『愛の亡霊』あーあ、つまらないったらない。けれどそこはマスターたってのお願いなので、嫌で嫌でたまらなかったですけれど、仕方なく。これっぽっちもマスターからの愛なんて期待してないですけれど?あんな顔で名前なんか呼ばれてしまったら、私としてはそんなマスターをドロドロに溶かして、甘やかしてしまいたくてしょうがありませんでしたけど?そこはガマンしました。
それこそ……いつかのように地に這いつくばらせて、嫌だ嫌だなんて可愛く啼きながら私の愛を拒む貴方をまた見てみたい、なんてことは。
とにかく、えぇ。お願いを引き受けました。本当はマスターのお願いでも、私としてはあの男は逆にこれ以上もないほどグズグスに堕としてしまった方が扱いやすくなってWin-Winな気もしましたけど。だって、その要素は初めから全て持ち合わせていましたし?そう。私の大好きなものです。ほら、指先でつん、と軽くつついただけで人間の理性とかってくだらないものは簡単に崩れるものでしょう?だから、今回もそう。えい、と指先であの男の心を、魂をつついただけ。
あぁ、でも。あの時の、崩れる寸前の甘く溶け落ちる体を持て余した……なのにその熱に抗って、踠く姿を見れたのはとても愉しかったですよ?同時に、なんて憐れで醜い愛なんだろうと。でも、私はそんな愛でも受け入れますよ。それが私なので。あの傲慢な暴風の子が貴方の愛を拒んだその時は、今度こそ跡形もなく溶かして飲み込んであげましょう。
まったく、嫌で仕方ないのに……どうしてか貴方には近いものを感じています。それがとてつもなく、本当に心の底から嫌なので、できればその愛は暴風の子に丸ごと押し付けてマスターが望む吐き気のするようなハッピーエンドを迎えてくださいね。
『愛の亡霊』
少し、前から体の異変を感じていた。これは……そう、あの妙な特異点の攻略に行った後からだ。あの特異点は今思い出しただけでも吐き気がする。
ある、男がいた。其奴は愚かにも己の分を弁えずに聖杯の欠片を飲み込み、身に余る願いをかけた。この世全ての愛を受けたい、など。いかにも凡人が考えそうな願いだ。優れた者には自然とあちらから寄ってくるというもの。己を磨くこともせず、その怠惰を見ないことにしたうえに、愛されないのは他者のせいだと喚き散らす愚か者の頭を潰すのに躊躇いなどなかった。振り下ろした棍は男の頭を確かに叩き潰した……その、瞬間。わし様に触れるなにかがあった。
特に体に異常があるわけでもない。男の脳漿を思い切り浴びて、偉大で高貴なわし様の玉体がつまらん男の体液で醜く汚れてしまったことが腹立たしいだけで。
『ドゥリーヨダナ』
名を、呼ばれた。ドロドロとした体液が服を、肌を滑り落ちていく感触にサブイボをたてるわし様を呼ぶ不遜な響きがあった。
くっついてきただけの穀潰し、ビーマだ。男の体液は思いの外飛び散ってしまったらしく、そのでかい図体でマスターに跳ねることだけは阻止したらしい。頬に飛んだそれを怒りに満ちた鬼神のような顔で拭うと、のしりと足を踏み出す。
そこから先はいつも通りの流れだ。わし様の活躍に嫉妬したゴリラがわーわー負け惜しみをほざきながら手を上げてきた。なんて恥知らずな!わし様のおかげで万事解決したというのに!おかげでまたマスターから叱られてしまったではないか!わし様、なんも悪くないもんね!
「……う?」
体の中心、仮初めの心臓にチクリと。刺すような違和感がある。軽い痛みもあった。それが煩わしくて敵わんから、非常に不本意であるし……正直、あのアスクレピオスという医者はこう、威圧感があるというか……いや!怖いわけではない!断じて。ちょっとわし様への対応がしょっぱくて苦手というだけで……。医務室へ足を運び、とりあえず診察してもらおうと思っておったのだ。
――その時までは。
「あ~、やっと見つけましたよ」
いつ、そこに立っていたのか。少し離れた廊下の先で、わし様を見て妖艶に微笑むそれには見覚えがある。ありすぎて、少し鳥肌がたった。
「カーマ、神」
「なんですかぁ~、そんなこわ~い顔をされる覚えは私にはないんですけど?」
女神の第二形体、大人でも子供でもない中間の肉体。それでも表情は熟れた女のそれだ。クスクスと、形の良い唇に笑みを乗せて、こちらにゆっくりと近付いてくる。それが、たまらなく恐ろしい。……恐ろしい?
