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    snow

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    snow

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    P5R明主の三学期後を本気出して考えた

    なんねんたっても これで終わるんだ、と一種満足感さえ得ていた意識がまた形をとる。自分が今どこにいるのか一瞬わからなくなる感覚。あのクソ忌々しく押しつけがましい『現実』とやらにまた戻ってしまったのか。けれど、それにしてはあたりの様子がおかしかった。人の気配がわかる半個室。目の前にはパソコンのモニターが光っている。どこかのネットカフェだろうここは、俺自身ではなかなか選ばないだろう場所だった。今度こそ誰かの策略ではないだろう。明智吾郎がここに存在させられる意味が分からないからだ。
    「たしか、あれから……」
     一月からこっち、悪夢みたいな現実では定かでなかった記憶。あの男が知らなかったのだろうそれがじわじわと蘇ってくる。
     獅堂のパレスで最後に言い残された再戦の約束。認めたくはないが、そのおかげでぎりぎり生還できたようなものだった。自分と同じ顔をした腹の立つ人形をぶっ殺して、あとはなりふり構わず全力で逃げ、しばらくパレスのセーフルームで体を休めて、現実へと戻る。獅堂の手がもう回ってしまっているだろうから、家に帰るわけにはいかなかった。身の安全を確保しようにも『改心』が果たされるまでは警察さえ危険だ。ありったけの現金をさっとかき集め、ほとぼりが冷めるまでネットカフェを転々として。そうして、今へと至る。
     そうだ、自分は出頭を選ばなかったのだ。出頭するにはまだ、消されない確証が足りなかった。なりふり構わず生きたいと思っているわけでもないが、無駄死にはごめんだった。けれど、もう獅堂の罪は実証されていることだろう。あのままだとたぶん、あいつの自首による証言で。
     それはとても、業腹なことに思えた。
     ずっとオフにしていた携帯を取り出して一つの連絡先を呼び出す。
    「もしもし? お久しぶりです。ひとつ、お願いがあって……」


     出頭して証言し、さらに証拠を提供する代わりにアイツにだけは絶対に教えないでほしいと告げた、その条件はどうやら守られたらしい。
    「彼、今日故郷へ帰ったわよ」
    「へえ、それは何よりですね」
     仕事のついでに面会に来た新島冴がぼやくように言ったのに笑顔で返してやる。約束をきちんと守ってくれた人間は丁寧に遇するべきだ。まあ、取引なので当然だが。
    「……あなたのこと、ずいぶん気にしていたわよ」
    「そうですか」
     さらりと受け流して微笑むと、こちらの意思を組んだ彼女は深いため息ひとつで話を終わらせた。
     もう二度とアイツに会う気などなかった。
     再戦を果たせるようになることなどもうない。俺の罪は命以外のものであがなえるはずもない。過去の殺人犯で死刑になった平均殺害人数などとうに超えている。未成年であることや情状酌量があるといえ、そんなものに縋る気などさらさらなかった。
     獅堂と一緒に地獄に落ちる。
     俺の最初のプランとはだいぶ変わったが、まあ、死なばもろともでも構わない。獅堂の首を俺が取れると思えば、十二分に満足のいく結果だった。
     けれど。
    「ああそうだ。あなたの弁護は、私が担当することになったから」
    「……は?」
    「獅堂の件もそろそろ立件関係は片付きそうだからね。弁護士になることにしたのよ。あなたが最初のクライアントね。必ず勝ってみせるわ。あ、念のため言っておくけれど、もう決まったことよ」
     そう言って得意げに笑った相手に、俺ができたことと言えば、余計なことを……と声を絞り出すくらいだった。
    「何を言ってるの? あなたの事件なんて、獅堂関係の最たるものでしょう。それを私が戦わなくてどうするのよ。あなたの減刑分を獅堂にきちんと乗せてやるまで、徹底的にやるわ」
