おつきみ「島崎さんって良いタイミングで来るよね」
輝気は突然の来訪に驚きもせずそう言った。輝気はちょうど台所の片付けをしているところで、もし来たのが調理の最中なら色々手伝わせたのにと思うと嫌味の一つも言いたくなる。
台所のシンクに跳ねる水の音は洗面台のものと違って少しうるさい。少し声を張りながら話す。
「お月見団子を作ったんだ。今日は満月だから。たくさんあるから食べて良いよ」
片付けを終えた輝気は、団子が乗っている皿を島崎にも分かるよう音を立てて置いた。
ゴトリ。団子というよりは夕食の大皿を想像させるような、かなり鈍く重い音だった。それを聞いた島崎は耐えきれずと言ったふうに笑った。
・・・確かに作りすぎた自覚はある。砂糖を使わないレシピを選んだから、余ったら味噌汁に入れても良いな、せっかくだし明日も食べようかな、なんて思ってレシピより多めに材料を出してみたらちょっとすごい量になってしまった。団子を丸めすぎて手が疲れたし、細かくちぎって丸めるのが面倒になったので後半の団子はかなり大きい。でも輝気は2日かければ食べきれる自信があった。だから、この男が来て助かったとかは別に思っていない。本当に。
「キミ、まさか私が来なかったらこれ1人で食べるつもりだった?」
「そんなわけあるか。明日も食べようと思って多めに作っただけ」
「それにしたって多すぎる」
「文句あるならいいよ。僕だけで食べるから」
「そうは言ってない。食べます」
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素手では食べづらいということで、団子は串にさすことになった。串にさすのは島崎にも手伝わせた。団子の形がまばらなものだから、島崎は首を傾げながら出来るだけ同じサイズの団子を探してさしていたが途中から諦めたようで不揃いな串が次々出来上がっていく。時々できた団子を持ち上げ比べてみては質量の違いに1人で笑っている。楽しそうでなによりだ。
「島崎さんって月は視えるの?」
「いいえ、視えません。月がどういうものかは昔の記憶で分かりますけど」
前に聞いた話だと、能力と引き換えに視力を失う前も目はほとんど見えていないようなものだと言っていたのを思い出しながら島崎の話を聞く。
島崎にとっての月とは、夜の空には時々明るい点がある、どうやらそれが月、程度の認識らしい。
その視力では半月や三日月などの形の違いも分からないので、半立体になるよう厚みを持って印刷された本を通して形のイメージはなんとなく把握出来ているとのことだった。だから島崎にとっていわゆるお月見とは、「世間が卵料理で溢れかえる時期」というのが一番しっくりくるものらしい。
島崎はこう見えて以外と食い気がある。その点は輝気と気が合った。
「でも、満月の夜っていうだけでそんなにはしゃぐものかな。形が丸くなるだけでしょう?」
「全然違うよ。すごく明るいんだ。色もなんだか濃いし、いつもより大きく見えるような気がする・・・」
「へえー・・・」
ある程度串が積み上がってきたところで作業は切り上げ、窓際に椅子を運び、月が見える位置にそれぞれ座った。島崎は月が視えないと言っていたが、椅子を置いたら大人しく座ったので形だけでも付き合ってくれるらしい。
「それとね、月の形って毎日変わるんだけど、ぜんぶ名前が付いてるらしい。」
「月ってそんな大げさに形が変わるものでしたっけ。」
「いや。僕も調べて見比べないとわからないな。」
「ふーん。そんな細かい違いに気付くなんて、昔の人って夜は空ばっかり見てたんでしょうね。」
「そうかもね。それで言うと、星座とか。ただの星がどうしてカニとかヤギに見えるのか、説明されてもわからない・・・」
「星座か。ああいうのは、言ったもの勝ちですねえ・・・」
団子を食べながら適当に会話していたが、なんとなく会話が途切れた。ふと島崎の方を見ると、ばちりと目が合った、気がした。目はわからないが島崎の顔は確かにこちらを向いている。
島崎はものを視る時、顔をそちらに向けなくても視ることが出来る。そういう能力だ。なのにわざわざ顔を向ける時は、何か話したかったり用があるアクションだ。月の方を向け、と言いかけたが大人しく用をたずねることにした。
「どうかした?」
「・・・私も星座を作ってみようと思って。」
そう言って島崎はそのまま薄ら目を開けた。これは、あれだ。いつもより感知能力を底上げさせる、特別な能力。爪との戦い以降、輝気はこの能力を使わせるまで島崎を追い詰められた事は一度もなく、能力が見たいと頼んでも時々しか見せてくれない。そんな能力をあっさりこんなタイミングで使うことへの悔しさもあったが、それより今これから何かしようとしている島崎への警戒を強めた。
「・・・何で僕の方視てるの・・・?」
「まずここ。目が凝ってる。」
輝気の眉の間に人差し指が置かれる。トントンとつつきながら、島崎はよくわからないことを言った。月見をしていて、どうしてこうなっているのかが輝気にはさっぱりわからない。まず、と言うからにはこれには続きがあるはずだ。警戒し身を固くしているとそのうち島崎の指は眉間を離れた。
「次は右肩。」
「・・・・・・。」
「今日体育だった?」
「んん・・・?うん。ソフトボールだった・・・。ああ、なるほど。多分わかってきた。」
「次は・・・これ。右手首。おそらく団子の作りすぎ。あと・・・右の脇腹。これは何だ・・・?」
「それアンタが蹴ったところだよ。先週。」
「ふふ・・・すみません。えーと次は…左の太もも。これも体育か、筋トレで負荷のかけすぎかな。うーん・・・」
島崎は引き続き、輝気の身体をつついていく。
島崎の視界がどういうものかは輝気にはわからないが、身体の弱っている部分は一際目立って視えているのだろうか、それを探して繋いで・・・なんと星座を作ろうとしているらしい。
自分の身体で星座を作られるなんてたまったものではない。そもそもそんな事は普通起きないのだが。
だけど、だんだん輝気の意識は警戒や呆れよりも、どんな星座が出来るかの興味の方が強くなってきた。せっかく作られるのならかっこいいのが良い。珍しく真剣に考え込んでいる島崎を見ているとなお期待は膨らむ。
「どう、何かにできる?」
「ん〜・・・・・・カマキリ座・・・・・・?」
「・・・虫はやだなあ・・・」
そもそも島崎にはカマキリがどう視えているのだろう。指された点を思い出すが、確かにカマキリに見えなくもない。気がする。
島崎の視界は僕たちのものとは全く違う、もっと別の感覚で認識していると思っていたが、以外と近い部分もあるのかもしれない。それがこんな些細な遊びで垣間見えることも、熱心に考えている島崎のことも、全部がごた混ぜになってなんだか面白くなってきた。
「ここに点が増えれば、トナカイ座が出来そうですよ。どうですか?」
「良いって言うわけないだろ。今夜は戦わない、明るいから人に見られるかもしれないし」
「うーん、残念。仕方ない。もう少し精度を上げれば何かしらは作れそう。」
「ん・・・?いや。それより月を見ようよ。」
「私は見えないので、お構いなく。」
「・・・落ち着かないんだけど・・・・・・」