珍しくテレビをみて笑っている。どうやらお笑い番組のようで芸人が一人映っている。
(あれは……)
ブーっとスマホが鳴り画面を即見る。これも珍しい。大体鳴っても放っておくのが常だ。誰かからの連絡を待っているのか。
「三郎、随分と楽しそうだな」
「ああ銃兎、今起きたの?これから出勤?」
朝方帰ってそのまま寝た。起きてシャワーを浴びたら昼過ぎだった。今日は土曜で三郎は学校も休み。
「いや、今日は休みだ」
「そうだっけ?じゃ、お昼食べる?」
「お前は食べたのか?」
「え?いや、まだ」
「じゃあ食べに行くか、いつもの」
「うん」
いつもの中華料理店でいつも通り餃子と青菜炒め。今日の気分で春巻きと麻婆茄子を追加。俺はそれにビールで三郎は白いご飯。
「真っ昼間からいいご身分だね、巡査部長サマは」
「舐めてんのか。休日は昼間から酒呑むのが安月給のささやかな楽しみだろ」
「可哀想な大人だね」
食べさせてもらうくせにこの態度。
「あ、フカヒレのスープ追加でー!」
給料日後だということもしっかり把握しているようでいつもなら頼まないくせにここぞとばかりに注文する。安月給ってさっき言っただろ。
悪戯っぽい目でこちらを見てニコッと微笑む。ダメだ、可愛い。
「あ、そうだ。明日日曜じゃん。オオサカ行ってくる」
急だな。
「依頼か?」
「んーん、違う」
「じゃ何しに行くんだ」
「白膠木簓観に行く」
白膠木簓…さっきもテレビで見て笑っていたじゃないか。
「いちにいの知り合いらしくて、二郎が家でテレビ見て大笑いしてて生でも観たいって言い出したからいちにいが連絡してくれだんだ。そしたらみんなでおいでって招待してくれたんだ」
良い人だよねーと嬉しそうに話している。オオサカも初めてだしとにこにこして。
ついて行きたいが生憎明日は仕事だし。
「一郎と二郎だけで行けばいいのに」
「はあ⁈僕だけ仲間外れとかありえないし!二郎はいらないけど」
要は一郎と出掛けたいんじゃないか。嫉妬の要因がいくつも絡んで面白くない。だからって行くなとは言えないし。
「飛行機と新幹線どっちで行くんだろ。まだ連絡ないんだよねー」
うきうき家族旅行じゃないか。
「ねえ、オオサカ行ったことある?」
「仕事で」
「なんか面白いのある?美味しいとことか」
「さあな。研修で行っただけだから街中は歩いてない」
プッと三郎が吹き出す。
「なに怒ってんの?ちゃんとお土産買ってくるからいい子でお留守番しててよね」
それはお前が言われてた事だろ!ここでムキになると余計に突かれるのだろう。「はい、待ってますよ」と笑顔を貼りつけて応えた。
その他所行きの答えにさらに笑われたのは全く心外だ。
三郎とは朝御飯を一緒に食べてヨコハマ駅で別れた。別れ際「行ってきまーす!」とこちらに手を振ってから駅に走っていく姿があまりに子供っぽくて、遠足に行く小学生を彷彿させた。よほど楽しみなのだろう。
白膠木簓に会う事が楽しみなのか山田一郎と出かける事なのかわからないが俺といる時にもそのくらい可愛げがあってくれてもいいと思うが、以前山田一郎から「親しい程生意気になる」らしき事を言われた事もあるから良いように解釈しておこう。
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ヨコハマから乗り継ぎ新幹線に乗る。二郎が飛行機に乗りたくないと言ったせいで新幹線で行くことになった。ただ僕だけは乗車する駅が違うため一人で新幹線に乗り込む。
合流までは一人。銃兎は仕事なのに駅まで僕を送ってくれた。さっき別れたばかりなのにもう銃兎のことを考えている自分はちょっとおかしいと思う。
