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    68_nemui

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    68_nemui

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    マネロキ(のつもり) 頭のおかしいファンがロキの前でアピールする話

    ・ファン(モブ)がだいぶ喋る そして死ぬ
    ・ちょっとだけ流血描写
    ・前半マネ視点で後半ファン視点

    実体化するアンビバレンス 柔らかい陽光が雲間から差し、街の広場に影を作っている。ロキは雨が降るのではないかと危ぶんでいたが、そうはならずにひとまず安心。西に黒い雲の塊が見えるが、あれがこちらに流れてくる頃には撤収しているだろう。

    「あ……あ、あの! お会いできて嬉しいですっ! 僕、ロキ様みたいに堂々と振る舞えるようになりたくて……! えっ、いや、もちろんお歌も大好きです! っ、すみません上手く話せなくて! 色々考えてきたんですけど、いざロキ様を目の前にすると、んん、くぅ……!」
    「フン……うっとおしい。どうにでもなっちまえよ」
    「ううぅ……っ! カッコイイ……!」

     今日、今まさに開かれているのはロキの握手会だ。街の広場の一角を借り、俺とロキ、今回のために雇った数人がそこに突っ立っている──なんて簡素なものだが。前々から「少しでもファンの喜ぶことをしたい、ファンの声を近くで聞きたい」と、本人がやりたがっていた。多少の不安はあったものの、俺はロキの、あの眼にどうにも弱い。不思議に移ろう瞳で見つめられると、何も言えなくなる。そんな目でねだられてしまえば、俺は頷く他の反応を手放してしまう。もちろん、駄目なことにはしっかり駄目と言わなければいけないとは思っている。だが、今回は否を突き付けるような事柄でもないだろう。

    「……はい、時間です。次の方どうぞ」
    「あっ、もう……! ロ、ロキ様! 今度のライブも絶対行きます! その時は……っ、い、いえ! これからも、が、頑張ってください!」

     熱が上がり続けていたファンをやんわり引き離し、後ろへ誘導する。名残惜しそうに離れていった少年は、それでも数度ちらちらと振り返った後、背中を丸めて人混みの中へ消えていった。
     ずいぶん熱心なファンだな、と少年を見送った後、ロキの眼前へ目を向けた。次にやってきたのは、盛大に着飾った少女だった。栗色の頭髪をまとめ上げるバレッタには大ぶりな宝石があしらわれており、顔の下でも首飾りが光を乱反射し存在を主張している。艶めく生地のワンピースも、相当高価なものなのだろう。一目でかなり良い家の出だと分かった。
     恭しく一礼した後、その白く細い指がロキの手に触れ、ゆるりと絡められる。少女の頬に朱が差し、口角がつり上がった。

    「ああ……私、こうやってロキ様と傍でお話したかったんです。ずっと、ずっと、ずっと、想っているんです。いつだって、何をしていたって」
    「そうかよ。全然嬉しくねえな」
    「ええ、ええ。私は、あなた様にとって取るに足らない存在なのでしょう。私はこんなに──いるのに。けれど、今から。私はロキ様の永遠になります。見ていてくださいね。絶対に目を逸らさないで。私の想いを受け止めて──」

     様子がおかしい、と思った瞬間、少女は懐から何かを取り出した。陽光に照らされ、それは鋭く切っ先を光らせる。
     銀色の、鋭利なナイフだった。まさか、とすぐさま少女へ手を伸ばしたが、俺の手が届く前に彼女は刃を振りかぶり、一寸の迷いもなく突き立てた。
     ──自身の腹部に。

    「……は? お前、なに、して──」
    「うっ、こいつ……!! ロキ、見るな! 皆さんも! とりあえずここから……!」
    「っぐ、あはは、は、はははは」

     肉の擦れる粘着質な音と、少女の狂った笑い声が広場に響いた。吹き出す血液が、広場に濃い鉄錆の匂いを漂わせる。握手会に集まっていたファン達は、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げていった。

