〖稔〗 ネン・みのる・とし
1.
穀物がよくできる。みのる。
「豊稔」
2.
植物が生殖する。
「稔性(=実(み)のなる性質)・不稔性」
ここから私の松本=米農家跡取り説が生まれました。
俺の実家は秋田ではないが、地元では有数の米農家だった。その家で長男として生まれた俺は、小さな頃から「稔は跡継ぎなのだから」と言われて育った。
⇒長男信仰の強い土地柄の子。松本自身は長男だからえらいとかいう思考はないけど、周囲は松本をそういう目で見ている。あと妹がいる。
「お前らもすごかった。さすが最強」
⇒まじで嫌味なく言う三井。
胸に触れたわずかな熱だけが、今でもずっと心に残っている。
⇒物分りがよい子として育ってきたから、親に歯向かったのは山王にはいる時ぐらい。
湘北戦で燃え尽きた松本は全ての熱を失ってしまったと思っていたが、三井との出会いで再び熱が灯る。
テーブルの上に、監督や先生が協力して集めてくれた奨学金や大学関係の資料を置く。
⇒堂本監督にはバスケ強豪の推薦もとれると言われたが農業に強い大学を選んだ。
「お父さん、お母さん。わがままを言っているのはわかっています」
⇒お父さんお母さんって呼んでてほしい。
「...好きにしろ」
がた、っと椅子を引く音がして顔を上げると、父親が俺の頭に手を置いて二度撫でた。
「インターハイ、惜しかったな」
⇒実はこっそり観に来てきた松本パパ。自分が農家の跡取りだから継いで欲しい気持ちが強いけど、大舞台で戦う息子を見て気持ちが揺らいでいた。
反対して簡単に引くぐらいなら、と思っていたが引かない息子に心動かされた。
押し付けられるチラシを手で制しながら講堂を目指すと、人に囲まれながらも頭ひとつ飛び抜けている男の後ろ姿があった。男もチラシを断ってるようだが、次から次へと形成される人だかりに戸惑っているようだった。
⇒人たらし三井。
「まぁ俺はさ、なんとか入れるところ選んだだけだし。だけどお前ならもっと強ぇとこ行けたんじゃ」
⇒まじでここにしか入れなかったし学部も選べなかった。
これが俺の頑張れる源だったんだなと今更になって気がついて、顔が熱くなる。
⇒恋じゃーん!
各々が自分の持ち場を片してる中、俺と三井は並んでフロアにモップをかけていた。
⇒ふたりとも皆と仲良くやれてるけど、ふたりが特別仲良しなのでだいたいセットで雑用やらされてる。
「おい、ちゃんとやれ。俺から離れるなよ」
⇒ナチュラルに勘違いさせそうなことを言う松本はいる。
松本は真っすぐとは言えない軌道で、三井の背中を追いかけた。
⇒几帳面な松本がふらふらと蛇行しながらモップかけるなんて…と周りに見守られてる。三井の影響がちょっとずつ出始めているが松本は気付いていない。三井はすごく楽しそう。
勝率は、いまのところわずかに俺がリード。
⇒全体的な能力はやっぱり松本のほうが上。松本はスリーも上手い。
「体力なさすぎるぞ。もっと食え」
⇒銭湯のたび「細…」と思っていた心の声が漏れてる。
「お前よく見ると男前だよなぁ」
⇒自分の顔の良さに気がついてはいるが、それ以上に松本の顔が好きな三井。
「お、褒め合いするか?」
⇒かまって欲しい三井。
そういえば、三井の誕生日っていつなんだろう。
⇒松本は秋産まれ。実りの秋。
放り出していたペンを握り、机に向き直る。よし、と課題に取り組もうとしたら、横から聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
⇒ちなみに松本がやった課題は、三井がツテで手に入れた過去問と交換でそのまま三井に流れることがままある。
「起きてる、ぞ」
⇒寝たふりっていうより、気配に敏感だと可愛いね。
「寝込み襲うなんてやらし」
⇒やーらし、と悩みました。
あ、終わったかも。
答え合わせのないままに、奈落の底に転げ落ちている気分。
⇒松本は頭がいいので先読みして自己完結しがち。
ダンゴムシが人の言葉を話す。