「何用だ。わし様は今、忙しい」
「ふふ、そんな美味しそうな顔しないでください。さて、面倒なので一気にいきますよ。あぁ、そうだ。うっかり死なないで下さいね?」
「は――」
とん、と。軽く胸を突く感覚があった。一瞬、そう言うに相応しい。気付かない、瞬きの間に距離を詰めたカーマ神のしなやかな右手が、わし様の胸を突いていた。速さではどうしても、アサシンの霊基を持つカーマ神には敵わない。それよりも、わし様、今こやつに攻撃された、のか?
混乱する頭を一度捨て置き、反射で出した棍を狙いも定めず振るう。無論、当たるはずもなく……やはりクスクスと愉しげに笑う女神の指先が棍の表面をゆるりと撫でて余裕綽々といった態度で避けられる。
「お前……!」
私闘は禁止されている。こんなことをされる覚えもない。何故?そんな疑問も怒りも口に出すことはできない。
「……ぁ?」
握り締めていたはずの棍が手の中から滑り落ちる。先程から感じていた心臓の痛みが、もはや無視できないほどのものとなってわし様の芯を打つ。なんだ、これは?
「いいですか?お馬鹿さんな貴方にもわかるように、優しい私が説明してあげます。今、貴方は呪いを受けています。それも、心の底から気持ちの悪い素晴らしい呪いです」
体から力が抜けて、無様に床に崩れ落ちていくしかない。他者の前に弱さを晒す、など。許されることではない。残りの力を振り絞り、なんとか腕の力で上半身だけを起こす。目の前には、カーマ神が。伸ばした白く細い指先がわし様の顎をすくう。
「人の愛ほど愚かで歪んだ呪いはないんです。貴方はそれを知っていたはずなのに、ずいぶんと軽率なことをしましたね。おかげで私はやらなくてもいいことをお願いされてとっても迷惑しています」
なんの話だ?そう問いかけようと口を開いても出るのは空気だけ。何一つまともな音にはならない。それでも女神には……いや、今のこれは魔王と呼ばれた者なのかもしれん。赤い、熟れた柘榴のような目を爛々と輝かせて、告げる。
「貴方、あの暴風を愛していますよね?」
息が。呼吸が止まる。心臓にはしる痛みは今までの比ではない。冷たい氷でも刺し込まれたのではないか、そんなふうに思うくらいには痛い。痛くて熱い。いや、冷たい?
「貴方の愛に、特異点で発生した願いが変に結び付いています。この意味、わかります?そう、そうです。その、絶望と愛欲の混ざった顔」
女神の顔をしたなにかが囁いている。それが、恐ろしい。愛の女神が。愛に溺れ堕落した人間を愛する傍迷惑でしかない神が愉しそうにしている。
暴風を愛しているか。暴風。あれは人の愛なぞ知らなかったただの獣であった。獣に人の温もりなど必要なく、人の感情すら不要であった。誰より強く、誰より輝く、ひとりで存在が成立してしまうモノ。誰かの手を必要としない。故に理解できなかった。人と人が繋がる、温もりを分かち合う、その、意味もなにもかも。その、はずだった。そうであったらよかったのに。あれは知ろうとしてしまった。知りたくなってしまった。人を、人の感情を。人の愛を。伸ばされる暖かな手の温もりを、知りたく、なってしまった。
「……め、ろ……」
酷い、音がする。脳みそを掻きむしられるようだ!
『アイ、ガホシイ』
『アイガ、ホシイ』
『アイシテホシイ』
「うる、さい!煩いうるさいうるさい!!」
女神の手を払い、耳の奥で響く声から必死に逃げようとする。この声は誰のものだ?あの特異点にいた愚かな男の声だ。いや、違う。違う?この声は、俺、なのか?
愛が、欲しい。俺だけを見ていてほしい。そんなことはないとわかっていた。それは、叶わぬ望みだ。
愛が欲しい。あれが知ろうとしたものを、俺が欲して何が悪い。俺が初めて見た。初めて欲しいと思った。誰よりも輝く強い星。遠く、果てなく遠くでひとり孤独に輝く星よ。人の熱を知りたくて堕ちてしまった星よ。
愛してほしい。その、人を愛することを知ったその指先で触れてほしい。俺は、それが欲しくて欲しくてほしくてホシクテほしく、て?
