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    hashi22202

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    hashi22202

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    ヴィス卿の腹違いの弟が、身分を隠してこっそり兄貴に仕えていたらという走り書き。後味のいい終わり方はしません。

     と言うわけでヴィス卿が放逐してしまった弟さん妹さんのお話。
     側室というか愛人がどのくらいの身分なのかは正直よくわからんし、何を基準にせいぜい五歳程度の子供を臣籍に落としたかどうかってのは余計にわからんよね。お母さんの挙動か?実家の太さか?でも正直聖痕持ちをあげてしまえば世継ぎは確定なので、継承争いは起こしようがない気がする。まあ人間欲をかくもんですから、実際はわからんけどね。とりあえず全員放逐されてはいるものの、事態を憂慮した御長寿あたりが密かに金を払って動向を把握しているということはありそうだなと。この辺が理屈ではなく、「ヴィス卿が幼さのために不幸にしてしまった人間がいる」というのの不幸の度合いをマイルドにしたいというお気持ち表明でしかないことは自覚していますし正直心神喪失状態の七歳にそんな求めるものでもないだろうと思っているのでせめて結果を軽減したいという動機です。
     ここで想定するのは「お母さんはそこそこの身分で、”ヴィクトルガチ勢”だった」ような方の息子さん。お母さんはヴィス卿四歳くらいでお妾さんとして迎えられたんだけど、息子さんを妊娠してからはぱったりとお渡りがなくなってしまう。なおこれはヴィクトル側の理由で、「シギュンが拒否しているから他と子供を作るしかないという”理屈”で女を迎えているので、妊娠してしまうと会う理由がなくなってしまう」「人間関係が出来上ると今度は拒否されるのが怖くて会えなくなる」のダブルコンボが決まっているため、ヴィクトルが萎縮している。ヴィクトルは基本的には悪い人間ではなかったんだけど、「自分に能力がないことに生涯悩む」あたり、高い地位に登った時にバランスを取るのが苦手なタイプの人間で、そこに最後の一押しでシギュンからの拒否で持ち崩してしまう。まあこの辺りは小説でも書いているので一旦さておきます。
     とにかくお母さん。お母さんね、お父さんのことが好きだったわけですよ。でもね、お父さんもうそれから来ないからね。息子が生まれた時に、名前をつけてよこしただけでね。これをね、玉の輿でお相手することもなくて贅沢暮らしでラッキー!とか思えるタイプならまあよかったんですけどね。不幸にもそういうタイプじゃなくて。だからお渡りがないことに対する恨み言や正妻への怨嗟を子守唄に育つんですね弟さんは。で、ようやく物心ついたかなってころで、お父さんがお亡くなりになるわけで。だから放逐されちゃうわけです。だから弟さんはヴェルトマーのことなんてなにもおぼえてないんですよ。ただもう、毎日毎日毎日毎日そんなことを聞かされている。だから彼の中には、いつの間にか「彼が本来いるはずの」輝かしいヴェルトマーの城が出来上がってしまうわけです。お母さんもかわいそうなもので、前公爵の愛人で息子には傍系とはいえ神の血が流れているものだから再縁もできず、いいところのお嬢さんだったので活計を立てる術もない。ましてや彼らは放逐されてしまったものだから、現当主に睨まれるのが怖くて関わりたいと思う人もいないんですね。だからそんな二人きりの閉塞した暮らしの中で、弟さんは時折これは本当は全部母さんの妄想だったりするんじゃないかなって思うんだけど、たまに訪れるおじさんがお金をくれるので、どうもこれは本当らしいと消極的に信じるわけですね。で、そうこうしているうちにお母さんがお亡くなりになるわけで。一目お会いしたかったとか言いながら、最期の最期に育った息子さんをお父さんと誤認しながら幸せに死ぬんですよ。で、そこで弟さんには初めて見たこともない兄に怒るんですね。もし兄が放逐などという手段ではなく他の方法を取っていたら、母は再縁して誰かと幸せに暮らせたかもしれないし、城にい続けられたらこんな惨めな死に方をしなくて済んだ。だから弟さんは自分が死んだと偽って、ひとりバーハラに行くんですよ。
     初めて見る王都の賑わい、やはり記憶にないヴェルトマーの屋敷、そして、彼の前を近衛騎士団長として堂々と通り過ぎる異母兄。王のおぼえもめでたく、今度姫と結婚して王位を継ぐことになるという。そんなお兄さんに怨念のようなものを抱きながら、彼はなんとか側仕えに滑り込む。ヴェルトマー特有の赤毛を、茶髪の鬘で誤魔化して。母がおのれは父親に似ているというから兄に気付かれるだろうかと恐れ、またどこかでは気づいてくれないものかと祈りながら兄に毎日首を垂れる。しかし兄はあまりの多忙で、そんなことに構っている暇はない。綱渡りのような手法で有力貴族を全て叩き潰し、とうとう王女と結婚して至尊の座に着くわけです。それを弟は横で、いつか寝首をかいてやると思いながら見ている。