    「あはっ、みて。みてください。みてよ、ねえ。みろ。おまえのせいだ。おまえのせいでこうなったんだ。わたしは、わたしは──あ」
    「っ、この!」

     尚も自身の腹を滅多刺しにする少女に組み付き、ナイフを取り上げる。抵抗はほぼせず──もはやその気力さえなかったのかもしれない──、驚く程簡単に奪うことができた。俺の服も血に濡れてしまったが、そんなことを気にしている場合ではない。
     ナイフを奪われた少女は、呆然として「あ」だか「う」だか、うわ言にもならない音を発しているだけだった。だが、二度三度激しく痙攣したかと思うと、それきり動かなくなった。

    「死ん……だか? こいつ、一体……」
    「──マネー、ジャー」
    「……ロキ、大丈夫か? 逃げても良かったんだぞ」
    「っで、も。マネージャーを置いて行くのは、安心、する」

     近づいてきたロキの瞳は揺れており、顔はいつも以上に青白い。あんな惨劇を見せられて、動揺するなと言う方が無理な話だ。本当ならば、ロキに触れ慰めたかったのだが、赤く汚れたこの手ではできない。水音を立てながらぬっと立ち上がった。

    「……どう、するんだ? その、それ……」
    「どうって、片付け……するしかないよな。血も含めてさ。うぇ……それと騒ぎになってるから話も聞かれるだろうし。はぁ……ボディチェックの奴らは何してたんだよ……!?」

     むせ返るような血の匂いで胃液が沸き、降ってきた問題に頭が痛くなってくる。今あるだけでも相当なのに、これからどんどん増えていくのが目に見えていた。
     遠くから騒ぎ声が聞こえる。逃げていったファン達の混乱が伝播していったものだろう。あれの収拾がつくのはいつになるのか。
     きっと、忙しくなる。キリキリと走る痛みを誤魔化すようにこめかみを押さえ、目を閉じた。



     美しくあれと望まれた。自分自身、そうあるべきだと思っていた。
     家の汚点とならないため、母からの期待が混じった視線が嫌悪へと変わらないように、父が話す「見かけが良けりゃ大抵のことは許される」に頷きたくて。理由は一つではないが、その根本は変わらない。性別年齢関係なく、ヴァイガルドで一番美しいヴィータになりたかった。それが、突拍子もない夢物語だと一応自覚はしている。それこそ、十にもならない子供が語るような。だが今思うと、私はそんな夢物語に強迫じみた義務感を感じていたのかもしれない。
     故に、あれを見た時言葉を失ってしまった。

     ある日の街角、人だかり、その中心から聞こえる歌声。思わず、足を止めて聴き入ってしまった。そこで大人しく帰っていれば良かったのに、私は好奇心に任せて人混みへ割り入り、あの方を目にしてしまったのだ。
     それは、今まで見てきた何よりも──いや、この世のあらゆる存在の中で、一番美しい。直感的に、そう感じた。
     紅を残してたなびく髪から滴る汗が私に降り注いで、ステージ上よりこちらを見下す金の眼光が私の目を潰して、吠え猛るように荒々しく歌い上げる唇が私の耳を掻き乱して、その口と瞳と鼻と──何もかもが「あるべき場所にある」と感じられるような、完璧な相貌が私の心を打ち壊した。
     あれには、どうしたって敵わない。
     あれが存在するだけで、私の夢は叶わない。
     それを理解した瞬間、私が美に捧げた生涯が全て意味の無いがらくたと為った。
     視界が暗くなっていくのに、彼の姿だけがいやに眩しく見える。下手くそな操り人形のように足ががたがた震えて、立っているのがやっとだった。発狂し、逃げ出さなかった私を褒めて欲しい。しばらくして、一通り歌い終えたらしいあの方はさっさと帰れ、と冷たく言い放ちステージを降りた。

