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    68_nemui

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    マネロキ童話パロ 赤ずきん編

    紅ずきん あるところに、ロキという青年がいた。
     紅と蒼の派手な髪色で、口から出てくる言葉は尖ったものばかり。第一印象こそ人を遠ざける要素ばかりが目につくが、その言葉が本意から来るものではないことは、多少なりとも彼と交流すれば分かるだろう。頼まれた物事はきっちり進め、悪いことをしたと気付けば詫びを行動でしっかり示す。
     ロキは、厚意には報い悪意には立ち向かわんとする、善良で世間との擦れを感じさせない青年だった。
     ロキはプロメテウスという女性と共に、街から少し離れた森の入口近くにある小屋で暮らしていた。二人は大層親しく、プロメテウスとロキを知る人間は皆「仲の良い家族」と両者を称した。快活な姉と、素直になれない弟。周りからは、おおむねそのように認識されている。
     血の繋がりこそないが、それを気にしたことは互いになかった。
    「ねえロキ、おばさんにパンとワインを届けてきてくれる? 本当はアタシが行くつもりだったんだけど、どうしても今日歌ってほしい! って頼まれちゃって……」
    「どうでもいい、そんなの行かなくてもいいだろ。今日は忙しいし、行ってやるつもりなんてねえよ」
     プロメテウスはかなり名の知れた歌手であり、用があるなしにかかわらず時折街へ行って歌う。そうして懐に入ってくる出演料やチップで身を立てていた。
     それは当然ロキも理解していて、その上でプロメテウスの頼みを断るような意地悪さは持ち合わせていない。むしろ、プロメテウスの助けになるのなら喜んで力を貸す。ロキはそのつもりでいた。
     出掛けると決めてから、ロキは早速準備を始めた。目的地、おばさんの家は眼前の森を越えたところにある。森の中はいくらか冷えるであろうと考え、頭巾付きの紅いケープを被った。さほど厚くないその生地は、さらりとした肌触りをしている。
     ケープが外れないよう、胸元のリボンを固めに結ぶ。力を入れすぎて、蝶結びが若干左に曲がってしまった。いかにも慣れていない人間が結んだような、不格好な結び目だ。それを見付けたプロメテウスが手で直し、ロキの口元が気恥ずかしさにもにょもにょと歪む。
    「それじゃあロキ、気を付けてね」
    「知るかよ。行ってこねえ」
     玄関に立つと、申し訳なさそうに見送る声がロキへかかった。黒革のブーツに足を通しながら、軽くうなずく。
     最後に黒い手袋をはめて、ドアノブをひねった。

    * * *

    「おい、そこのお前。ちょっと止まってくれ」
     森に入ってしばらく、ロキの背後から男の声が響いた。ここはかろうじて獣道ではない程度に整備された道で、周囲に人間はいない。十中八九自分への呼びかけだろう、とロキが振り向くと、背後にいつの間にか男が立っていた。
     銀髪の男だ。知った顔ではない。黒いジャケットにパンツ、腰からはナイフを下げている。動きやすそうな格好をしているが、男の手には長い何かが握られていた。
     木から切り出したような横に長く茶色い塊の上に、金属でできているであろう細い筒が取り付けられている。どういう用途なのか検討もつかないし、名前も分からない。ロキにはまったく馴染みのないものだった。
    「この先には行かねえ方がいいぞ。この辺に凶暴な狼がいるって話が出てるんだ。実際に襲われたヤツもいる」
    「へえ……」
     初耳だった。出掛ける時に言わなかったあたり、プロメテウスも知らなかったのだろう。だが物理的に通れないならともかく、それが目的を諦める程の問題だとロキには思えなかった。「出会うかもしれない」という曖昧な危険と家族との約束、後者の方がよっぽど確かだ。
     ロキは男の言葉を無視し、しばし止めていた足を再び進めた。顔色一つ変えずに歩き出したロキに男はぎょっとして、それを阻むように慌てて前へ立ち塞がった。
    「あっ、おい! 話聞いてたか? 危ないから今はやめとけって──」
    「聞いてねえよ。別にこの先には用なんてねえし、約束もしてねえ。それに『今はやめとけ』って、じゃあいつならいいんだ?」
    「それは……件の狼が仕留められるまで……か?」
    「ならいい。それまで待てる」
     男の語勢が削げていく。反論されると思っていなかったらしい。ロキはまっすぐ前を見据え、退くつもりは欠片もない。その様子に男はため息をついた。
    「……しょうがねえな。なら、俺も着いてく。ここで行かせて後からイヤ〜な再会とかしたら、とんでもなくモヤっとするだろ」
    「お前が? どうしてだ?」
    「え、気付かなかったか? 狩人なんだよ、俺」
     男が手に持った長いもの──猟銃を見せつけるように揺らす。男の口ぶりからして、それが狩人だと証明するものらしい。
     狼が出た道へ進むことと、男が狩人であること。そこに何の因果関係があるのかロキには理解できなかったが、特に男の同行をはねつける理由もない。一人で行くよりは退屈しないか、とロキは男の言葉をそのまま受け入れた。
    「そういやお前、名前は? なんでこの先に用があるのか聞いても……あれ、ないのか? そうやってさっき……」
    「いや、ある♪ 俺はロキだ♪ 森の向こうに住んでるおばさんに届け物をしにここを越えたい♪」
    「ふうん。……しかし変な喋り方するなお前」
    「『こう』しないと、誤解させちまうから♪ ……お前はなんて呼べばいい?♪」
    「俺か? 俺はまあ……ナナシでいい。どうせこの場限りの付き合いだろ」
     ナナシはロキに不躾な視線をぶつけた。ロキはこういった目を向けられるのには慣れている。大して嫌な気持ちにはならない。
     その無遠慮な瞳には、疑念の色も見える。何かしらを疑われているらしい。それも含め、「ナナシ」が男の本当の名前でないだろうことは、ロキにも容易に推察できた。

