水よりも濃いもの 風が冷たくて耳が痛いと言ったら耳当てをくれた。
爪の形が似ていると言ったら、爪の形には種類があることとそれを持っている人の割合を教えてくれた。
隊長もご飯をたくさん食べるんですねと言うと飯は食える時に食えと言った。
イペリットの討伐の後、砦の上から風花の舞う雪原をぼんやりと眺める。
空は晴れているのに雪が降っているのが不思議でこれは何?と聞いたらある日教えてくれた。これは風花といって、山から吹く風に乗ってくる雪だと。
私は化け物退治をするために作られたのだと言う。
同じ体質のお姉さん達は優しいから好き。隊長は厳しいけど時々優しく見える時があるから少し好き。
帰ろ、と肩を叩かれてお姉さんと一緒に研究所に戻ると、隊長が所長さんと何か話しているのが見えた。
お疲れ様です、と声をかけると、ああ、と視線だけ向けてくれる。
緑色の目は図鑑で見た宝石みたいで少し綺麗。
お姉さん達と一緒にシャワーを浴びて、食堂に行って少し遅いお昼ご飯を食べる。
食べ終わってトレーを片付けると隊長が入れ違いに来てお姉さんと少し話す。
お姉さんがごめんね、と私に謝って走っていくので1人きりだ。部屋に帰ろうと思ったら隊長が私を見ている。
「茶でも飲んでいくか」
と言うので頷いて答える。
マグカップのお茶をもらって同じテーブルにつく。
大きい口がサンドイッチを食べて、どんどんトレーの上がすっきりしていくのを眺める。
最近どうだ。夜は眠れてるか、分からないことがあればすぐに聞けよ」
はいとだけ答えて、その手がスープの入ったマグカップを手に取るのをなんとなく見る。
ぐるっと一周する傷が見える太い首の喉仏が動いてスープが飲み下される。
カップを置いた手が手袋をしたままなことに今更気がつく。
手袋は外さないのですか、と訊ねると忘れてたなと言うけど外しはしない。
その首の傷はなんですかと訊くと、笑って昔切られたんだって言う。そんなわけない、人は首が落ちたら死ぬ。私たち以外は。
この人もそうなのかな、と思って後でお姉さん達に聞いたら「人間よ、たぶん……」と教えてくれた。
少し大きくなった頃、体にピンク色の毛が生えた。髪は黒いのになぜだろう。
お風呂でお姉さんがそれを見て何か言おうとしてやめたのが不思議だった。
体に異常があればすぐに教えなさいと所長はよく言っている。これは異常なんだろうか。
ピンクの髪の人はこの研究所には1人しかいない。私はお父さんもお母さんも知らない。
もしかしてそうなのかな。同じ形の爪、こんなところだけ同じ色の体毛。私は軌道計算もできる、隊長が時々褒めてくれるから砲術は頑張っている。
もしかしてそうなのかな、と言う気持ちが少しずつ大きくなる。
だから、訊いた。
◇◇◇
色素を生成する細胞に手を加えたはいいが、成長ホルモンの影響か。油断ならんな。
彼はそう言って死体袋の中に眠る子供を一瞥もせずにジッパーを上げる。
風呂で見たって言ってたか? あいつにもし聞かれたら細胞の変異があったとでも言っておけ。内臓に異常もあったからオーバーホールしたとか……それで納得するだろ。
淡々と言ってのけて、ご息女ですよ、と言うと彼は顔色ひとつ変えもせずに「そうだな、俺の血を引く化け物だよ」と呟いた。
◇◇◇
お前の体に細胞の変異があったからオーバーホールしたんだ。
動けるようになったらまた頼むぞ。なに? 似た部分が多い気がする? お前もよその国の血を引いてるんじゃあないか。
俺が我が子を戦場に出すような非道な男に見えるのか? 我が子を研究所に差し出してこんな酷い目に遭わせると? お前の境遇には同情するよ、まあ父性を求めることもあるだろうさ、悩みがあれば訊いてやるさ。そう、父親みたいにな。