触れたのは一瞬でとある日の休憩中、おやつタイムにわたしは何かでピリッとする感覚がして顔を顰めることになる。
「どうりで…ここが切れちゃったんだ、いててっ…」
忙しさにかまけてついついお手入れをサボりがちだったため、乾燥して唇の端っこ辺りにに傷ができたらしい…オシャレに目がないサーヴァント達もそうだけれど、医療班に見つかったらもっと大変だ。
「まだ平気かな…ダメダメ、もしバレたら強制連行じゃん!な、何か塗るものを…」
幸いというかまだそこまで深くないみたいなので、仕舞っておいたはずのリップを探したものの…どこにあるかも思い出せないなんてと、女子力のなさに一人落ち込む。
「…そんなところで何をやっているんだ、おまえ」
「カドック!これはこれは、お見苦しいところを…なんちゃって」
「お、おう…探し物なら、僕も手伝おうか?」
床に転がってはいないかとしゃがみ込んでいたら、用事があって訪ねてきたであろう彼の声が聞こえて…目を合わせると一瞬逸らされたことに首を傾げつつも、ひとまず事情を説明した。
「ふぅん、リップ…落としたかもしれないから、下を覗き込んでいたと」
「そう!傷もさ、こんな状態になるまでわからない自分どうなの?って思ったよね…」
たははと苦笑いをした時にまた痛みが走る、何なら少し血が出たかもしれない…さすがに放置できないと思っていた矢先に、なぜか彼の方から視線が送られていることに気づく。
「…はぇ?今のって、ぴゃあっ!?」
そのままカドックが近寄ってきたところまでは理解できたが、次に何が起こったのかわからずわたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「すまん、僕は一体何を…わ、忘れてくれ!」
まさかの無意識、なのにするのが当然とでも言わんばかりに傷口をペロリと舌で舐められて…顔がりんごみたいな彼につられてしまい、わたしまでだんだんと恥ずかしくなってくる。
「き、急に変なことしないでもらえません!?」
「だから謝ったじゃないか!気休めになれば、とか思わなくもなかったけれど…」
「そうやって、昔から女の子誑かしてきたんだね!?先輩、最低です!」
「いや、何でだよ!?関係ないだろうが!」
きっかけはどうあれ、口論にまで発展すると完全に止め時を見失ってしまい…ただただ、お互いのめちゃくちゃな言い分をぶつけ合うだけの不毛すぎる時間が過ぎていった。
「だいたい、立香が無防備すぎるんだ!さっきも、あんな格好で短いスカートが…」
「わたしのせいにしないでよ!ねぇ、もしかしたらパンツ見たの!?カ、カドックのエッチ!」
「騒がしいですね…マスター、いかがしましたか?」
「誰…はっ!?そ、その声は…婦長!?」
すると廊下にまで声が響いていたらしくて、ドアが開いた気配に顔を向けると…凛とした佇まいでジッとこちらを見据えていたのは、みんなの頼れる婦長ことフローレンス・ナイチンゲールその人である。
「浅いといえど傷を甘く見てはいけません、こちらで十分に保湿してください」
「は、はい…ありがたく、使います…」
状況を一から洗いざらい聞き出された後、まずはと手渡されたワセリンを塗って様子を見ることになったものの…経過観察で毎日医務室へ来るよう念を押され、結局こうなってしまったとわたしは肩を落とした。
「傷を舐めるなど、まして他人がなんて言語道断です」
「今後は、気をつける…」
「彼女との粘膜接触はしばらくお控えくださいませ、よろしいですね?」
「あ、あぁ…承知した」
一方のカドックはたっぷりとお説教されてこの有様、ちょっとだけ申し訳ない気もするが…ここでわたしが助け舟を出すと余計ややこしくなるから、とりあえず黙っておこう。
「何か、色々とごめんね?早く治すから、それまで待っていてくれる?」
「…ゆっくりで、構わないぞ」
頭を冷やす時間がほしい、婦長が部屋を出ていってからそう話す彼…しおらしくなって少し可愛いと口に出そうものなら、手痛い仕返しが飛んできそうだから我慢するわたしなのであった。
おまけ
ようやく落ち着いてたところで、今さらながらふと過ぎった考えを口に出してみる。
「そういえば、あれって【魔力供給】なのかな?」
「…そういう意図じゃ、なかったんだよ」
だからもう勘弁してほしいと顔を覆いながら蹲ってしまった彼、ということは本当に無意識だったわけか。
「ふふっ…狼さんじゃなくて、吸血鬼だ!」
「うるさい…大して舐めちゃいないぞ」
「つまり、少しは舐めたんだね?何か感じられた?」
「クッ…立香、治ったら覚悟しておけ…」
こっちを睨みつける彼にワザと怯えてみせた、でも揶揄うのはこれでおしまいに…キャッキャッと騒いで婦長に怒られるのはもう懲り懲りである。