    * * *

     湿った大気を吸う。固く黒い土を散らして歩く。
     ここ──森の中程は梢が茂り、頭上に天然の天蓋を作り出している。陽が届きづらく、淀んでいるとまではいかないものの、やはり明るいとも言い難い。しっとりと重たい雰囲気が二人の間に流れていた。
     ふと、ロキの耳がわずかな空気の震えを感じた。頭巾越しでもはっきりと分かる。何かの予兆か、あるいは終わりの合図か。どちらにせよ、異変であるのは間違いない。ロキがナナシの手を掴み違和感を伝えようとした途端、そうするまでもなく、異常があからさまな形で二人の前に訪れた。
     葉が揺れた。それが風ではなく衝撃によってもたらされ、そしてその衝撃が音から来るものだと気付くまでに、もう二人の耳は使い物にならなくなっていた。
     凄まじい震動を生み出しうる程の轟音──何かの低く荒っぽい咆哮が、森の中に長く響いていた。
    「っ、この遠吠えは……!」
     耳鳴りにふらつきながら、ナナシが銃を構える。銃口を向けるべき相手が分からないまま、ほぼ反射的に起こした行動だった。
     目線の先からばきり、と木がなぎ倒される音がして、それは現れた。
     巨大な狼だ。毛並みは灰色にくすみ、体に走る大きな傷がところどころ禿げを作っている。薄汚れた被毛に埋もれる赤い目がことさらに映え、理由のない怒りに歪んでいるのがよく見えた。それそのものがナイフのように鋭い犬歯を剥き出しにして、今にも飛びかからんと喉奥から低い唸り声を上げている。
    「まずい、多分例のヤツだ! すげえ気が立ってる……!」
    「こいつが……」
    「お前は絶対前に出るなよ、死ぬぞ! くっそ、こういう時はまず足を、いや頭か? とりあえず一発──」
     ナナシが銃を構え直した途端、風が吹いた。だが実際に起こった訳ではなく、ナナシがそう錯覚しただけだった。近くで何かが、超スピードで移動したことにより空気がかき回される。それを、ナナシが「風」と認識しただけにすぎなかった。
     汗が目尻の際を通り、ナナシが目をしばたたかせる。その次の瞬間、狼の鼻っ柱が黒いブーツで潰されていた。ロキのものだ。
    「──は」
     ロキが、一瞬の内に狼へ蹴りを入れていた。数秒、あるいは一秒にも満たない間に起こったことが理解できず、ナナシは張り詰めていた息を漏らした。
     ロキの蹴りを受けた狼が大きくよろめく。血が噴き出す狼の顔面を踏み台にして、ロキは一度大きく跳躍した。そのまま体を縦に半回転させ、両足で華麗に着地する。およそ人間とは思えない動きだった。
     そこからは早かった。狼が口を開け、怒気の籠った咆哮を上げる前に、ロキの腕が開いた口腔へ突っ込まれる。と言うより、口から体内へ殴っているようだった。拳と粘膜のぶつかる音はどうにも気持ちが悪く、呆気に取られて見つめるだけのナナシにも悪寒が走った。
     やがてロキが振り向いた。狼の口の中から手を引き抜き、灰色の巨躯を横へ退ける。終わった、ということだろう。そのままこちらへ歩み寄ってくる。ロキの被る紅い頭巾が、まるで返り血で色付いたように見えて、ナナシは一歩後ずさった。
    「強かったな、こいつ」
    「え〜……いや……お前……な、なんなんだよ……」
