gift「当ててみろよ、オレの欲しいもの」
三井には翻弄されてばかりだ。思えば出会ってから約ニ年、ずっとそうだった。
恋人同士となった今、少しくらい仕返しをしてやりたいと思い、松本から仕掛けてみるもことごとく返り討ちにされている。
だからこそ来たる五月二十二日、三井の誕生日では三井を見返してやろうと松本はサプライズの計画を入念に練っていた。その矢先に浴びせられたのが冒頭の一言である。
あぁ、また先手を取られてしまった。
「三井の欲しいもの…バスケ関連か?」
間違ってはいないはずだ。松本もバッシュやウェアなど常に欲しいと思っている。喜んでくれるだろうが、どうせならもっと恋人らしい物を贈りたい。
「指輪……は重いか」
それはもっと別のタイミングがあるはずだ。
三井の誕生日まであと一週間。松本はこの日のために密かにアルバイトで貯めた資金を握りしめ、銀座の百貨店の中をウロウロと彷徨っていた。高価な物ほど喜ばれる、などとは思っていないが三井の身につけている物はブランド物が多い。財布にしろボディバッグにしろ大学生が気軽に買える値段ではないはずだ。以前それとなく自分で買ったのかと聞いてみたことがある。
「これ?なんか貰ったやつ」
誰に、と問い詰めれば両親にと答えられホッとする。息子にはいい物を身につけてほしいと思うのは立派な親の愛情だ。自分だってそうだ。長く使えるいい物を贈りたい。
三井が欲しいもの、自分が贈りたいもの…それは何だと考えながら歩いているとショーケースに飾られたある物が松本の足を止めた。
「お邪魔します」
普段は乱暴な喋り方をする事が多い三井だが、たまに育ちの良さが滲み出るところも彼の好きなところのひとつだ。脱いだ靴を揃える所作も美しい。
ついに来た三井の誕生日、松本は三井に緊張を悟られないように部屋の奥へ促した。
誕生日の夜は二人で過ごしたい、そう言い出したのは三井の方だった。ひく手数多の三井を独り占めできる喜びを抑えきれず、大学の食堂にいる事も忘れてその場で彼を抱きしめてしまったのは記憶に新しい。腕の中で顔を真っ赤にしてやめろと暴れる三井を思い出し口元が緩む。
手料理とケーキでもてなせば頬をぱんぱんにして美味い美味いと上機嫌になる恋人。これを幸せと呼ばずして何と言おうか。きっと今鏡を見たらだらしない顔をしているに違いない。松本はキュッと気を引き締め、ソファの脇に隠してあった手提げ袋を取り出した。
「改めて、誕生日おめでとう!三井」
「む……おう、ありがと!」
咀嚼しているものを飲み込んでから口元を拭い、目一杯の笑顔で松本からのプレゼントを受け取る三井。これだけで白米が進みそうだ。
「お前が欲しいもの、結局分からなかった。でも、これが今俺がお前に贈りたいものだ」
そう正直に告げる松本に三井は彼らしいなと思い、受け取ったものに視線を移す。見覚えのあるショッパーに目を見開いた。
「ばっ!お前これめちゃくちゃ高いんじゃねぇのか!?」
「いいから開けてくれよ」
三井は松本に自分が高価な物を要求していると取られてしまったのかと自分の言動を後悔した。袋の中から綺麗にラッピングされた箱を取り出し、リボンを解く。
「お前が使ってる財布と同じデザインだなぁと思って」
黒のレザーに四隅に白いステッチが入った財布は大学への進学祝いに母が贈ってくれたものだった。シンプルなデザインを三井も気に入っている。
「これ……」
箱の中身はキーケースだった。三井の所持している財布同様ステッチが施されている。
やはり高価な物だ。嬉しいが松本の誕生日までに金を貯めねばと三井が決意した時、持ち上げたキーケースからチャリ、と音がした。
「あ?何か鍵付いて……!!」
三井はシュバっと音が出てそうな勢いで松本の顔を見た。
「あー…それ、ここの、うちの鍵なんだが」
話しながらみるみる赤くなっていく松本の顔を見ながら、三井も伝染したように頬を染めた。だってそれってそういう事だよな?だとしたら嬉しすぎる、と声にならない喜びを抑えきれず身体をぷるぷると震わせる。
「貰ってくれるか?」
「あ、当たり前だろ!」
三井は松本に飛びつくように抱きついた。
「わっ、…ふふ、もしかして正解だったか?」
「うぅ〜っ、正解超えてるよバカぁ」
「バカはねぇだろ?」
「ん、ありがとな松本」
チュッと可愛い音を立てて三井から口づけた。
大学生は意外と忙しい。それもバスケ強豪校となれば尚更だ。夜遅くまで練習。休日は試合。合間を縫ってアルバイト。
恋人同士になったからといってそれらは変わるわけではなく、二人きりで過ごす時間は少なかった。だからこそ三井は誕生日だけは二人で過ごしたかった。松本と過ごせる時間、それだけで立派な誕生日プレゼントだと思っていた。
「いつでも来ていい?」
「あぁ」
「勝手にキッチン使ってお前の分のメシとかも作っていい?」
「お前さえ良ければ」
「そのままここに住んじまうかも」
「いいよ。ちょっと狭いけどな」
よっしゃーと松本に抱きついたままぐりぐりと頭を擦り付けてくる三井はあらかた大型犬のようで、それに応えるように松本は三井の頭を撫で回す。
「あ、ひとつ約束」
「なに?」
「次ここに来る時、いや帰ってくる時はお邪魔しますじゃなくて、ただいまって言うこと」
松本の言葉に目を輝かせた三井は松本の腕の中で叫んだ。
「ただいま!」
松本は早いよと笑いながらいつもより一段と可愛く思える恋人を抱きしめた。
「おかえり、三井」