どこかにあった、夢のような某月某日、待ちに待った修学旅行をエンジョイ中なのだが…わたし、藤丸立香はなぜだか知らないけれど置いてけぼりを食らっていた。
「声、かけてくれてよかったのに…ボーッとしていた、わたしも悪いけれどさ」
ブツブツと文句を言いながらも、今日は自由行動が許されている日なので…時間までに宿泊先のホテルに帰っていればそれで問題ないだろうと、すぐに頭を切り替える。
「とりあえず、連絡は入れておかなきゃ…っと」
同じグループで行動していた友達に電話をかけたら、屋上にあるフォトスポットにいるとのこと…どうせまた移動するし、最終的に最寄り駅での待ち合わせとなった。
「よぉし…せっかくなら、全部見ないともったいないよね!」
ちなみに今わたしがいるのは、とある水族館の一番大きな展示エリアの前…色んな種類の生き物達が、キラキラと光を反射して泳ぐ姿に小さく感嘆の声を上げながら見惚れている。
「あっちにいる魚もキレイ…何て名前だろう?」
キョロキョロと周りを見渡したところで、詳しい説明が書かれたパネルを見つけ…その横で立つ人がいることにも気づき、パッと目を向けた。
(わぁっ…げ、芸能人かな?何だか、すごく格好いいお兄さん…)
間接照明が優しく灯った館内でもハッキリとわかる、整った顔立ちをした男の人…ヨーロッパ辺りの俳優さんかもと思ったけれど、あいにく疎いわたしなのである。
(一人で来ているっぽいけれど…彼女さんとか、いたりして?)
生まれた国も、住んでいるところもまったく知らない人のはずなのに…どうしてなのかも自分じゃ全然わからないけれど、その人から不思議と目が離せなくなった。
「…Nawet jeśli to po coś(…何か、用でも)」
不意にこちらへ視線が送られると、恥ずかしさでカァッと頬が熱くなってしまう…英語とも違う聞きなじみのない言葉にも驚きつつ、おそらく失礼なことをしていたわたしへの問いかけだからちゃんと謝っておこう。
「ご、ごめんなさい!えっと…アイムソーリー?つ、通じなかったらどうしよう!」
「悪い、落ち着いてくれ…日本語、話せるから」
うっかり母国語が出てしまって申し訳ないと逆に謝罪されて、わたし達の間に変な空気が流れたものの…こう言えるってことは、たぶんいい人なんだと思えてきてホッとした。
「僕もまだ覚えきれていないし、聞き取りにくかったらすまない」
「いえ!むしろ、わたしより上手では?」
「そんなわけあるか…って、初対面の子に何言っているんだ…」
「あはは…お互い様、ってことですね」
照れくさそうにするところはちょっとだけ可愛らしくもあり、わたしの中で勝手に好感度が爆上がりしている…ここで会ったのも、何かの縁ってやつかもしれない。
「高校生だよな、君は…」
「はい!藤丸立香、って言います!お兄さんのお名前、聞いてもいいですか?」
「カドック・ゼムルプス、カドックで構わない」
お兄さん改めカドックのことをもっと知りたいと思い、ダメ元でお願いしたらあっさり了承してもらえたので…近くのベンチに腰掛け、揺らめく水槽を二人で眺めながら語らいの時を過ごす。
「へぇ、ポーランド…って、どの辺りです?」
「まずそこからか…ドイツの隣だ、ロシアにも近いが気候は日本と似ている」
「なるほど、ちょっと行ってみたいかも」
元々の日本好きが高じて、進学を期にこっちへ来たこと…今日みたいにフラッと旅行へ行ったりアウトドアを楽しんだりするなど、見かけによらずアクティブな人のようだ。
「まさか、うちの大学を受けるつもりだったとはな…どんな偶然だよ」
「学部は違いますが…先輩、ですね!」
「気が早すぎる…ちゃんと勉強しろ、勉強を」
「や、やっています!部活もしているから、大変ですけれど…」