     瞬間、ぶわりと風が二人の間を吹き抜けた。今度こそナナシの錯覚ではない。その証拠に、ロキのケープを巻き上げ──固く結ばれていたリボンはいつの間にか緩み、ケープはただロキの頭を押さえるだけの状態になっていた──攫っていった。
    「あ! ケープが……」
     紅い布が嵐に剥ぎ取られ、その下が顕になる。ナナシは自分の目を疑った。
    「お……前。その耳……どういう……」
    「これは……っ」
     ロキの頭部には、髪色と同じ紅い三角形の耳が立っていた。外気に晒され、ぶるりと震えるそれは、ついさっきまで対峙していた狼を思わせる。
     ──人狼。ナナシの頭に、その言葉がよぎった。
    「ま、待ってくれ!♪ 俺は人間を襲ったり食べたりしたことは一回もねえ♪ 小さい時に人間に拾われて、それからずっと人間と変わらない生活をしてきた♪ 満月の夜はムズムズしたり、走り回りたくなったりするけど♪ でも本当に何もしてねえよ!♪」
    「まだ何も言ってねえけど……」
     ロキは慌てた有様でまくし立てる。見られた、という部分が先行し過ぎて、すっかり取り繕うことを忘れているらしい。
    「……さすがにこの場で無視する訳にも行かねえし、聞くけどさ。お前、人狼……ってヤツなのか」
    「っ、俺は……違う……」
     ロキは目を逸らし、狼の耳を隠すように頭へ手を添えた。
     ロキが人間ではないのなら、あの狼に物怖じせず、積極的に前へ出ていったのも納得がいく。強大な力を持つ存在は、それだけで恐怖の対象となりうるものだ。だが、先程の狼を追い詰めていた、悪魔のごとき様子とは打って変わって、今のロキは子犬のように縮こまっていた。まるで別人のようだった。
    「……俺も混乱してる。っつうか、人狼って伝説とか、昔話とかに出てくるもんだろ。いるとも思ってなかった、空想上の生き物……そんなのがいきなり自分の前に出てこられても、良いか悪いか判断もできねえって言うか」
     ロキはうつむき、ただナナシの言葉へ耳を傾けていた。
     もし正体がバレたことを隠し通したければ、この場でナナシを八つ裂きにするのが手っ取り早いだろう。あの狼をねじ伏せたロキならば、その程度はおそらく容易にできる。
     だがそれをしないこと、結果的にとはいえ自分を助けてくれたこと。全て計算の内──と言われてしまえばどうしようもないが、少なくともここでその可能性を追うのは難しい。
    「でも、どんな理由があれ俺を助けてくれたのは事実だしな。悪いヤツとは思えない……って言うにはまだ色々足りねえけど、とりあえずこの場は信じてみようと思う」
    「……ありがとう♪」
     であれば、もう信用してしまう方がいい。ナナシが優しい声色で返すと、ぱっとロキの顔が上がった。心底安心した、緩んだ顔だ。
    「このことは誰にも言うなよ?♪ 他に知ってるのはプロメテウス……俺を拾って今一緒に暮らしてる人間だけだ♪」
    「分かってる、そもそもこんなこと言っても本気にされないだろうしな。……てか俺もう着いていく理由ねえんだけど……」
    「狼が他にいるかもしれねえ♪ 一緒に来てくれ♪」
    「つってもお前なら一人で……まあいいか、分かったよ」
     二人はまた歩き出した。戦いの余韻か、他の要因か。空気がいくらか暖かくなったように感じた。

