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    目が覚めたら紬さんと寝てた万里くんの話
    万紬の日おめでとうございます

    #万紬
    wanChieh

    パラレルワールド目を覚ました万里は、素っ裸で紬と寝ていることに気付いた。

     
    昨日は学科のメンツでの飲み会だったこともあり、目を開けた瞬間、隣に人がいることに気付いて一気に覚醒した。やべぇ、と跳ね起きるようにして服を着てない自身に気付き、ギョッとして咄嗟に同衾の相手を確認した。枕に抱きつき、顔を埋めるようにうつ伏せで眠っていたせいで、背中しか見えない。黒髪、ベリーショート。女にしてはやや骨ばった印象を受ける痩せた身体。こうなりそうな相手に心当たりなんてなく、昨日卓にいたメンツを必死に思い出しながら顔を覗き込み、しばらくは固まっていた。枕の隙間から見える気持ちよさそうな寝顔はどう見ても紬だったが、そうだと気付くのに5秒は有した。
     やべぇ、見覚えありすぎる。あ~~~やっちまった、な~~んで俺こんな…………いや、つーかこの人紬さんじゃね?
     
     馬鹿みたいな葛藤の末に着地したその人の正体になかなかたどり着けなかったのは、万里の中に「男を抱く」という考えがなかったからだ。そういった目で紬を見たこともなかった。だからこそ、まずはじめにドッキリの可能性を考えた。……さすがに趣味が悪すぎる。悪乗りしそうな連中は何人か思い当たるが、総監督であるいづみが許すとも思えない。
     何らかの事情で紬のベッドに寝かせられたか、あるいは紬が万里のベッドで寝ることになったのか。その説もすぐに打ち消されることになる。どう見ても知らない部屋だ。いつもなら近い天井も遥か上にある。ベッドも窮屈なロフトベッドではなく、二人並んでもゆとりがあるローベッドだった。十座の姿も、丞の姿もない。寮の一室というよりマンションの寝室のように見えた。

    万里はというと、辛うじて全裸ではなかった。下着以外の服は部屋の隅にある1人掛けのソファに重ねて放置されていた。まだわずかに理性を感じる服の配置が、行きずりの行為でないことを物語っていた。恐る恐る、タオルケットを捲ると、紬も同様の恰好をしていた。薄暗がりの中に、驚くほど細い腰と無地のパンツに包まれた小さな尻が見える。
    ある程度冷静になれたと思ってたのに、靄がかかった頭は目の前にあるそれらを、ただぼんやりと見つめていた。ちゅん、という鳥のさえずりのようなくしゃみでハッと我に返る。慌ててタオルケットを掛け直すと、「ん……」と小さく唸りながら紬がゴソゴソとこちらに寝返りを打った。あどけない寝顔だ。同じ寮で数年近く寝泊まりしてるんだから初めて見たわけでもないのに、思わず魅入ってしまう。普段見る姿よりずっと、無防備だった。唐突に喉の渇きを覚えて、無意識に生唾を飲む。喉の動く音が、やけに大きく頭の中に響く。あ、こんな音出したら紬さんが、とまだ鈍い頭で考える。喉の音なんかで起きるはずがないのに、紬の瞼がぴくりと動き、小さく2、3回瞬きをして、ゆっくりと開いた。とろりとした眠気を纏う瞳が、ゆっくりと万里の姿を捕らえる。まだ物事を判別できない赤子のような視線に、やけに心臓が高鳴った。そうだった、この人、あんま目よくないんだよな実は。寝る前だけ眼鏡をかける紬のレアな姿を思い出し、だったら目の前にいる人間が自分だということに気付いてないんじゃないか、という不安が同時に押し寄せてきた。ところが万里の懸念とは裏腹に、紬はまぶたの重さをまだ引きずったまま目を柔らかく細め、頬をふにゃりと緩ませて微笑んだ。少しかすれた「おはよう」の声が、万里の胸にじんわりと甘く響く。はじめて見る表情。はじめて聞く声。それらは万里に、奇妙な感覚をもたらした。甘えられている。許されている。そう感じた。
     かつて夏組が喜怒哀楽で「おはよう」を表現する即興芝居をやったと聞き、面白がって他のメンバーでも様々なテーマで演じ分け、お題当てゲームをやったことがある。親に怒られた小学生が翌朝に言う「おはよう」。好きな女の子とたまたま遭遇した、と見せかけて本当は電車の時間を合わせて乗ってきた男子生徒の「おはよう」。自分に気付かず悪口を話している知人たちに背後から話しかける「おはよう」。コールドスリーブから100年ぶりに目覚めた人の「おはよう」。
    もしあの日の続きなのだとしたら、これは大好きな恋人と共に朝を迎えた人の「おはよう」だった。
     一瞬にしてわかった。紬とは合意のうえでベッドの上にいる。そしてなぜか自分にだけ昨晩の記憶がない。すべてを悟りながらも、この心地よく甘美な空気に酔ったかのように「お、はよございます……」と返すことで精一杯だった。紬はというと、「万里くん?」と怪訝な顔を浮かべた。バツが悪かったが仕方ない。思い切って「すんません、俺って昨日……」と切り出すことにした。そんな万里の姿を、紬がじっと見つめる。それは寮で突然始まった寸劇を見定める時の目と同じものだった。そして次の瞬間「違う」と感じたのだろう。それまで確かにあった、こちらにそっと手を伸ばしてくるようなやわらかな空気を透明な壁でピシャリと閉じ、素早くベッドから降りて素早く服を身につけた。呆気にとられる万里に「顔洗ってくるね」と振り返った紬は、いつも通りの紬だったのだけど、ふたりを包んでいた夢の余韻があまりにも心地よくて、勿体無いというか取り返しのつかないことをしてしまったような気持ちになるのだった。



