Melt 遠くでメロディチャイムが流れている。柔らかな茜色に包まれた教室で、晶は人を待っていた。教室には既に晶の姿以外ない。鞄から飴を取り出して口に入れる。ふんわりと桃の香りが鼻を抜けて、みずみずしい甘さが舌の上でほどけていく。最近のお気に入りだ。
「晶」
教室の扉が開かれて現れたのは、着崩されていない制服と学帽、汚れのない白手袋、片耳の鈍色に光るピアスが特徴的な青年だった。神秘的なヘテロクロミアは先天的なものらしい。
「オーエン!」
晶は破顔すると、鞄を持って席を立つ。黒い猫のキーホルダーが勢いよく揺れた。廊下には横に並んだ影が長く伸びている。薄明の中を揺蕩うように二人は廊下を進んでいった。オーエンがふと足を止めたので、晶も立ち止まる。
「なんか甘いにおいがする」
「えっ、なんだろう……?」
そう首を傾げたところで、晶は自分が飴を舐めていることを思い出した。
「あ、この飴かな?」
「ふうん、何味?」
鞄の中にはまだ何個か残っている。それを取り出そうとした瞬間、晶の上に影が落ちた。
「こ────」
一瞬、オーエンのシャンプーの香りが強く香った。黄昏の金と朱のヘテロクロミアに吸い込まれていく。晶の唇が言葉の続きを紡ぐことはなかった。
塞がれた唇の感触は柔らかくて、自分とは異なるその体温はほんのわずかだけ晶よりも熱い。思考が停止して、何も考えることができなくなる。まわりの景色がスローモーションのようにゆっくりと流れていく。
触れていた時間自体は数秒にしかならなかったかもしれない。けれど、それは永遠を引き延ばしたような時間だった。その熱が離れてから、晶のまわりの時間は再び正常に流れ始め、ふわふわとした意識が再生される。まるで永遠の一瞬を掴んだ気分だった。心臓がばくばくと音を立て、沸騰した血が全身を駆け巡る。顔が酷く熱い。
「ん、もも味だ」
ぺろりと唇を舐め取って、オーエンは事も無げにそう言った。力が抜けてふらつく晶の両腕を支えるように掴んだまま、じっと晶を見つめている。晶はうっかり心臓が止まるところだった。
「…………普通に聞いてくれれば、答えます」
まだ心臓の音がうるさい。飴玉は変わらずに口内にあるのに、先程よりひどく甘ったるい気がした。
「なあに? 嫌だった?」
オーエンが晶の顔を覗き込みながら、口角を上げる。分かっていて聞いてくるのだから、彼は本当に意地が悪い。晶は顔を両手で覆いながら、消え入りそうな声で言った。
「…………嫌じゃないから、困る……」
「ふふ」