     そうして、その後。……どうしたんだったか。出会いの衝撃が大きすぎて、その日のことはあまり覚えていない。ただ、あの方の姿だけが鮮烈に記憶へ焼き付いている。家へ帰った私は、やるべきこと全てを投げ出してあれが何者なのかを探った。なかなかに名の売れている歌手のようで、すぐに名前を知ることができた。
     ロキ。反芻して、口に出してみる。それ自体はただの文字列であるはずなのに、どうして名前まで特別なものに思えてしまうのだろうか。私の夢を粉々に打ち砕いた憎き相手だというのに、なぜこの名に愛しさを感じるのか。どちらにも答えは出なかった。

     次の日から、私はロキの活動を追いかけるようになった。彼のライブには必ず出向き、ファンから今までの軌跡を根掘り葉掘り聞き出し、いてもたってもいられなくなって匿名でかなりの額を出資──両親には内緒で、家のお金や宝石を勝手に持ち出して──した。一度だけではなく、何度も。
     隠しても隠し切れない。私はどうしようもなく、ロキ様に魅了されていた。だが、あの日感じた怨嗟も消えてはおらず、今も私の砕けた心の奥で燻っている。ロキに出会ってから、自分を着飾り磨くことが馬鹿馬鹿しくなってしまった。だって、どうしようと無意味なのだ。絶対に勝てない相手がいるのだから。どんなに美しくあろうとしたとて、顔も体も声も、全てがあの方より劣っているように感じる。実際、きっとそうなのだろう。自分を見るのが嫌になって、毎日磨いていた自室の姿見を叩き割った。
     毎朝ロキ様を想い、毎夜ロキを呪う。
     あなたに出会えて良かった。お前さえいなければ。
     気付けば、そんな二律背反が私を支配していた。正反対であるはずなのに、深く繋がっていて切り離せない。私の中で、二つの激情がぐるぐるぐちゃぐちゃに混ざり合って、渦巻いて──

     そして、閃いた。彼に私を永遠に刻み付け、縛り付ける方法を。それを実行するのに、躊躇はない。私が救われるためには、そうするべきだとしか思えなかった。
     決行日は、近々行われるらしい握手会だ。そうと決まれば、うんと着飾っていかなければ。何より眩しく、誰よりも美麗に。ロキの次に、ではあるが。
     ああ、楽しみだ。とんでもなく。こうするために生きてきたと錯覚してしまいそうになる程に。
     私の姿を見て、ロキ様は──ロキは──苦しんで想ってくれるだろうか。
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    68_nemui

    DOODLEマネロキ(のつもり) 頭のおかしいファンがロキの前でアピールする話

    ・ファン(モブ)がだいぶ喋る そして死ぬ
    ・ちょっとだけ流血描写
    ・前半マネ視点で後半ファン視点
    実体化するアンビバレンス 柔らかい陽光が雲間から差し、街の広場に影を作っている。ロキは雨が降るのではないかと危ぶんでいたが、そうはならずにひとまず安心。西に黒い雲の塊が見えるが、あれがこちらに流れてくる頃には撤収しているだろう。

    「あ……あ、あの! お会いできて嬉しいですっ! 僕、ロキ様みたいに堂々と振る舞えるようになりたくて……! えっ、いや、もちろんお歌も大好きです! っ、すみません上手く話せなくて! 色々考えてきたんですけど、いざロキ様を目の前にすると、んん、くぅ……!」
    「フン……うっとおしい。どうにでもなっちまえよ」
    「ううぅ……っ! カッコイイ……!」

     今日、今まさに開かれているのはロキの握手会だ。街の広場の一角を借り、俺とロキ、今回のために雇った数人がそこに突っ立っている──なんて簡素なものだが。前々から「少しでもファンの喜ぶことをしたい、ファンの声を近くで聞きたい」と、本人がやりたがっていた。多少の不安はあったものの、俺はロキの、あの眼にどうにも弱い。不思議に移ろう瞳で見つめられると、何も言えなくなる。そんな目でねだられてしまえば、俺は頷く他の反応を手放してしまう。もちろん、駄目なことにはしっかり駄目と言わなければいけないとは思っている。だが、今回は否を突き付けるような事柄でもないだろう。
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