「ちがう、違う!俺は、違う!!」
「否定しないでください」
ふわり、と。香る。これは、花の香りだ。己の体からも漂う。匂いたつ、生の。性の匂い。
この顔を両手で優しく包み込むようにして、美しい女神が笑っている。嗚呼。まぶしい。あたたかい。あまく、ほどけるような。
「愛しましょう。許しましょう。貴方の愚かで醜い愛を愛しましょう。その甘やかな夢に堕ちなさい。あの男が貴方の愛を拒んだら、私が溶かしてあげましょう。貴方の愛も、欲も願いも全てを受け止めてあげましょう」
なら、もうなにも。がまんすることなんて、ない。
トンチキ野郎が変な呪いをもらった。
そう聞いたのは少し前のことだ。ダヴィンチとマスターから呼び出されてそんな話をされて……正直、まだ混乱している。だが確かに、あの特異点で聖杯の欠片に願いをかけたクソ野郎をドゥリーヨダナが問答無用でぶっ殺した時、妙な寒気がしたのを覚えている。
あの野郎は気付いてなかったみたいだし、いや……もしなんぞかあったとしても相手は天より高いプライドの持ち主。異変を口にするはずがねぇ。それが後々厄災を招くことになるとわかっていても、弱さを自ら開示するのは恥だとかくだらねぇ理由で言わねぇに決まってる。それに、もらったとされる呪いの内容がまた厄介なことこの上なかった。
おかしい、と気付いたマスターがドゥリーヨダナに気付かれないよう秘密裏にかけたスキャンの結果……あの特異点の男が聖杯の欠片に願ったもの。全ての愛を受けたいという、あれ。その願いがドゥリーヨダナの中に深く絡み付いて完全に消滅することなく、ほとんど融合に近い形で存在していることがわかった。もはや、取り除くのは不可能に近く……ならば、叶えてやればいいというぶっ飛んだ結論に達した。
そうして、俺が呼ばれた。事態収束の鍵となる、願いを叶えられる存在として。
「……来たか」
気配が、というより匂いだ。噎せかえるような花の匂いが、扉一枚隔てた先からまるで触手のように隙間をすり抜けて入り込んでくる。
愛の神、カーマ神がこの件に手を貸してくれているとマスターは言った。あの強突張りの高慢野郎が呪いの解呪……その条件に大人しく従うわけがないと。下手すりゃ自害しかねない、というマスターの判断で本人には何一つ知らせないまま事は上手く運んでいるようだった。後々真実を知ったあのクソ野郎がなんて言ってくるかを考えただけで頭が痛むが……ぐだぐだ言うようなら丸めちまえばいい。とにかく、あとは俺が気合いを入れりゃいいだけだ。
両手で頬を叩いて、この部屋に漂う甘ったるい胸焼けしそうな匂いでぼんやりしてきた意識を覚醒させる。あいつは魔性、その塊。人を甘く誘い、無意識に堕とす。あいつの笑みひとつで国が傾き、争いが起こる。毒の花。昔はあんなじゃなかった。ただの強いふりをしている人間だった。確かに、昔からいい匂いはさせていたが、こんな人を堕とすようなモンじゃなかった。
「入れよ。いるんだろ?」
声をかける。揺れる気配が一瞬ザワついて……扉が開く。そこに立っていたモノを見て、漂う匂いが強くなって腕で鼻を押さえる。
「ビーマぁ……」
舌足らずな、ガキみたいな声で俺を呼ぶこれは一体なんだ?淡い紫の髪が、昔のように長く揺れている。あの、髪に触れて。指先で梳かして。あいつの身内がそうするように、自ら作った花を、花冠で飾ってやったらどれほどうつくしいか、と……?
