月鯉の結婚 -2951番目のお客様-同性同士の結婚も普通の事となって久しいけど、ウエディングプランナー10年目の私…亜麻手有珠美(あまでうすみ)はまだ、同性カップルの式を手掛けた事はなかった。
田舎だからかな。
なんて思っていたら、その時は突然やって来た。
ネットからの予約で来た男性のカップル。
ひとりは30代くらい。
小柄だけどジャケットを着ていても分かるくらいの筋肉質な体つきで、目つきが鋭くて少し怖い印象。
もうひとりは20代くらい。
背が高くて脚が長いモデル体型、褐色肌で眉毛が特徴的だけどかなりのイケメンでクールな印象だった。
申込書にプロフィールを書いてもらい、確認しながら話を進めていく。
おふたりは全国的にも有名な花沢交響楽団の一員で、入籍はしていたものの、なかなか式を挙げるタイミングがなかった、という事だった。
そんなおふたりの左手の薬指には金色の指輪が嵌められていて、室内の照明が当たってきらきらと光り輝いていた。
「ふたりだけの式を考えています」
そう言ったのは、若い男性…鯉登さんの方だった。
「式の形式など特に希望はないのですが、せっかくなので衣装は洋装も和装も着られたらと思っています」
日にちの希望を確認し、その日空いているのはチャペルの会場だったので挙式はチャペルで、和装は式の後で写真撮影をする事に決めた。
それから衣装を決めてもらう為、私はドレスサロンにおふたりを案内した。
「月島、せっかくだから普段着ない色を着るのはどうだ?これとか……」
「……そうですね……」
小柄な男性…月島さんは鯉登さんが選ぶ衣装を表情ひとつ変えず見ていた。
「私はこれにしたい」
「とてもよく似合うと思います」
ご試着も出来ますと声を掛けると、ふたりはそれならと試着し、よろしければ写真お撮りしましょうか?、と言うと、恥ずかしそうにしながらも鯉登さんが私にスマホを渡してきた。
「ありがとうございます」
ふたりとも似合っててかっこよかったけど、特に洋装は鯉登さん、和装は月島さんが似合っていた。
打ち合わせ、衣装合わせも無事に終わり、私からの提案で式の当日、チャペルでの撮影時には楽器を持った写真も撮る事にした。
「せっかくですから1曲演奏します。いいよな?月島」
「はい、勿論です」
と言ってくれたので、演奏時には仕事の入っていない職員全員がおふたりの演奏を聴ける事になった。
人気すぎてコンサートのチケットがなかなか取れないくらいの楽団員であるおふたりの演奏をタダで聴けるという事で、聴けるメンバーは皆、とても喜んだ。
式も半月後に迫ったある日、月島さんが私に相談したい事があるのでふたりで会いたいと電話をくれた。
ふたりで。
鯉登さん抜きで何だろう。
月島さんが来て話を聞くまで、私は何を相談したいのか見当がつかなかった。
「お忙しいところをすみません」
現れた月島さんはスーツ姿で、鯉登さんには内緒でお願いしたい事があると話した。
「その……ウエディングボードを用意したいんです。ふたりだけの式なので不要なのかもしれませんが、鯉登さんに何か…指輪以外で式を挙げたという証の様な、形に残るものを用意したくて……」
いつもの仏頂面ではなく、薄らと頬が赤らみ、恥ずかしそうに言う月島さん。
ほとんど鯉登さんに任せてばかりいるのかと思いきや、サプライズを考えているなんて、と、私の胸に熱く込み上げるものがあった。
「かしこまりました、お任せください。では……」
私は月島さんにある事をお願いすると、ウエディングボードの作成に取り掛かり、式の当日には間に合うように用意する事が出来た。
プロに頼む選択肢もあったが、私がおふたりの為に作りたいと思った。
式の当日。
洋装に着替え、ヘアメイクを済ませ、楽器を携えたおふたりを、私が作ったウエディングボードが入口で出迎えた。
「……これは……」
月島さんセレクトによるふたりの思い出の写真の画像を送ってもらい、それらを詰め込んで作ったウエディングボード。
一緒に見た桜の写真をメインに、ふたりで旅行した時の景色の写真をハートの型に切り抜いてデコレーションし、中央に『結』の文字とふたりの名前を入れた。
「ご結婚おめでとうございます。こちらは月島様から鯉登様へのプレゼントです」
ウエディングボードを見つめている鯉登さんに私は言った。
「ないごて……」
「あなたの記憶に残るような、喜んでもらえるような事をしたかったんです」
見つめあい、頬を赤く染めるふたり。
鯉登さんの眦には光るものがあるように見えた。
「こげんと用意すっなんて……」
嬉しか。
わっぜ嬉しか。
そう言って、鯉登さんは楽器を持ったまま月島さんに寄り添った。
サプライズ、大成功。
おふたりの姿に、泣きそうになった。
その後、おふたりは記念撮影の後、挙式のリハーサルを経て挙式を行い、それから集まったスタッフの為に演奏してくれた。
モーツァルトの『フィガロの結婚』。
おふたりの生演奏はかっこよくて、美しくて。
SNS等に投稿しなければ撮影していいというお話を頂けたので、その場にいたスタッフ全員が撮影をしていた。
私は演奏しているおふたりの穏やかな表情を何枚か撮影し、後はおふたりが奏でるメロディーに酔いしれていた。
それからおふたりは和装に着替え、外の天気が良かったので近所にある神社で写真撮影をした。
紫色の羽織にグレーの袴の月島さんと、白い羽織に緑色のグラデーションカラーの袴の鯉登さん。
「笑顔でお願いします!!」
カメラマンにそう言われたおふたりは、はにかみながらも素敵な笑顔を見せてくれた。
こうして、私にとって初めての同性カップルであり、通算2951番目のお客様は、結婚式を無事に終え、後日おふたりからは感謝の御手紙と共にコンサートのチケットを1枚送ってくれた。
以来、私はすっかりおふたりのファンになり、コンサートのチケットをゲットする事に情熱を燃やし続けている。