     でもね、お兄さんね、いいやつなんですよ。毎日毎日必死になって仕事をしていてね、めちゃくちゃになった王国を一生懸命立て直して。だから世の中どんどん良くなるんです。で、弟はそれを複雑なな気持ちで見ている。兄貴にね、クズでいて欲しかったんですよ。自分と母親のことしか考えていない、自己中心的な男でいて欲しかったんですよ。恨む対象でいて欲しかったんですよ。なのにお兄ちゃん、まあいいやつなんですよ。厄介ですね。ストレートに恨ませて欲しいですよね。だからある日、なんでそんなに一生懸命なのか、弟は兄に聞くんです。お兄さんは少し躊躇うんですが、おまえは今の世の中をどう思う、って聞くんですよ。陛下のお力で民は皆幸福にーーとか言うから、違う! ってお兄さんは言うんです。皆じゃない、我々の下で虐げられているものたちがいる。数に入らないものたちがいる。これをどう思うって言うんですよ。同じ人間が、たかだか生まれが違うだけで、信じる神が違うだけで火炙りにされるような世の中をどう思うって聞くんですよ。弟さんは普通にグランベルの民なのでロプトのことは差別していたんですけど、たかだか生まれが違うだけでって言われた時に、じゃあ私だってお前の弟に生まれただけでこの有様だって言いたくなるんですよ。けど、その経験が、ならロプト教徒はそれでいいの? お前が恨みに思ったように、悲しく思ったように、ロプト教徒だって思っているはずだ。まして彼らの苦しみは、自分の比ではない。じゃあそれは許されるのかって弟さんは思ってしまうわけですね。結局は優しいやつなんですよ彼も。だからぼそっと小声で、間違っている……と言ってしまう。兄さんは無言で頷く。で、とうとう皇帝はロプト教徒への差別を認めない布告を出すんですね。最初は本当に混乱するんですが、そこは兄さんが全力で下地を作っていたわけですから、なんとか世の中はそうなりだすし、少なくとも火炙りとかは無くなった。少しずつ世の中は良くなっていく。
     で、あるときね、何かの理由で鬘が取れちゃって、赤毛が出ちゃうんですよ。双方びっくりしてこれはなんだってなるんだけど、弟さんは、陛下が弟君(アゼル)が反乱軍に拐かされていて、御心痛でいらっしゃるだろうからよく似た赤毛はお目にかけない方が良いと言われていて……となんとか誤魔化すんですね。お兄さんは余計な気遣いをさせたな、もう息子も産まれた、何も気にしてはいない。ーーだが、そうだな。少し触らせてはくれないか。とか言って、弟さんの髪に触れる。ファラ傍系だから何か共鳴するものがあるんですけど、両者それが何かはわからない。まあ結局気づかないわけなんですよお兄さん。だから、なんだか懐かしい気がするなってお兄さんが笑うだけで、弟さんはついに何も言えずに終わるんです。そうして弟さんの髪のことは二人だけの秘密になって、時折お兄さんが弟さんの鬘を外させて地毛を触ったりする。で、弟さんも、恨みが消えるとまではいかないものの、けれど積極的に今の関係を崩す気にもなれず、ましてグランベルからこの男を失わせるわけにもいかず。人間の一生なんてこんなものか……なんて考えながらそれを受けている。でも奥さんと一緒に息子娘を可愛がっている兄を見るときだけは、揉まれるような悔しさに襲われるわけですね。
     けれど残念ながら、そんな日がずっと続くわけじゃない。ある日とうとう息子とロプト教団によるクーデターが起きて、皇帝は妻と娘、実権を失ってしまう。そしてロプト教団は、彼が必死に守ったはずの人たちは、今までの復讐とばかりに世界を荒らしていくわけですね。そうして日々崩れ落ちていくグランベルのことを聞きながら、こんなことがしたかったわけじゃなかった、どうして、どうして……と呟くしかできないお兄さんの元に弟は侍り続ける。この男の不幸を望んでいたはずなのに。なのにどうして、心が全く晴れないんだろう。どうして、どうして。そうして兄弟の迷いを置き去りにするように時勢は進んでいき、ついに解放軍が蜂起する。お兄さんを、「悪虐の皇帝」として名指しして。そのつらさと、しかし彼らが勢力を増していくことでこの状況が打破されることに対する喜びとの相反する気持ちに振り回されながら主従は知らせを聞く。そうしてついに、彼らは皇帝のもとまで攻め上ってくる。
     最後シアルフィの守備に着こうとする兄を弟さんは必死に引き止めるわけです。お待ちください、お待ちください。何も、陛下が死ななくてはならないことはありません。これは全て暗黒教団のしでかしたことではありませんか、陛下の責任ではないではありませんか。今すぐ反乱軍に投降して、全てお話しするべきではないですか。あれだけ、陛下はあれだけグランベルのために、あれだけやってこられたのに、って言っても全然聞き入れない。その気持ちも弟さんにはわかる。でも弟さんとしても弟さんの気持ちがある。だから弟は鬘を投げ捨てて、黙っておりましたが、私はあなたの弟です、私が影武者になります、どうか陛下は落ち延びてくださいって弟さんはついに言うわけなんですよ。お兄さんは一瞬泣きそうな顔をするんですけど、その後大声で兵を呼んで、このものは我が身内を騙り、私に取って代わろうとした不届きものだ、地下牢に叩き込んでおけと言い置いて、そのまま去っていってしまうんです。叫んでも決して振り向きはせず、たったひとりで戦場に向かう。それが兄の優しさだとわかるぐらいには、もう弟は兄のことを知ってしまっているんです。だから兵士に取り押さえながら、崩れ落ちてしまうんですね。そうして牢の中から解放軍の鬨の声を聞いて、弟さんはお兄さんがついにその生涯を終えたことを知るわけです。
     故郷を取り戻した解放軍の前に、牢から一人の男が引き出されてくる。今や立場は逆転し、男は皇帝弑逆未遂の大逆犯から、悪虐の皇帝を弑して平和を取り戻そうとした勇士となっている。だから光の皇子に労いの声をかけられて、男はボロボロ泣いてしまう。違うんです、違うんです。俺も、あの人も、そんなんじゃあないんです。けれども何も説明できることがなくて、男はただひたすらに泣く。大丈夫です、きっと、あの人にも、いえ、みんな、いろんなことがあるのでしょう。そんなことをセリスが言うものだから、男はとうとう兄さん、兄さんと声をあげて号泣してしまう。
     そうして男は余生を、兄の墓守として暮らしていく。そんな話です。