     公安と地検にも根回しは終わっているの。浮かべられた勝気な微笑みは、彼女のパレスで見たものとよく似ていながら、それよりもずっと晴れやかだった。焦りとストレスゆえの歪みはもうない。『改心』が上手く行っているようで。心の中で吐き捨てる。
    「……それはそれは、心強いですね」
    「あら、ずいぶんお世辞が下手になったのね」
     何が面白いのか、上機嫌に笑みを崩さぬまままた来るわと席を立つ背中に、塩を撒いてやりたい気持ちだった。

     長い裁判が終わって、実刑は免れなかったものの、それすらも想定より短く。勝ち誇った渾身のドヤ顔を披露した冴さんにはもう苦笑しか出なかった。
     わざわざ刑期を伸ばしてやるのも業腹だった俺は、刑務所でも模範囚としてのびのびと過ごしていた。欲しい嗜好品も特になかったが、楯突くメリットもまったくない。面会にはたまに冴さんが来るだけで、他にはどこから嗅ぎつけたのか記者がひとりくらいだ。それも取材を何度か断ってからはぱったりと来なくなった。つつがなく釈放の日を迎え、名残惜しくもない刑務所をあとにする。別に今後生きている意味もないが、積極的に死ぬ理由もない。この後は冴さんが手配したとかいう更生保護施設の人間が来るはずだ。保護施設というだけあって、さぞかしお偉く熱意のあるやつが来るのだろう。この後の面倒なやり取りを憂鬱に思いながら扉をくぐってふと顔を上げれば、そこに。
    「…………は?」
    「久しぶりだな、明智」
     記憶と変わらない癖毛と、記憶より大人びた顔。灰色の目を細めてふてぶてしく笑う表情は眼鏡に隠れておらず、ジョーカーと呼ばれていた姿を思い起こさせた。見間違いかと思いたかったが、明らかに視線は俺を捉えているし、しっかりとこちらの名前を呼んでいる。
    「なんでおまえがここに……」
    「更生保護施設に行くって聞いてただろ。それが俺。驚いたか?」
     ふ、と口の端を吊り上げた顔に無性に腹が立ち、舌打ちが漏れる。
    「行儀悪いぞ」
    「今更おまえに取り繕う必要があるかよ、クソ野郎。なんでおまえが俺を引き取るなんて馬鹿みたいな事態になってるんだ? そもそも、俺のことは口止めしてたはずだが」
    「傍聴が認められない非公開だったとしても、刑事事件の裁判情報は基本的に公開されるからな。ずっと調べてたんだ。生きてるならおまえが出頭しないはずないと思ったし、あのときは実際そうしてたしな。冴さんにはこっちから連絡してちょっと協力をお願いしただけで、向こうからバラされたわけじゃないぞ」
     ばらしていなくてもちょっとどころじゃない協力をしているはずだと突っ込んでやろうと思ったが、コイツには何を言っても堪えないだろう。暖簾に腕押しになるのがオチだ。結局口から出たのは他愛無い嫌味ひとつだけだった。
    「……まるで探偵みたいだね」
    「探偵王子からお認めいただいて光栄だ」
    「ああ言えばこう言う……クソ、それはもういいよ。で、何? 僕はおまえに世話になれと?」
    「うん。まあ、とりあえずおまえの荷物は預かってるから、今日くらいは一緒に来てくれ。その後のことはまた相談で」
    「……わかった」
     手振りだけで背後の車を示され、おとなしく助手席に収まる。これ以上文句を言っても無駄だし、他に行く宛があるわけでもない。こちらがかちりとシートベルトを締めたのを確認し、手慣れた様子で発進させる動きにまたひとつ過ぎた年月を見た。
     とりあえず、ほとぼりが冷めたら絶対に自動車運転免許を取得しようと思う。

     通された部屋のソファに座り、流れるように出されたコーヒーを口にする。想像以上に本格的な味がした。喫茶店の味だ。あの寂れた喫茶店で、彼の帰りをわざわざ待っていたときに飲んでいたコーヒーの味。
    「ルブランの味だね」
    「ああ……あれからずっと趣味みたいになってて。こないだやっと免許皆伝だだって言われたんだ。その辺の喫茶店には負けないと思うぞ」
     ちら、と目をやったキッチンには確かに本格的な機材が揃っている。趣味と言うには少し不釣り合いなほどだ。随分と年季が入ったものも混じっているのは、あのマスターから譲り受けでもしたのだろうか。不器用に父親面をしていた彼を思い出す。コイツは癖のある人物ばかりと関わって、その全員を絆していた。その一員に自分がいるとは思いたくないけれど。
    「口にあったようで何より」
