アイス 男の2人暮らしなんてするもんじゃないが、衛生面と金銭感覚の近い男であれば耐え難いというほどの苦痛はない、と思うようになった頃だった。
仕事で母国を出てやってきた先で入居したマンションが欠陥住宅で退去させられた折に、恋人が長期で海外に行ってしまって部屋を持て余した男がいた。
そんなきっかけで始まった二人暮らしであったが。
竜野/デ=ルーハの表札にいささかの違和感を覚えつつも、穏当に暮らしていた。
◇◇◇
ある夜のことである。
マンションの4階、夜20時。帰宅したデルウハは冷蔵庫を開けてサラミを出すとキッチンを見回して舌打ちをする。
とうに夕飯を終えてリビングのソファに寝そべって本を読む青年、竜野は恋人が選んだフカフカの赤いソファの背もたれ越しに彼を胡乱な目で見やる。
「おい、パンがねえぞ。サラミとレタスだけじゃサンドイッチにならん」
「インスタントの味噌汁とパックごはんならありますけど」
「パン切らしてたか」
「パンはデルウハさんの担当でしょ」
そうだったな、と舌打ちして彼が出ていくのを軽いため息をついて見送る。
「あ、アイス買ってきてください!」
「ああ」
返事を聞いて本に視線を戻す。あの人のことだ、きっとすぐに帰ってくるだろうと。コンビニまで片道10分足らず、アイスは冷凍庫に入れて明日の昼在宅ワークの合間に食べるから少し溶けたって構わなかった。
食い気だけはどうにも理解できないほどに強くて、こうして食糧のために走り回るのをよく見る。脳みその中の情の部分に食欲が詰まっているような男だ。
どれだけ経ったろうか。ベランダから物音がする。
1級の遮光カーテンの向こうだ。顔を上げるとカーテンが揺れて、金槌が覗いているのが見えて
◇◇◇
逃げ回る余裕もなかったようだった。
気に入っていた赤いソファに座ったまま息絶えて、ナイフが喉元から生えている。口元からこぼれた血が服と床を酷く汚している。フローリングならすぐに拭けば済むと安心した。
下手人は入れ違いに出て行こうとしたので昏倒させて転がしてある。
いささかの八つ当たりも込めて爪先で転がして、もう小言を吐くこともない同居人を見下ろした。
「なんだ、死んじまったか。俺が殺すはずだったんだがな」
冷凍庫に買ってきたアイスをしまって、キッチンでサンドイッチを作る。男が起きる前には食べ終わるだろう。とかく腹が減って仕方がなかった。