水も滴る何とやら鈍色の曇り空ばかり続いていたのに珍しく夏のような陽射しが降り注いだ今日この頃、やる気が出ないと腑抜けた状態で宣う立香に呆れつつも…暑いのがあまり得意じゃない僕もそこには同感なので、いつも以上にダラダラとグラナートで過ごしていた。
「カドック…ねぇ、もうちょっとエアコンの温度下げてもいい?」
「…おまえが離れれば、解決するんだけれど」
「イジワル!じゃあ、代わりに何か出して!涼しくなるような、すごいやつ!」
「無茶言わないでくれよ、まったく…」
さっきからずっとこんな調子で駄々をこねまくる彼女、その割にくっつきたがるのでなおさら熱っぽくてたまらないのだが…さてどうしたものかと僕が色々頭を悩ませている最中、扉をノックの音と共に部屋の外から声をかけられ二人して何だろうと顔を見合わせる。
「どうぞ、こちらをぜひご活用ください」
「こんなもの、いつの間に…」
「わぁっ!何かよさそうかも、ありがとう!」
「そしておまえは、すぐに受け入れるし…はぁ」
声の主である天草に連れてこられたのはちょうど建物の陰となる空きスペース、そこに置かれたビニール製のプール…些か小さめな気がしないでもないそのサイズ感はさておき、彼女も嬉しそうにキラキラと目を輝かせていた。
「まぁ、理に適ってはいるんだけれど…」
「カドック、早く早く!けっこう冷たいよ、君もこっち来て試してみて!」
「はいはい…仕方ないな、厚意に甘えておくか」
併せて用意されていたベンチに誘われるがまま腰かけ、足元だけ浸からせてもらうと確かに心地よく感じられた…さすがに全身で浴びるというわけにはいかないものの、思いがけない体験をさせてもらっている。
「気持ちいいな…こういう遊びも、たまには面白いかもね♪」
「こら…立香、落ち着いてくれ」
「ふっふんっ♪そう言われちゃうとさ、余計に…えいっ!」
まるで子供みたいなはしゃぎっぷりで、水面から大きく飛沫を上げさせる彼女…何がそんなに楽しいのかわからないものの、面白がって脚をバタバタと動かし続けた。
「あっ…ねぇねぇ!わたし、いいことを思いついちゃった!」
「やめろ、そこに座れ」
「カドック!?まだ何も言っていないよ!?」
「だからこそだ、大人しくしていろっての」
どうせロクでもないことを考えているに違いないと先に牽制すれば、やや不服そうな表情を浮かべる彼女…とはいえ簡単に諦めるような相手じゃないし、案の定おもむろに屈みながら何か仕掛けてきそうな気配を感じ取る。
「立香…待て、何を企んでいやがるんだ…」
「食らえっ、とりゃあっ!」
「うわっ!コイツ…わかった、勝負といこうじゃないか」
手のひらで掬った水をこっちめがけて勢いよくかけてきた彼女にカチンと来て、僕もついついムキになって応戦…ヒートアップするとプールだけじゃ飽き足らずに、近くの蛇口をひねって辺り一面を水浸しにしてしまった。
「ああ…やりすぎたな、片付けないと…」
「にゃははっ!カドック、髪がぺしゃんこになっているね!」
「クソッ…おまえにも手伝ってもらうぞ?おい、話を聞いて…ッ!?いや、大丈夫…だ」
「君、いきなりどうしたのさ…え、うぇっ!?」
着ていたシャツもお互いビショビショに濡れたせいでピッタリと身体に張りつき、特に彼女は下着のラインや模様まで透けるほど…慌てたように腕でサッと隠されるまでは視線が釘付けとなった、そんな自分の単純かつ欲深さを思い知らされる羽目となる。
「…み、見たよね!?」
「不可抗力だから許せ…大体して、立香もそんな薄着でいる方が…」
「ひ、人のせいにしないでもらえる!?」
ごもっともな文句を飛ばしながら後ろを振り返る彼女、たぶん半端に晒される方が恥ずかしいみたいで…それ以上のことをしているはずなのだが、未だに初心すぎて少々困るとだんだん僕の思考も明後日の方向へ飛んでいった。
「…部屋行ってくれ、着替えてこい」
「は、はぁい…カドックも、風邪引いちゃう前に着替えてね?」
「おう…だったら、二人で風呂に行くか?」
「エッチ!それじゃあ涼んだ意味ないじゃん!」
何もそこまで言っていないのに怒りながら逃げていった立香の背中を見送り、やれやれとため息をついた僕…戻ったら機嫌をとらなきゃだなと別の心配をしつつ、一人虚しく後始末である。