無事に合格したら祝ってくれるというので、ついでだから連絡先も交換することに…友達から『立香のコミュ力、どうなっているの!?』と言われる理由ってこういうことかと実感する。
「聞いてもらえます?お父さんって酷いんだよ?最近まで、スマホも許してくれなかったし!」
「…普通の父親って、そういうものなのか」
だんだん盛り上がっていって、わたしとしてはかなり打ち解けたつもり…家族のことを話している時だけわずかに表情が曇ったけれど、そこは深く突っ込まないでおいた。
「まだ時間もあるから、一緒に回らない?もしかして、見終わっている?」
「別に、僕はいいぞ」
「わぁい!じゃあさっそく…順路って、どっちかわかりますか?」
「おまえ、さては方向音痴だな?仕方ない…」
わたしの方は、余計なことまで知られた気がするものの…お国柄ってことなのか、カドックがさり気なくエスコートしてくれたおかげでめいっぱい楽しむことができている。
「ねぇねぇ、ここで一緒に写真撮りません?今日の記念と思い出づくりに!」
「何でだよ…まぁ、それくらいならいいか」
呆れたような顔を見せながらもノッてくれるところに、ますます好印象を抱いて…トンネル型の水槽をバックになかなかいい雰囲気の写真も撮れたことだし、気分は上々ってやつだ。
「へへっ、待ち受けにしちゃおうっと♪」
「おまえはいいのかよ、見ず知らずの男なんかと撮ったもので」
「もう知り合いですから、ノープロブレム!」
「…変わっているな、立香って」
サラッと名前を呼ばれて内心またドキドキしつつもあっという間に時は過ぎていき、そろそろわたしも行かなきゃならない…一人にさせるのが不安だから駅まで送ってくれるというので、そこはお言葉に甘えることにする。
「カドックは、これから何するの?」
「しばらく街を散策してみるよ、キリがいいところで帰るつもりだ」
「そっか…何か面白いものとか見つけたら、教えてくださいね!」
「はいはい…目の前に、とは言わないでおくか」
最後にポツリと呟いた一言はよく聞こえなかったけれど、近いうちにまた会えたらと約束して今日のところはお別れとなったが…後々の人生で永い付き合いとなる相手だなんて、この時のわたしはまだ知る由もなかった。
絶賛開催中の撮影会にて、学生服風の礼装を纏いながら今日のセットを確かめている…相も変わらず作り込みが無駄に細かくて、没入感を味わえるのも魅力の一つだろう。
「…終わったか、おまえの話は」
「うん!どうかな?こういう設定で撮ってみるのも…たまにはアリ、だよね?」
「いや、さすがに長すぎるっての…」
誰の影響を受けたかは知らないが、普通でいいと冷静にカドックから返されて…確かにごもっともな正論だから、わたしもぐうの音が出なかった。
「はぁ…いつもいつも、突拍子のないことばかりして…というか、有り得ないだろう」
「ムムッ!悪くないと思うんだけれど…ダメ?」
「そんな顔するなって…別に、僕も全部を否定したわけじゃないし」
少し不貞腐れつつもカメラやら何やらの準備をしている最中、やれやれとため息をつきながら手伝ってくれる彼…急にこちらを振り返ると少し困ったような笑顔を見せたので、わたしも何だか気になってしまう。
「もし魔術のない世界だとしても、立香がいるなら…なん、ちゃってな」
「えっ?う、うん!生まれ変わっても、わたしがカドックを見つけてあげるからね!」
「おう…時間もないし、さっさと撮るぞ!」
「に、逃げた…待って待って、わたしも今行くから!置いていかないでよ!」
自分で言っておきながら、今度は照れ隠しでそっぽを向かれ…そういうところが可愛いと言ったら怒りそうだし、ひとまず撮影会を楽しんでからにしようと思うわたしなのであった。