うさぎぱろ 最近、日課が一つ増えた。それは、森の奥に住む狼を見張ることだ。なんでそんなことをしているのかと言えば、狼が俺の尊敬する赤ずきんさんを食べないようにするためだ。赤ずきんさんが狼に出くわしたと聞き、その狼に抗議をしに向かった俺は、狼のたくらみをたくみに暴いたのはいいものの、頭に血が上って奇妙な約束をしてしまったのだ。
だけど、約束をしたとはいえ、信用ならない。だから、朝の毛づくろいを終えたら、その足で森の奥に向かうようにしているのだ。
狼は、俺を見るとうんざりしたような顔をするので、この見張りにはきっと絶大な効果があるに違いない。それでいて、俺をまるまると太らせようとでもしているのか、「どうせまた何も食べないで来たんだろう」と言って、シロツメクサの花畑へ俺を引きずっていくのだ。約束のためにも連れて行かれたら食べているけれど、同族の仲間たちから、前よりも健康的でいいなんて、良いことのように言われてしまって解せない。
それでも、不思議なことに狼と約束したことを後悔はしていないのだった。
ぱりぱり。しゃりしゃり。噛むたびに鳴る、小気味よい音。柔らかな三つ葉の食感と、新鮮な葉の青々とした香りが鼻に抜けていくのが心地よい。森の奥の花畑は、他に寄り付く同族がいないためか、葉が踏まれて硬くなることもなく、腹が立つほどに美味しい。黙々と食べていると、背後でそれを見ていた狼が「なあ、赤いの」と呼びかけてきた。
「なんだよ、狼」
「まだそう呼ぶのかよ。名前は教えただろうが」
「そっちこそ、俺のこと毛の色で呼ぶじゃんか」
俺は毛並みには自信があるけれど、だからといって色で呼ばれても良いというわけじゃない。失礼なやつには、それ相応の対応をしてやるのだ。また、シロツメクサを食もうとすれば、狼ははあとわざとらしく大きな溜息をついて言いなおした。
「なあ、太宰」
「俺はお前が言うから食事中なんだけど」
「それも含めて、いつまで続けるんだよ、これを」
まるで、自分こそが迷惑をこうむっていると言わんばかりの口ぶりだ。だが、それこそ、こちらの台詞なのだ。
「そんなの、お前が赤ずきんさんを諦めて俺を食べるまでに決まってるだろ!」
「どっちも食べる気がねえと何度言ったらわかるんだよ、あんたは……」
「そんなの、信じられるかよ。そう言って油断したところをぱくり、なんてのが狼の常套手段ってやつなんだろ!」
そういう話があると、俺は以前に赤ずきんさんから聞いていた。三兄弟の子豚の話、七匹の子山羊たちの話、それから人間の女の子の話。赤ずきんさんは物知りで、色々なお話を聞かせてくれるので、俺は赤ずきんさんのお話を聴く時間が一等好きだった。その赤ずきんが一番狼に警戒心がないのが心配だけど、きっと赤ずきんさんは優しいから狼を疑わないのだ。だから、その分俺がしっかりこの白い狼を――志賀と名乗った狼を疑って見張らなければならなかった。