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「……」
仕事が終わり帰宅。ドアの鍵を開けて玄関を見るがまだ靴がない。
「ふう」
静かな室内。ひんやりとしていて人の温度を感じない。
リビングへの廊下すら長く感じる。
ちょっと前まで当たり前だった事なのにやけに寂しく感じて両親が没して一人で暮らす事になった時を思い出してしまった。
感傷に浸っていても仕方がないと無理矢理切り替え風呂の準備をする。疲れて帰ってくると必ず湯船に漬かりたがる可愛い恋人のためだ。過保護な兄弟達との旅行だから疲れる事はないかもしれないが。
風呂を綺麗にし、いつでも入れる状態にして俺はシャワーを浴び、冷蔵庫から麦茶を取り出して飲む。三郎が来てから毎日作って置いてある。今朝も朝食で飲み切ったのを行き掛けに作っていた。
時間に追われながらもテキパキ家事をする三郎を横目で見ながらコーヒーを啜っていて「ちょっとは手伝えよ!」と言われた側から飲み終えたカップを流しに置いて「だーかーらー!洗って‼︎」とこっちを睨みながら洗っている姿が可愛かったなあと思い出す。
兄弟達と一緒の方が楽しいと帰ってこなかったらとふと不安に襲われながらテレビを点ける。
テレビに映るのはにこやかに笑う女性アナウンサー。いかにもバラエティ感の強い賑やかそうなセットと芸人と思われる多くの人。正直芸能人に興味もないからその多くは何者なのかわからない。
一際目立つ細目の長身が白膠木簓なことはさすがに知っているが、その理由は俺がブクロで制服警官をしていた頃左馬刻、一郎と並んで要注意人物だったからだ。
今は面白いと職場でも度々話題に上がっているから芸人としても知名度が高いのだろうなと認識していたが、まさか恋人がこいつをわざわざ観に行くとは思わなかった。
どこかで会う機会があったら嫌がらせのひとつもしてやろう。
「ただいまぁー」
玄関がパタンと閉まる音がして、少し疲れた声が聞こえた。
「日帰りでオオサカきついー!」
言いながら冷蔵庫に直行。麦茶を取り出してコップに注ぎゴクゴクと二杯流し込んでいた。
「おかえり」
「あれ、銃兎早いね。あーもー聞いてよ……」
機関銃のようについさっき別れたばかりの次男への非難と最愛の長男への称賛をぶち撒けてくる。とても楽しかったようで何よりだ。
「あ、おみやげ‼︎」
……。
取り出されたのはデフォルメされた白膠木簓のぬいぐるみのような人形。胸に番組名らしきロゴがはいっている繋ぎみたいなモノを着ている。
「この番組の公録観たんだ。これ、貰ったんだけど僕いらないからあげる。あとはー……」
俺もいらないが、とりあえず受け取る。その後もオオサカ土産が次々と鞄から出てくる。
「楽しかったか?」
「うん。お腹いっぱい食べてきたし。豚まん美味しかったんだ。忘れないうちに中華街のと食べ比べなきゃ」
食べてる時にヨコハマの事を思い出してたらしい。
「どっちも同じだろ」
「わかってないなー。あ、お土産用のも買ってきたんだけど……あれ、どこだっけ」
土産物は食べ物ばかりだ。冷めたタコ焼きなんかもあって「チンして一緒に食べよ」とまだ遠足気分が抜けてない。
「わかったから風呂入って来い」
「はーい。あ、先に食べないでよ!」
「わかったわかった」
二人で土産物を食べながらたくさん話をした。
いつもより笑顔も口数も多く、楽しそうに出来事を伝えてくる。初めての事も多かったようで知的好奇心も満たされ、久しぶりの兄弟との時間も満喫して上機嫌だ。
嬉しそうに話すのを聞いているだけでしあわせな時間が過ぎる。つまらない嫉妬をしていた自分が情けなくなるくらい心が満たされていく。
「今度は銃兎も一緒に行こうね」
にっこりしたお誘いで完全に陥落だ。