     そう嘯きながらほのかに微笑んで、自分もマグカップを持ったまま隣に座ってきたコイツから思わず距離を取る。なんでわざわざ隣なんだ。他に座るところがなくても対面とかに座れよ。心の中で悪態をつく僕を気にかけた様子もなく落ち着いてゆっくりとコーヒーを飲み、やっと口火を切った。
    「まず最初に、本当はおまえは別に施設に世話になる必要はないってことから話そうか」
    「え?」
    「獅童が仮釈放のときに、おまえの分の保釈金を払ったのは知ってるな? その時に、おまえ名義の口座に慰謝料兼養育費を振り込んでるんだ。金額は聞いてないけど、相当な額らしい」
    「何それ、聞いてないけど」
    「伝えたら絶対受け取らないだろうからってさ。ああ、明智の私物はここで保管してる。冴さんにお礼言っておけよ。俺が引き取るまで、全部事務所で保管しててくれたらしいから」
    「……処分していいって言ったのに」
    「見てくるか? あっちの部屋だけど」
     拗ねたような声音になった自覚はあった。それをあえて聞こえなかったように促した彼に軽く頷く。こっち、と先導するのについていけば、ひと部屋にダンボールが数箱だけ積まれている。とりあえず手近な一番上の箱を開けると、見覚えのある小物が詰め込まれていた。仮釈放中に適当に処分のため詰め込んだ、昔の私物。その辺に箱を下ろしては開けていく。確かに数年前に詰め込んだ覚えがあるものばかりだ。なくなっているものも特にない。疑ってもいないが。通帳だの実印だのは鞄に放り込んで刑務所に預けていたから、貴重品以外のすべてを保管してくれていたのだ。まめなことで。そうまでする義理はないだろうに。
    「本当に全部あるね」
    「処分費のほうが高くつきそうだったんだもの、だってさ」
     似ていない声真似をした男は無視することを決め込み、屈み込んだ姿勢から立ち上がった。あとは通帳記入すれば振り込まれているらしい金額が確認できるのだろう。当座の生活に問題がないことは理解した。
    「で、これを見せて君はどうしたいのかな」
    「うん。更生支援のメインの業務は社会復帰支援なんだけど、まあ当座の現金と住処があれば、実際明智なら暮らせるだろ?」
    「まあそうだね。仕事を見つけられるかどうかだけど、その辺はどうにでもなるだろうし。……アイツの金に頼るとか死んでも嫌だけど」
    「そういうと思った。だから、これは俺の提案なんだが、ここに住まないか?」
     こちらをじっと見つめた無表情な顔に反して、声音はほんの少し躊躇うような響きがあった。
    「俺との同居にはなるけど、生活費は当面の間立て替えるし、就職の際なんかの保証人は俺が務める。嫌なら断ってくれていい。物件探しは手伝うし、ちゃんとした更生保護施設も紹介できる。今の俺は保護司でもないからな」
    「それなのに僕の引取りを申し出たと?」
    「一応今までも何人か受け入れてる。さすがに同じ家にじゃないけど。本当は保護司になりたかったんだけど、俺の経歴上、認定されなかったから、実際はただの名義も何にもない民間ボランティアだ。主に少年犯罪だけど。前歴があってもやり直せるって思ってほしいからな。世間は優しくないけど、それでも俺はたくさん助けてもらったから」
    「随分とご立派な志だね」
    「明智はそう言うと思った」
     ご高説を鼻で笑った僕に、むしろ嬉しそうに微笑んだコイツはどうにもやりづらい。苛立つ感情をそのまま言葉に変えてぶつける。
    「それで? 前歴持ちになった僕に、お優しい君が手を差し伸べてやろうって? 随分と高みから物を言うんだね」
    「それは違う」
     眇めた瞳を射抜くような視線の強さ。それと相反するような言葉を探す口元の動き。何度か口を開きかけては閉じを繰り返し、ふ、と深くため息をついて、一度瞳が閉じられる。再度開いた目はわずかに潤んで、それでも強く光っていた。
    「俺は、明智に生きていてほしいんだ。俺にわかるところで」
    「いきなり何?」
    「あのな。何回俺がおまえの盆を迎えたと思う? もう馬も牛もめちゃくちゃ上手く作れるぞ俺は。作っては俺のとこなんかに帰ってくるはずないなって思って、それでもおまえを迎えたくてさ。あと、他の誰よりも全力で迎えられるんだぞって言ってやりたくて。なんで俺は幽霊が見えないんだって悔しくなって、修行を考えたこともある。なのに死んだなんて信じられなくて、わずかな可能性にかけて探してさ。おまえの裁判履歴を見つけて、やっと、それら全部が報われた気がした」