⇒松本からしたら、このやりとりは内省に近い。
なぜ三井なのか?とか俺は男が好きなのか?とか。だから三井本人というよりも自己投影がしやすいように三井にはダンゴムシになってもらった。ダンゴム三。
なぜか今このタイミングで、ダンゴムシが多い土はよい土だとの祖父の教えを思い出した。
⇒ダンゴムシは土に潜るので、土を掘り起こして柔らかいよい土になるのだそうです。
『良い土は手をかけてやんなきゃなんねぇ、それにはこうして小さな虫たちにも愛をかけてやんなきゃなんねぇ。稔、お前は愛のある男になれよ』
⇒松本は三井に翻弄されたりと、少し他人からの影響を受けやすい部分があると思う。真っ当に育てばいいんだけど、ねじ曲がってしまわないように、お祖父様が見守ってくれているのでしょう。
「お前のことべつに嫌いじゃねぇし、でも付き合うほど、なんつーか決め手もまだ俺の中になくて」
⇒キスされても本当に嫌ではなかった。でもそれは女の子にされても同じ感想を抱くだろうな。ってことはどういうことだ…?えーい、やっぱり俺たちはバスケでケリつけたほうがはやいな!恋愛IQは低めの三井。
「なんだよ。俺には勝てないか?それならそれで話は終わりだ」
「俺がお前に負けるだって?まさか」
「なら、勝ってみせろよ」
⇒煽り三と煽られ松。
バスケのことになると引けない男たちだからこそ、仲良しになれた。
それまでは、夜のワンオンワンはおあずけということにした。
⇒唐突に意味深だけどまじでなんもない。
試合開始の電子音とともにボールを追うと、三井が先にこぼれ落ちたボールを拾う。バチリと目が合えば、そこに火花が散る。
⇒負けませんけど???は???
あくまでも試合の目的は敵チームに勝つこと。そこだけはお互い線を引きながら、正々堂々とスリーを狙い合う。いつもよりも精度の高い俺たちのシュートのおかげで、試合自体は順調にリードを拡げていけた。
⇒周り「あいつら妙に気合入ってんな」
「引き分けなんてだせぇよな?」
⇒逃げんのか?あ?
「そりゃあ、そうだな」
⇒は?逃げませんけど??
スリーポイントラインよりも遥か遠い位置。
だけど、この距離を越えられなきゃお前を抱き締められないというのなら。
⇒センターラインに近い位置。周りからは勝ってる側の戯れ(外れても試合がひっくりかえることはないほどの点差があったから)に思われているが、三井だけが松本の狙いを知っている。
「ヨッシー先輩さ、最後ぐらい俺にパスくれてもよかったんじゃね?」
⇒先輩は基本、あだ名+先輩呼び。
ユキヒロ先輩、ノッチ先輩、オーイシ先輩など。
もれなく先輩に好かれる三井。
ただ、俺は勝負の結果を強要するつもりは最初からなかった。
⇒勝負からは逃げない男松本。だけど勝負の結果で三井を囲もうとするのは嫌なタイプ。あくまでも自主性をだな…とか面倒なこと言う男。
「俺見に行ったんだ。あのバスケットコート。そしたらお前、毎日いるじゃん」
⇒松本以外にも友だちいるけど、バイトとか飲み会とかの話しかしないからつまんね、ってなってた三井。
たまたま近くに用事があったからコートを覗いてみたら汗だくでフラフラになりながらスリーの練習してる松本を見つけてしまう。男だけど、めちゃくちゃかっこいいと思った。
「どうしよう。俺、お前のこと好きになっちゃった」
⇒初めは本当に勝敗でどうするか決めようと思ってた。でも毎日フラフラで練習する姿や、最後まで諦めない姿に心を打たれて、松本に惚れてしまったことにようやく気がついた三井。
「お前ともう一度勝負できて嬉しかった。ありがとな」
⇒実は三井は松本ともう一度対戦したかったが、同じチームだしそれはもう叶わないと諦めていた。だけど、通常の試合とは形は違えど、お互いが本気でぶつかりあい競い合えたことが心底楽しく嬉しかった。初めて話したあの廊下での約束が、ようやく果たせたから。
『愛のある男になれよ』
⇒ふたりとも、愛のある男になれ。