     話をすり合わせていくと日付が認識と10日ほどずれていた。
    「10日後、こうなってるってことっすか?急展開すぎんだろ」
     二人の関係性はともかく、寮を出てマンションに移り住むという行為があまりにも唐突すぎる。紬もしっくりこないのか首を捻って「違うんじゃないかなぁ。俺と万里くんの関係はもう1年前から続いてるから」と言った。1年、とこっそり口の中で復唱する。
    自分たちの経歴やMANKAIカンパニーの関係性こそ同じだったものの、寮にあるものや綴が今やっているバイトなどが少し異なっていた。
    「夢……なんすかね」
    「もしくはパラレルワールド、かなぁ。劇団七不思議ってやつかもね」
    「……なんか七不思議って10個以上ありません?」
    「俺が認識してるだけで14あるよ。時々総入れ替え戦が行われてる」
    悪戯っぽく笑う紬も、万里が知るいつもの紬だったのに、どこか空々しく感じる。保存してあった脚本をパラパラとめくりながら「公演内容は同じだな。時々依頼されてるイベントとかはちょくちょく違うけど」と呟く。
    「ラヴェリテのフランスフェアのステージはやった?」
    「あーやったやった。俺が紬さんにけしかけられて役入れ替えた」
    「ふふ、別にけしかけたわけじゃないけど」
    起きている出来事は同じだ。きっとやりとりにも大きな違いはなかったんじゃないかと思う。でも明確に‟万里”と“紬”の関係が違うらしい。リビングのソファに腰掛けながら膝を抱えて珈琲を飲んでいる紬を盗み見る。口をつけて、パッと唇からカップを離す。ぺろっと唇をひと舐めし、軽く冷ましてからもう一度珈琲を啜った。
    美味しい、と幸せそうにつぶやく紬に「同じ味する?」と聞いた。もうひとりの自分が淹れた珈琲と同じか、という少し意地悪な質問だった。紬はそんな愛おしそうに笑いながら「どっちも美味しいよ」と言った。自分を見ているようで、他の誰かに向けられた感情に心がひりつく。
    「ターニングポイントってどこだったんすか」
    「うん?」
    「俺らが、そうなったのって何がきっかけ?」
    「ん~、なんだったかなぁ」
    「誤魔化すじゃん」
    「だって知らない方がいいよ。万里くんはそうじゃないんだから」
    紬を好きではない、という意味だろうか。ムッとして「わかんねぇだろそんなの」と言うも、紬は小さく笑うだけだった。読んでいた台本をテーブルに置いて、隣にあった手にそっと手を重ねる。想像していた通りの、滑らかな皮膚に触れる。指を絡ませるようにしながら顔を寄せた瞬間、「こら」と顔を引かれた。あと少しだったのに。ムキになって紬を抱き寄せれば、胸を両手で押される。
    「だめ。やめて、万里くん」
    苦笑交じりだった声が、困惑になったのを感じて手を止める。両腕をつかまれたままソファに押し倒された紬は、抗ったせいか少し息遣いが荒くなっていた。
    「……俺、なんか違う?」
    「……」
     呼吸を整えながら、紬は黙ったまま万里を見つめ返した。答える気はないらしい。掴んでいた手首をそっと離すと、タイミングよくインターホンが鳴って、空気を無理やり変えるかのように「はい、今行きます」と紬が立ち上がって部屋を出ていった。