「っ!これほどかよ……!」
空いた方の手で肉が千切れそうなほど腿を捻る。その痛みで戻ってきた。事前に聞いちゃいたが、このトンチキの普段は抑えられているとかいう魔性を全開にするとここまでのモンになるのかよ。それが、俺だけに向けられている。俺の情けを欲して向けられている。
瑞々しい、花のような目に俺を映して。ドゥリーヨダナは……トンチキ王子のガワだけ借りたなにかがうっそりと笑う。暖かさはない。ただ、ひたすら淫靡で性の匂いをこれでもかとさせていた。
「ビーマ、ビーマ。俺の、愛した星。誰よりも強い、カミサマ。熱い、あつい。その熱が、愛が欲しい。欲しくて、ほしくてほしくて体が疼く。寂しい。さみしい、むなしい、このからだのうろを、おまえでうめて」
ゆっくりと足を進める。こいつの体から溢れ出す匂いが肉欲をこれでもかと刺激する。正直、魔羅が勃ちすぎていてぇ。それでも、獣のように襲うことはしない。これは違うと唇を噛む。
「嗚呼……もったいない」
俺の元に辿り着いたそれは、しなりとその全身を預けてくる。胸板にそっと手を添えながら、噛んだ唇から滴る血をその舌で舐めとる。ほぅ、と。恍惚とした表情で熱い息を吐く。満足そうに人様の血を啜り、口のまわりを真っ赤に染め上げて、お前は笑う。ゾッと、背中の毛が残らず立ち上がる。興奮で脳がどうにかなっちまいそうだ。
ゴツゴツとした、なのに手入れだけは欠かさずしている綺麗な爪と指がゆっくり下肢に伸びる。魔羅の滾りがドウティを押し上げて、あてられているとわかっていながら抑えようのない興奮でどうしても息があがる。今すぐその熟れた体を押し倒して、どこを喰っても甘いだろう肉に牙をたてたい。穴に突っ込んで、馬鹿みたいに腰を振って本能のまま交ざり合いたい。種をその腹に撒き散らしたい。染み込ませて孕ませた――ち、がう。違う、違う!こんなものは、そんな姿は形は違う。
「ハハッ!」
笑う。目の前で娼婦のように腰をくねらせて俺に媚びるかつての宿敵を嘲笑う。両肩を骨が軋む程強く握り締めてベッドに押し付ける。ぎしり、と。壊れそうな音を鳴らしたのはどちらか。
「ドゥリーヨダナ、てめぇはこんなもんかよ」
俺の言葉に、嘲笑に、ドゥリーヨダナの目が大きく広がる。さっきまで満ちていた淫靡な花は瞬時に枯れて、別の色が目に浮かぶ。それでも、わざとらしく俺は舌で己の唇を濡らし、牙を見せる。今からお前を喰らうと宣言する。
「こんなにも無様に簡単に押さえつけられて、ただ食い荒らされるのを待つだけの肉が、俺の唯一であるものかよ。てめぇは俺に食われながら弱々しくこの喉笛に噛み付き、両手足を折られてもその折れた骨でこの胸を突くぐらいの足掻きを見せてこそだろう?この腹で、俺の種を受けるだけのお淑やかな野郎だったのか?興醒めだな」
「ビ、ーマ、ビーマセーナぁぁああ!!」
枯れた花が燃え上がる。俺を映して憎悪と少しの愛の欠片を燃料に燃え上がる。ギラギラとした輝きに、俺だけを映して息を吹き返す。
肩に全体重をかけて押し止めているから動くはずもないってのに。手負いの獣でももっとお行儀がいい。牙を剥きながら、唸りながら殺気を向けながら。殺す、殺してやると叫びながら俺を射貫く。その輝きこそがお前で、俺が求めるモノだ。
「だから、てめぇはお呼びじゃねぇんだよ」
言って、晒された喉に食らい付く。加減なく噛み締めた歯の隙間から熱い血が流れ出す。それをじゅるじゅると啜り、これでもかといきり勃った魔羅をお望み通り腰に擦り付けてやる。
「、め……」
ごぼごぼと濁った音を鳴らす喉から血を啜り、ドゥリーヨダナと同じように口のまわりを赤に染める。ついでに外に漏れ出してきた呪いとやらを噛み砕いて飲み込む。悪食と罵られた覚えのある俺だが、こいつは今まで食ったどの食い物より不味く、二度と口にしたくない味だった。
「ご……は、……」
ヒューヒューと不自然な呼吸音を鳴らすドゥリーヨダナの喉から顔を離してゆっくり、上から見下ろす。ベッドに力なく横たわる、血塗れの男はただの人間ならとっくに絶命していてもおかしくない傷を負わされているというのに。殺意に満ちた目は俺を、俺だけを映して輝いている。さっきまでの乞うだけのモノは消え失せて、そんな無様を晒しているというのに、俺を殺そうと今もなにかを狙っている。足掻いている。その姿に酷く興奮している自分が可笑しい。
