弱々しいは解釈違い罠。
それは古い遺跡だの洞窟だの、偉い身分の王子だの王だのの墓に仕掛けられる、結構な確率で死人を出すレベルの極悪非道なものを指す。わし様、ウルトラ高貴で誰もが羨む最高にして最強の王子だが、自分のテリトリーにこんなもん仕掛けられて、まぁ、わし様ほどできる男はこのようなものに引っ掛かるような馬鹿をやらかすはずはないのだが?ずぇっっったいこんなもん仕掛けん。間違ってわし様のカルナやアシュヴァッターマンが踏んだらどうしてくれる?だから、ずぇっっったい置かない。置くなむしろ。
「あ~…」
二の腕を組むわし様の前で…タブレットなる機械越しにダ・ヴィンチと会話を交わしたマスターが…なにやら納得した顔でこちらを見た。そこはかとなく、いや、ものすごく嫌な予感がする。
「ドゥリーヨダナ、あのね」
「あ~あ~!!聞きたくない!その、あれ?いつものスーパーカッコいいわし様、ちょっとお陰りあそばしましたか?みたいな顔をしたおまえの言葉は聞きたくないぞマスター!!」
両耳を押さえて、マスターがなにかを口にする度にあ~あ~と叫んで意図的に聞こえないようにする。さすがわし様、聞こえなければ…聞かなければないものと同じ!と自分の頭の良さが恐ろしく感じた…時、視界の端に閃くものがある。膨らんだ殺気は本物…本気でこちらを殺しにきているとわかる。
瞬時に生み出した棍棒で、横から突き出された旗槍を受け流す。誰だ、など。見ずとも殺気でわかるし、こんな卑怯なことをするやつなどひとりしかおらん。
「ビーマ!貴様!!」
「ほらよマスター、これでこのクソ野郎に話が伝わるぜ」
わし様に向けた殺気も打ち合った旗槍すら瞬時に消して、ビーマはぞっとするほど爽やかな笑みをマスターに向ける。ほれ見ろ!マスターがあまりの気味悪さに引いておるではないか!というか、
「クソ野郎、とは…まさかこの高貴たるわし様のことを言っておるのではあるまいな?ゴリラの分際で図が高い、地面にめり込むほど頭を下げよ。そしてそのまま埋もれて死んで良いぞビーマ」
「あ?マスターがてめぇみてぇなクソにも劣るゴミ野郎に情けをかけてんのを聞かねぇうすら馬鹿が悪いんだろ。むしろてめぇが死ねトンチキ野郎」
「は?」
「ぁ?」
あぁ言えばこう言う。クソゴリラのくせに人の揚げ足ばかり取りおって腹立たしい!ゴリラならゴリラらしく、バナナでも食って木にでも登っておればいいのだ!それを…少しだけ、ほんのすこーしだけ高い目線からわし様を睨み付けて、マスターに感じさせまいと消したはずの殺気を再び滲ませる。バーカ!せっかく隠した意味皆無ではないかバーカ!!
「ちょ、二人ともケンカはダメだって…」
「安心してくれマスター。こいつはケンカじゃねぇよ」
どこかで聞いたことがあるような台詞を溢すクソビーマの顔は…マスターにかける声音こそ猫なで声の気色悪いものだったが…わし様へ向けたままの顔は、目は。半端な者ならそれだけで息の根を止められそうなほど鋭い。
「ほう?ケンカでなければなんだという?ん?ほれ、海より深い慈悲の心でもってわし様が貴様の戯言を聞いてやろうではないか。人の言葉でちゃんと言ってみろクソビーマ」
「あぁ。傲慢クソトンチキ野郎にもわかるように言ってやるよ。その都合のいい言葉しか聞き取れねぇ、ゴミ以下の耳の穴ほじくって良く聞け」
怒りで手が震える、なんていうことは誇張されたものであると思っていた。今、この瞬間までは。トンチキ、は言われ慣れた。むしろ語彙力皆無可哀想~とまで思っていた。だがわし様はそう、海より深い慈悲の心を持った最高の王子。今までどんな戯言にだって耳を傾けてきた。傾けてきたのだから、この程度、笑い飛ばせずして何が王子か。
「ふふふ…」
「ははは…」
互いの顔を目に映したまま、笑う。笑い、そして叫んだ。
『死ねっ!!!』
「で?マスター、どうします?あれ」
少し離れた場所から互いに高身長重量級であるマッチョメンが…その見た目にそぐわない、ぽかぽかという音が聞こえそうなほど弱々しい殴り合いを始めたのを横目に、ヘクトールはいいかい?と隣で頭を抱えたマスターに断ってから咥えた煙草に火をつける。
罠。実に簡単な罠があった。素材集め…その合間に挟んだ休憩の最中、雨が降りだしたことが全ての要因だった。わし様の玉体が濡れてしまうではないか!と大声を張り上げたドゥリーヨダナは、マスターをちらりと横目で見て…側にちょうど良くあった洞穴への待避を促した。よもやそこに罠があろうとは。
先頭を申し出たドゥリーヨダナが、洞穴に足を踏み入れた…瞬間。かちり、という嫌な音と共に煙が吹き出し…風より早いビーマがほぼ投げ捨てるようにドゥリーヨダナを洞穴から引っ張り出したのだが。
「どうするって言われてもなぁ…二人とも今は強化が全部リセットされてる状態だし…いつもみたいに血を見るようなことにはならないと思うけど…」
「お互いレベル一。今なら指先ひとつでってやつですが、やっちまいます?って、冗談ですってマスター」
「いや、目がわりと本気だよヘクトール…」
深いため息をつくマスターの姿も目に入らないのか。ドゥリーヨダナもビーマもまるで子供の殴り合いのように、常の力も技の切れもなくバタバタとしている。知能も下がっているのか。口から出る互いの悪口のキレも悪い。
「このくされゴリラ!足もくさ~い!!」
「くさくねぇ!てめぇこそクセェんだよ!いろんなモン無自覚に振り撒いてんじゃねぇ殺すぞ!」
「はぁぁぁあ!?誰に向かって殺すとか言ってるんですかぁ~?貴様こそ足滑らせて死ね!」
「ギャーギャー喚きやがって死ね!」
「いい加減にしなさい!!」
マスターの鶴の一声と、へいへい~と文字通り重い腰をあげたヘクトールの物理が二人の果ての見えない殴り合いを止めた。反省の意味を込めたプラカードを首から下げたドゥリーヨダナとビーマの姿がしばらくストームボーダー内にあった。とかなかったとか。
「わし様悪くないもん!!!」