     最初だけぽつりぽつりとこぼすようだったのに、話し始めたら一気に流れ出して、軽く笑みさえ浮かべながら言われた言葉は、語調に似合わず重いものだった。
    「生きてるってわかったときはめちゃくちゃ泣いた。それだけでよかったんだ。この現実で生きて、未来を見てくれるなら、それだけで。だからおまえを勝手に助けようと決めた。俺は俺がしたいからおまえを助ける。それは俺の勝手だから、俺の行動をどうしようと構わない。拒否しないでくれると嬉しいけど、いらないっていうのも明智の自由だ」
     それは。この世界で初めて聞く、僕自身に向けられた深い想いの言葉だった。反射的に気持ち悪いと思った。虫酸が走る。何も見返りがいらないなんて嘘だ。信じられるわけがない。そんなもの知らない。気持ちが悪い。でも、何より気色悪いのが、それを嬉しいと感じてしまった自分の心だった。
    「…………取引なら、考える」
    「懐かしいな」
    「うるさい。まずは条件の提示からだ。僕にしてほしいこと、何かないの?」
    「そうだな……」
     はた、と長いまつげが伏せられた。ふとしたとき、コイツの飛び抜けて整っているわけでもない造作が妙に美しく見える瞬間がある。このときもそうだった。強い意志の光を宿す瞳がきらめいて僕を映すその瞬間。切り取られたように世界から彼が浮かび上がる。
    「たまにでいいから、俺と勝負してくれ」
    「勝負?」
    「命がけじゃない勝負。他愛ないものでいいから。それで、再戦の約束をしてくれ」
     それだけでいいから。むしろ、それ以外はいらないから。
     そう言い募って、彼は黙った。じわりじわりと染み込むように言葉の重みが迫ってくる。主人公みたいに特別な男が、俺を、死んだとさえ思っていた俺だけを長い年月思い続けてきたという。半年にも満たない期間の、か細い関わりだけをよすがに、ここまでも。
     ああ、気持ち悪い。笑えてくるほど狂気的だ。怖気が走るほど愚かしくて馬鹿馬鹿しい。
     でも。それを一笑に付すことができないほど、それこそ同じだけの重さで、コイツの存在が俺自身に刻み込まれていることも確かだった。
     こちらにとっても特別だった。有象無象ばかりだった世界の中で、獅童以外に初めて明確に色がついた存在だった。初めは邪魔な存在として。しばらく経ってからは興味深くて面白い存在へ。そして、予想以上の成長スピードと、いっそ眩しいほどの人の良さ。知れば知るだけ虫酸が走るのに、そしてそれと同じだけ、関わっていたいとも思った。胸を掻きむしりたくなるような羨望と憎らしさ。
     本当は、あのクソみたいな現実の中で戦った日々が、悪くないなんてほんの少しでさえ思えてしまった自分が嫌で強固に話を進めたのだ。
    「……わかった」
    「本当に? 言質を取ったら俺は引かないからな。断るなら今のうちだぞ。あ、あと今はいないけどモルガナもいるからな」
    「うるさいな。二言はないよ。共同生活にあたってのルールさえちゃんと決めてくれるなら、そもそも施設に入ろうとしてたんだ。君とだって別に違いはない。猫も別にかまわない、この部屋、僕のでいいんだろう? ここにさえ侵入しなければいいよ」
    「そうか。良かった」
     嬉しそうに笑う顔が眩しく感じて目を細める。コイツの喜怒哀楽の一部を握っているのだと思うとなぜだかひどく気分が良かった。
    「家具はとりあえず買いに行こう。俺の趣味で揃えるのもどうかと思って用意してなかったんだ。半分以上は出ていかれると思ってたし」
    「分の悪い賭けに縋るなよ」
    「やらなかった後悔の方が後を引くらしいぞ。勝ったからすべてよしだな」
     浮かれた様子に早まったかとうんざりしかけたが、口数の少ないコイツがこれだけ話すのも僕のせいなのだ。そう思うと、少しだけ苛立ちが収まる。まずは、放っておいたらすぐにでも家具屋に繰り出しそうなコイツを止めて、適当な日用品を用意させるところから始めよう。
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