正気を取り戻したドゥリーヨダナが無駄な抵抗をするより早くその体を押さえ付け、血塗れの唇を舌で撫でてやる。先を期待してなのか、それとも喰われると悟っての恐怖からなのか。ぶるりと僅かに体を震わせたドゥリーヨダナに笑いかける。その長い髪に指先を絡ませる。もう、逃がさねぇ。
「安心して、死ね」
「もう少し、加減とか倫理観とかなんとかどうにかならんかったのか??」
あれから。の、あれからがどこからを指すのかわし様自身もよくわかっておらんが、とにかく、酷い目にあったことだけは理解している。なにせ気付いたら腹ペコの熊も泣いて逃げるような凶悪なゴリラが、わし様の……いや、やめよう。思い出しただけで死にたくなる。
「ごめんドゥリーヨダナ。でも……きっと言ったら逃げるかなと思って」
「逃げるに決まっておろう!いや、もういっそ殺してくれた方が楽……いや、なんでもない。だからそこの物騒な女神なんとかならんのか!?」
事態が収束した、と。医務室のベッドで目が覚めたわし様に、マスターは申し訳なさそうに頭を下げて言った。曰く……あの呪いが、愛されることで解呪されると。心の底に深く沈めておいたモノを勝手に暴かれて、物理的にも暴かれて。そうして解呪された。わし様を愛する者などごまんとおろうに。何故このようなことになったのか。いや、理解している。しているからこそ、本当に消えたい……。
マスターの選んだやり方に言いたいことが山ほどあったが……隣に侍っとるニコニコと機嫌がいいのか悪いのか、恐らく後者だとわし様思うワケ。いや、それわし様のせいじゃないし!?
カーマ神が文句を言おうものなら黙らせるオーラを発して、わし様をこれでもかと威嚇してくるから。いや!いやいや、怖いわけではない。ただ、ちとなんかおっかないというか、逆らってまた妙なことをされては困るだけで……できれば関わりたくない。だから神という奴は大嫌いなんだ!ふーんっ!
「やっぱり堕落させて口のひとつも開けないくらいボロボロにしてあげた方が静かで良かったんじゃないですか?」
「ダメだよ。そうすると今度は……いや、今回も結構大変だったけど……ビーマが止められなくなるからやめてあげてね?カーマとの約束はちゃんと守るから」
「ふふ、神に対して軽々しく約束なんて交わしたらダメですよマスター?」
でも、許してあげます。と、女神は肉体相応の少女の笑顔を浮かべてマスターの手を握る。これ、わし様後で多方面からフルボッコにされる案件じゃない?大丈夫?わし様の安寧大丈夫??
「ドゥリーヨダナ」
「へ?」
くるり、と。少女の女神がわし様を見る。先刻見た、堕落の女神としての顔ではなく……なにか別の顔であると思った。
ピタリ、と動きを止めたわし様の顔にゆるりと女神の手のひらが伸びる。暖かい、人の手だった。
「え……え?」
「ふふ。さて、行きましょうマスター。直に嵐が来ますから。そんなもの、見るのも触るのも私はごめんですから」
「嵐……って、うわっ!じゃ、いろいろ頑張ってね!」
そう、嫌な言葉を残してマスターたちは医務室を出て行った。ひとり残されて、やれやれと息を吐く……間もなく、それはやってきた。
扉一枚隔てていてもわかる。あのゴリラの気配を、風をわし様が違えるわけがない。煩いくらいに纏わり付いてきて、嫌な奴だ!
……心の底に深く沈めておいた。かつて見た、俺の輝きについて。それに寄せた想いについて。あれはなかったものだと、捨てようとこの手の中に握り締めて。ついに捨てることもできず、けれど壊すことはできた。だから、俺は戦い死んだ。それはひとつの結末。ひとつの終わりであった。まさか、こんな延長戦が用意されていようなど、誰が想像できよう?
「ドゥリーヨダナ」
開いた扉から現れる。今も昔も変わらない輝きを持って現れる。今は少しだけ、己の行いを振り返っておるのか。ばつの悪い……そう。悪戯をしてわし様に叱られる前のような、そんな懐かしい顔をしていた。