俺が言わないなら、今の俺から言えることは何もないんだけど」

    「……」

    「でも俺がまだここにいるってことは、きっとあいつも迷ってるんじゃない?」

    「──?どういうことだ」

    「まだ教えてやんない。つーか、教えてやれない。だから智将にできることは一個だけ」

     広々とした橙に深い藍が混ざり出した頃。あくまでもこの夢と兄との関連性は伏せたまま、主人は慎重に選び取った言葉を差し出した。結局、自分はどうするべきか分からないままだ、と。落胆の色を見せる智将を見兼ねてか、主人は迷ってしまわないようにと一つだけ、ヒントを残す。

    「見つかるまで探して、届くまで伸ばして。そこに絶対に『いる』からさ」

    ──できるよ、絶対!

     まるで謎かけのような道標を示して笑う主人の頭上には、眩い一等星が顔を出し始めていた。

    (続)
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    Replies from the creator

    aokiss2481

    MOURNINGゲ謎にハマって書き始めたはいいものの書き上がらなかったのでこちらで供養させてクレメンス!!!
    因習村から戻った水木が目玉の父と鬼太郎を育てながらドタバタするお話。未完成。
    目玉オヤジと鬼太郎を育てる水木な父水【未完】「待て!早まるでない!ワシじゃ!ワシじゃよ!!」

    「悪いな、生憎俺に目玉の知り合いはいねぇんだよ」

    「待てと言うに!!ほんに手が早い所は変わっておらんのう!?」

    「そこに直れ、なかったことにしてやらぁ」

    土砂降りの夜に墓場で土から這い出て来た赤子を拾う、という稀有な体験をしたのが数日前。恐らく水木の人生の中でこの奇妙な体験を塗り替える出来事はもう起こらないだろう、と。そう感じていた自分の予想を易々と塗り替えた目の前の存在に、水木は淡々と告げながらハエ叩きを構え直す。

    事のあらましを話そう。夕飯を作っている後ろでキャッキャと笑う我が子を微笑ましく思いながら振り返ると、我が子の横に目玉が居たため無かった事にしようとした。以上だ。育てて数日だが確実に父性が芽生えつつある水木は、我が子を守るべく武器になりそうなハエ叩きを装備した次第である。もしこの家に三八式歩兵銃があったら迷いなくそちらを選択していたところだ。
    19788

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