    * * *

    「あらまあ、ロキちゃん! プロメテウスちゃんかと思ってたら……ずいぶん久しぶりだわ。お疲れ様、持ってきてもらっちゃって悪いわねえ」
    「別に。こんなの、もうやらねえよ」
    「もう、素直じゃないのは変わらないんだから。……で、そちらの方は?」
    「どうも、お邪魔してます。俺はしがない狩人で……まあ、彼と色々」
     目的地の家にいたのは、恰幅のいい茶髪の女性だった。見たところ年齢は四十から五十代、人の良さそうな笑みを浮かべている。品定めするような視線に、ナナシはやんわりと顔を背けた。
    「そう。大したおもてなしもできないけど、ゆっくりしていって頂戴ね。ロキちゃんとはお友達……なの?」
    「友達、っつうか♪ こいつには俺の大切なところを見られちまったから♪ 責任取ってもらうつもりなんだ♪」
    「な!? 何お前……はぁ!?」
     ロキから飛び出た言葉につられて、ナナシも素っ頓狂な声を上げる。責任を取る、とは一体どんな。何の意味があってその言葉を選んだのか。
     「まあまあ!」と黄色い声をあげるおばさんを横目に、いつの間にか部屋の隅に移動していたロキがこっそり手招きしている。浮かび上がってきたたくさんの言葉を喉に、呼ばれるままロキの方へ向かった。
    「おいロキ! どういうつもりで……!!」
    「でけえ声出すな♪ おばさんに聞こえちまう♪」
     潜めた声のロキに、口へ指を当てられる。元はと言えばお前のせいで、と言い出しそうになるのを何とか押し留めた。ナナシの口がぴっちり閉じたのを見て、ロキは話し始めた。
    「……俺には小さい時からずっと、人狼の呪いがかかってて♪ こうやって歌いながら喋らねえと、言いたいことと出てくる言葉が反対になっちまう♪」
    「ああ、だから言ってることが妙だったんだな。……それが今なんだって?」
    「なんで呪いがかかってるのか、どうすれば解けるのか……それを調べるのを、お前に手伝ってほしい♪ 俺の正体を知った責任、取ってくれ♪」
     いよいよ話が童話じみてきた。規模感もそうだが、大切な秘密を知ったとはいえ、ほとんど初対面の相手に軽々しく頼んで良いものなのかそれは。ナナシはこめかみに親指を添え、天を仰いだ。
    「……いや、急に言われても……お前と一緒に暮らしてるっていうヤツじゃだめなのか?」
    「プロメテウスは忙しいから……♪」
    「俺が暇そうだって言いたいのかよ」
     若干引っかかりのある言い方だ。文句が湧いてきそうになるが、どうせ無益だと飲み込んだ。
     だが、自身の中の好奇心がむくむくと膨れ上がっていくのをナナシは感じていた。人狼。呪い。普通に暮らしていれば触れることのない、神秘や魔術。そういった領域。歌いながら話すロキも相まって、幻想的な歌劇の一部のように思えた。ある意味、自分は選ばれた人間かもしれない。無意識ながら、ナナシは舞い上がっていた。
     危険な事柄に巻き込まれるかもしれない。それでも。あるいは、怖いもの見たさか。普段なら絶対に避けるであろう面倒事。それにナナシはうなずいた。
    「……あーもう、分かった分かった。こうなったらもう、乗りかかった船だしな。興味がないって言っても嘘になる。それにお前、なんか危なかっかしいし。会ったばっかの素性も知れない男に『責任取れ』って、なあ……」
     ロキは首をかしげた。そういうところだ、と声に出そうとして、やめた。
    「まあとにかく、俺のできる範囲で手伝うよ。よろしくな、ロキ」
    「頼りにしてるぜ♪」
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    68_nemui

    DOODLEマネロキ(のつもり) 頭のおかしいファンがロキの前でアピールする話

    ・ファン(モブ)がだいぶ喋る そして死ぬ
    ・ちょっとだけ流血描写
    ・前半マネ視点で後半ファン視点
    実体化するアンビバレンス 柔らかい陽光が雲間から差し、街の広場に影を作っている。ロキは雨が降るのではないかと危ぶんでいたが、そうはならずにひとまず安心。西に黒い雲の塊が見えるが、あれがこちらに流れてくる頃には撤収しているだろう。

    「あ……あ、あの! お会いできて嬉しいですっ! 僕、ロキ様みたいに堂々と振る舞えるようになりたくて……! えっ、いや、もちろんお歌も大好きです! っ、すみません上手く話せなくて! 色々考えてきたんですけど、いざロキ様を目の前にすると、んん、くぅ……!」
    「フン……うっとおしい。どうにでもなっちまえよ」
    「ううぅ……っ! カッコイイ……!」

     今日、今まさに開かれているのはロキの握手会だ。街の広場の一角を借り、俺とロキ、今回のために雇った数人がそこに突っ立っている──なんて簡素なものだが。前々から「少しでもファンの喜ぶことをしたい、ファンの声を近くで聞きたい」と、本人がやりたがっていた。多少の不安はあったものの、俺はロキの、あの眼にどうにも弱い。不思議に移ろう瞳で見つめられると、何も言えなくなる。そんな目でねだられてしまえば、俺は頷く他の反応を手放してしまう。もちろん、駄目なことにはしっかり駄目と言わなければいけないとは思っている。だが、今回は否を突き付けるような事柄でもないだろう。
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