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    特異点の向こう側

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    フィガロと晶、夢十夜パロディ

    夢十夜第一夜
     こんな夢を見た。
     むかしむかし、しんしんと降り積もる雪の中に小さな村があった。そこには「神様」と呼ばれる者がいた。神様は村人たちによって丁寧にしつらえられた箱庭におわしめた。神様の世話をするのは決まった女で、やがて歳をとり、息を引き取ると、また新しい女になった。神様が指示したわけでもないが、決まって彼女たちは楚々としていて生涯清らかなままでいるらしい。神様は特に何も思わなかった。そういうものであったから。
     神様は土地には豊穣を、村には安寧を、子どもには祝福を、故人には安息を与えた。その度に村人たちは膝をつき、祈りを捧げ、涙を流し、感謝を口にした。神様は特に何も言わなかった。それが神様の当たり前であったからだ。
     神様はいつもひとりぼっちだった。しかし、その孤独こそが神様を神様とたらしめていた。神様はそれを不満には思わなかった。それが神様の普通だったからだ。
     ある日、村は大きな雪崩に呑み込まれた。村だった場所は初めから無かったもののように、全てが白で塗りつぶされた。神様は呆然として、その場に立ち尽くした。神様だけが生き残った。神様は人間とはちがう生き物だったから。
     ◾︎◾︎は呟いた。
    「神様」
     無神論者の◾︎◾︎は言う。
    「神様」

    第二夜
     こんな夢を見た。
     仰向けに寝た女が静かな声で「もう死にます」と言う。髪は美しい鳶色で、まだわずかに幼さを残したような柔らかい輪郭をしていた。白い頬には薄桃の色が差して、薄い唇の血色も良い。まるで、庭で咲くあの花のようだ。死の近い人間だとは到底思えなかった。それでも、女はまた「もう死にます」と静かに、しかし、はっきりとそう言った。そこでこれは確かにもう死ぬなと確信した。「そう、もう死ぬんだね」と女を上から覗き込むような形で聞いてみた。女は「死にますとも」と言いながら、ぱちりと瞠目した。枝垂がちな長い睫毛に包まれた瞳は、凪いだ海のような静謐そのものだ。潤んだその瞳の中に自分の姿が判然と映し出されている。
     この透き通るほど深く見えるこの眼の鮮やかさを見つめて、これでも死ぬのかと思った。それで、女の耳元へ口を寄せて「死ぬのかい、大丈夫だろうね」とまた聞き返した。すると女は眠たげに目を瞠ったまま、やっぱり静かな声で「でも、死ぬんです。仕方がないでしょう?」と言った。
     じゃあ、◾︎◾︎の顔が見えるかい?と一心に聞くと、「見えるかい? って、あなた、そこに映っているでしょう」と女は言って微笑んでみせた。口を噤んで、枕元から顔を離した。腕組みをして、どうしても死ぬのかなと考える。
     しばらくして、女がまたこう言った。
    「死んだら、桜の木の下に埋めてください。真珠貝で穴を掘って。天から落ちてくる星のかけらを墓標の代わりに置いてください。また逢いに行きますから」
     女は平時と変わらない笑みをたたえた。「いつ、逢いに来るの」と聞いた。
    「百年待っていてください」
     女は答えた。どこか意を決したように声に緊張が見えた。
    「百年か」
     女の白くまろい手をじっと見つめた。女は
    「長いですか」
    「いいや。今まで生きてきた永さに比べたら瞬きのようなものだよ。でも、」
    「でも?」
    「きみのいない百年は初めてだからね。どうだろう」
     女は笑った。この世界で誰よりも美しい笑みをしていた。
    「百年待っていてください。きっと逢いにきますから」
     ただ待っていると答えた。すると、瞳の中に鮮やかに浮かんでいた自分の像がぼんやりと崩れて溶けた。静寂に包まれた水面がさざめいて乱れるように、流れ出したと思ったら、女の眼はパチリと閉じた。長い睫毛の間から一筋の涙が頬へ伝った。──もう死んでいた。
     庭に出て、鈍色に輝く真珠貝で穴を掘った。真珠貝は土を掬うたびに、月の光を反射させてきらきらと光彩を放った。どこか懐かしいような湿った土の匂いもした。穴はしばらくすると掘れた。女をその中に入れる。そして柔らかい土を上からそっとかけた。かけるたびに真珠貝の裏に月の光が差し込んだ。
     それから、迷子になって地上へ落ちてきた星のかけらを拾い集めた。ひんやりとした星のかけらたちはさらさらとしていて、指の隙間からこぼれ落ちる。星のかけらは丸かった。宇宙を旅する間に角が取れて滑らかになったのだろう。丁寧に丁寧に抱き上げて、土の上に被せた。
     木の幹にもたれこんだ。これから百年の間、こうして待っているんだなと考えながら、腕組みをして丸い墓石を眺めた。やがて太陽が西へ沈む。一つ。じっと佇んでいるとまた東から太陽が顔を出す。それからまた日が落ちる。二つ。頭の上を何度も太陽が通り越していく。けれども百年はまだ来ない。生きた年月は遥か悠久の時であったが、これほど長い百年はなかった。苔の生えた墓石を眺めながら、段々と猜疑の心で溺れてしまいそうになった。
     すると、丸い石の隙間から猫が甘えてくるように青々とした茎が伸びてきた。見ている間に長くなって、ちょうど胸のあたりまできてとまった。と思うと、すらりと揺らぐ茎の頂に、わずかに首を傾けたような細長い一輪の蕾が、ふっくらと花びらを開いた。真白な百合が鼻の先で酷くこたえるほど匂った。そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。首を前へ出して冷たい露のしたたる、白い花弁に接吻した。百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
    「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。
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