meine eigene wirksame Medizin(専用特効薬)朝方から、低気圧気味の曇天が続いていた。
快適からは程遠く、ランチを終えた後も鈍色の雲が空一面を覆う。湿気で空気が重い。
一軍が勢揃いしたからということで、せっかく屋外の練習コースを予約したのに残念でならない。
何より、これからの天気を確定させるのは。
「…うん、雨が降りそうだからそろそろ練習は切り上げようか」
ミハエルがこう告げると、一時間以内に必ず雨が降り始めるのだ。曰く、「風の感覚でわかるよ。それに、つばめが低く飛んでいるし」とのことらしい。
『燕が低く飛ぶ』のは雨の前兆として知られているが、五感が人一倍鋭いミハエルは全身で天候や戦況を感じ取るのだろう。
そして低気圧、雨天となると——
「……ぐ……」
後方にいるシュミットはベルクカイザーを左手で抱き留めたまましゃがみ込み、瞳を閉じて眉間に皺を寄せ、右手で両のこめかみを揉み続けている。先のフォーメーション練習から精彩を欠いていたが、限界が来たらしい。
幼少期から気圧の降下に弱く、遺伝性の頭痛持ちと聞いた。今日は特に辛そうだ。
自身のベルクカイザーをボックスにしまい、シュミットに駆け寄る。
近寄ると、白い顔からさらに血の気が引いているのがよくわかる。
…なんとかしなければ。
背中をさすって、囁くように声をかける。
「シュミット。部屋に戻りましょう」
「…ぅ…」
湿気で張り付いたアーモンド色の髪が二度力なく揺れる。痛みに耐えるように唇を縛っている。頷きすらも頭に響いているようだ。早く部屋に連れて行きたい。シュミットの頭痛に響かないように気をつけながらミハエルに呼びかける。
「ミハエル! メンテナンスの時間をいただけませんか! ミーティングは夕方からにしましょう!」
二匹の低空飛行の燕を見つめながらタオルで髪を拭いていたミハエルは、呼びかけに応じエーリッヒの方を向いた。
「うん、いいよ! 湿気で影響が出ているかもしれないから、念入りにね」
エーリッヒが片手で二人分の荷物を抱え、肩をさすりながら歩みを進める間も、シュミットは額を抑え続けていた。
いつもは断りもなく部屋に入らないが、今日だけは。
ドアを開けると、キンモクセイのような華やかな香りが鼻に飛び込んでくる。シュミット愛用のバスグッズの香りだ。
ふたり分の荷物をデスクに置く。隅の方のラックに青いパッケージの薬が見えた。おそらくこれが鎮痛剤だろう。ベッドに腰掛けたシュミットに目線が合うようにしゃがみ、両手を握る。
「薬を飲むための水はありますか」
「ない」
「取ってきましょうか」
「それがいい」
シュミットが片手を解き力なく指差したのは、デスクに置いたエーリッヒのボトルだ。半透明の菫色で、700mlほどのサイズでお気に入りの一品だが…
「これは飲みかけであまり残っていませんよ」
「…後で洗って返す」
どうしてもこのボトルで飲みたいらしい。押し問答してシュミットの休息時間を奪っても良くないので、ボトルと一緒に先程見かけた薬を握らせた。何度か服薬しているところを見かけているので、薬の種類は間違えていないはずだ。
「ミーティングの時間になったら起こしに来ますから、飲んだらすぐに休んでくださいね」
「…ん」
うつろな瞳で、菫色のボトルを抱きしめている。このまま見守っていたいが、あまり寝顔を見られるのが好きではないと言っていた。具合が悪いなら尚更だろう。極力足音を立てず、早急に部屋を去る。
「おやすみなさい」
「…すまない」
シュミットから謝罪の言葉が漏れるなんて、相当辛いのだろう。少しでも休んで、体調が回復することを祈ろう。
部屋を出て、ふとエーリッヒは冷静になって考えた。
——僕の飲みかけのボトルで、シュミットが薬を飲む? ということは…
…一瞬でも邪なことを考えたのが恥ずかしくなってきて、エーリッヒは赤面し口元を掌で覆った。洗って返すと言っていたし、本当に余裕がなかっただけだと思いたい、が…
あのボトルが色だけでなく、本当の意味でお気に入りの品になった。