     
     
    「万里くん、何してるの」
     逆さまの紬が荷物を抱えているのを、横目でチラ見して「ふて寝」と応える。ソファに横たわった万里の腹のあたりに、紬は腰掛け「ふふふ」と笑った。
    「笑ってるし」
    「ごめんね。でも‟万里くん”はそういうの、すごく嫌がるから。わかるでしょ」
     わかる。自分の知らないところで恋人が──紬が他の男に触れられてるのは、死ぬほどムカつく。その相手がたとえ、自分だろうと。
     「流されたらだめだよ」
     大人ぶってそんなことをいう狡い大人。この世界の自分は、この人とセックスしてんだよな、と思うとつまらない気持ちになった。もしも時間が戻るなら、絶対にこの世界の“万里”を演じたまま今日という日を過ごしただろう、と思った。

    結局、元に戻るための手掛かりは見つからず、明日も変わらなかったらみんなにも相談しようということになった。
    今日はいつも通りに過ごそうか、という紬の提案に乗っかり、食事を一緒につくって食べ、風呂に入ってから映画をみて感想を言い合った。どれも妙にしっくり来て、とにかく心地よかった。
     眠るとき、紬は自分の寝室の扉を開けて「おやすみなさい」と言った。いつも通りじゃねえじゃん、と思ったけど「おやすみ」とおとなしく手をふった。ベッドに寝そべると、かすかに紬の匂いがした。戻った、という体で部屋に突入してやろうかなんてばかばかしいことを考えながら、あの人ならすぐに見破ってしまうだろうということもわかっていた。
     



     
    目を覚ました万里は、すぐ目の前に天井があることに気付いた。見慣れた天井だ。ため息をつく。いい夢の途中で目が覚めてしまったような気落ちがあった。

    談話室に行くと学生組が録り溜めたドラマの鑑賞会をやっていた。
    万里に気付いた太一が「おはよ万チャン!」と声をあげる。冷蔵庫を開けながら「おー」と返すと、今度は一成が振り返る。
     「ねーだいじょぶ?昨日セッツァーベロベロで帰ってきたからさ、タクスに運んでもらったんだよね」
    「そっか、さんきゅ」
    「オレじゃなくてタクスがね」
     水を一気飲みしたあと、丞に礼をいうため204号室を目指した。一度中庭へ出て階段を上ろうとしたとき、庭いじりをしていたらしい紬に遭遇した。顔に泥がついている。
    「おはよう万里くん」
     何も言わない万里に、紬が笑顔を浮かべたまま首をかしげる。手をのばしても、紬は逃げなかった。頬を擦って泥を落としてやると「あは、ついてた?」と照れ隠しするように笑う。
    「七不思議だったんすかね」
    「うん?七不思議?」
    「ふ、なんでもないっす。部屋に丞さんいます?」
    「うん、たぶん筋トレしてると思うよ」
    「じゃあ後にするか。邪魔しちゃ悪ぃし」
    「え~、邪魔していいのに」
    「はは、悪。なんか手伝いますよ」
    「やったぁ。じゃあ一緒に草むしりしてもらっていい?」
     遠慮ない紬を笑いながら、軍手を受け取る。目の前の紬が笑う。どこかの世界にいる自分の恋人の笑顔と重なった。あの柔らかく心地よい空気を、少しだけ感じた。

     終わり
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