いつも僕は恋するんだろう3 彼のことを語る言葉を、僕はいまだ持てないでいる。最初はただ面白い考え方をする子だな、と言うだけだった。甘っちょろくて自己犠牲ばかりで、青臭い正義感を抱いているような。それが変わったのは、初めて連れて行ったビリヤードでのこと。たどたどしい手つきながら、大胆に攻めてくる一手に、度胸と自信を感じた。それがまた面白くて、僕は彼とたくさんの勝負をした。
吸収力と成長力、そして僕と対等にものを見られるその目が気に入っていた。真っ直ぐにこちらを見て、心の中まで見透かそうとする強い意志を秘めた瞳。広まっていた悪い噂とは全く違う素直さと、一度決めたら絶対に折れない頑固さも面白い。なのに。
――いつからか、目が合わなくなった。伸ばした手を避けられるようになった。さりげなく前は会っていたはずの時間がずらされた。送るチャットには元通りに返信が来るのに、誰かと一緒なら普通に会話をするのに。二人でいる時間が減らされた。
目の合わない遠くからじっと彼を見る。僕といるときはしない笑い方。動かない表情。たまにふらりとこちらを見て、僕に気づくと慌てたように視線がそらされる。あえて見ないようにしながら様子を窺えば、灼けつくような視線が刺さる。
ああ、と思った。そんな様子にはさんざん心当たりがあった。勝手に好きになって、勝手に浮かれて勝手に気をもんで、勝手に告白しては勝手に離れていく。恋情は、僕にとって肉欲ともつながる気持ちの悪いものだった。
彼が。あんなにきれいだった彼が。僕のうわべに騙されて、俗物みたいに恋をしている。一種の強迫症にも似た嫌悪感が湧き上がる。違ったならそれでいい。けれど、もしそれが事実だとしたなら。愛なんて信じる愚かさを、ずたずたに引き裂いてやりたかった。
確認に訪れた夜更けのルブランで、彼はいつもどおりにコーヒーを出して僕の様子を伺っている。視線は合わない。もう二週間ほど、彼の灰色がかった瞳を見ていない。それにまたじりじりと不快感がせり上がって、僕らの間に立ち上るコーヒーの煙さえ腹立たしく見下した。
「……何か、あった?」
何か。あったのはおまえの方だろう。僕の方には何にもなかった。何かあったとさえ思いたくなかった。
「何か……そうだね、うん」
「緊急の用事?」
「いや、緊急事態とか、そんなのじゃないんだ。…………でも、ある意味緊急かもしれないかな」
「何だよ」
「間違いだったら申し訳ないんだけど、もしかして、僕のことが好き……なのかな」
欺瞞など許すつもりはなく、じっと彼を見つめた。久しぶりに合った視線。一瞬目が見開かれて表情が強張る。何より事実を物語っていた。やっぱり、彼は恋をしている。
「ごめん、いきなり。気になっちゃったものだから。本当、なんだね」
「……そんなにわかりやすかった?」
「そうじゃないんだけど……僕が君を、よく見てたから、かな」
見つめたまま甘く微笑めば、さっと頬に赤みが差す。君もその程度なのか。抱いた失望をそのままに、わざとらしく身を寄せた。
「ねえ、付き合おうか?」
誘いかける声に、彼は一瞬躊躇って、それから諦めたように笑い僕の手を取った。
「嬉しい。よろしく」
「うん」
恋愛なんて馬鹿げた感情に支配された愚かな男。僕の上澄みで満足する浅はかな男。夢を見たいなら見させてやろう。僕の好きに振り回してやろう。そしてあの意志の強い彼を僕の手でぼろぼろにしてやることができたのなら――それはとても、楽しいことのように思えた。
握られた手を引き、逆らわずに体を屈めた彼をカウンター越しにそっと抱き締める。途端に固まった体のぬくもりが、やけに熱く感じた。
「これから、よろしくね」
君が壊れてしまうその日まで。
◆ ◆ ◆
付き合いだしてからしばらく、登下校を揃えたり、明智の空いているときに出かける日々が続いていた。会える機会が増えて、ほんの少し向こうからの肉体的な接触も増えた。それに照れて動揺すると、また微笑んでかわいいと囁いてくる。その瞳の奥に、確かな嫌悪と失望を隠しながら。
「今日、部屋に寄っていかないか」
もう少しくらいは恋人らしいことがしてみたかった。諦め混じりの誘いに、明智がゆったりと首を傾げる。
「君の部屋に?」
「ああ。二人で過ごさないかって、お誘いなんだけど」
そうして照れたように目を伏せれば、逡巡する気配がした。そうだな、来たくはないだろう。嫌いな男の部屋なんて。
「忙しいだろうから、無理にとは言わないけど」
ごめんね、と帰ってくると予想して吐いた台詞。けれど明智は頷いた。
「じゃあ、お邪魔しようかな。僕も君ともう少し話したかったし」
「そうか」
明智の嘘と真実は読みにくい。でも、その言葉に嘘はないように思えた。信じたかっただけかもしれないけれど。じわりと浮かぶ嬉しさのまま微笑み返す。
「ありがとう」
どういたしまして、と返ってきた笑顔はいつもより柔らかく見えた。これならいいかな。いつもより一歩分近くに寄ると、さりげなく腕が当たる。手を繋ごうとするだけの度胸は、まだ備わっていなかった。