     あと、全てが終わってからヴェルトマーの城でようやく「父」の肖像画を見て、似てないじゃないかって笑う弟さんのシーンが入れたかったけどどこにも入らなかった。
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    hashi22202

    MOURNINGほんのりオカルトにありそうな「時空の食い違いで死んだはずの人に会う話」で、戦前のトラキア王と戦後の息子さんがなんでか出会う話。同じ話なんですが、前半は息子さん視点で、後半はお父さん視点です。ほんのりアリ→アル
    (779年)
     朝、執務室の扉を開けたら、いないはずの父がいた。
     ”父”は相変わらず顰めっ面をして書類を読んでいたが、ふと顔を上げて、
    「なんだ、おまえか」
     と、ぼそりと言った。どう返していいかわからなかったので、
    「はい、私です」
     と、つい間抜けなことを言うと、そうか、とだけ言われた。”父”はしばらく目の間を揉んでから、少しばかりこちらの顔を眺めていたが、やがて書類に視線を戻した。あまりにも日常的な動作であったから、アリオーンには何も訊けなかった。そうして息子の見ている先で、”父”は長々とため息をついた。
    「相変わらず勝手を言う」
     まったくあの馬鹿は。そう言って”父”は、書類に署名をしたためた。それから、もう一度、やはり深々と息をついた。そうしてため息混じりに、いくつかの決裁を片付けていった。その苦り切った様子が、アリオーンにはめずらしかった。その”父”の、奇妙に悄然とした姿は、あのときのことを思い出させた。
    7699

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