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    68_nemui

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    68_nemui

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    ちゃんと書いていますの意(とりあえず冒頭だけここに)

    無題 その男に名は無かった。正確には、長らく名を名乗らなかったせいで、自分でさえ忘れかけていた。
     途方もない額の借金を抱えた男は、ひと日を満足に生きることさえ難しかった。借金は返せど返せど減らず、いよいよ八方塞がりか、と自棄を起こして海へふらりと立ち寄った日、男は自分の目を疑った。
     濡れそぼった紅い髪に、苦悶に歪んでいてもなお整った顔、傷だらけの白い体。そして何より特徴的な、頭と似た色の鱗に覆われた下半身──尾びれを持った男が、海岸に打ち上げられていた。
     人魚。男の脳裏にその単語が過ぎる。
     近づいてみても、人魚は反応を返さなかった。死んでいるのだろうか、と男が人魚の肌に触れると、僅かな体温と弱々しい鼓動が感じられた。
     生きている。男は人魚を担ぎ上げ運び出した。砂が服へまとわりつく。どうせ大した価値もないぼろ布だが。
     身の丈は男と同程度で人間と変わらない重さがあり、湿った尾びれが服を濡らす。不快感に男は顔をしかめたが、それでも歩き続けた。

     損得勘定抜きの、完全なる善意で人助けをする程男はお人好しではない。これはおそらく、金になる。男が人魚を助けようとしたのは、そう踏んだからだった。
     人魚の肉や鱗には様々な伝説が伝わっている。だがそれらの真偽は重要ではない。眉唾な話を真に受け、もしくは夢を見て、金を出そうとする輩はわんさかいる。そういう馬鹿な金持ちは、いい加減な額でも喜んで金を出すだろう。
     それか、人魚そのものを売っぱらってしまってもいい。美しい顔も相まって相当高い値が付きそうだが、丸ごと手放してしまうのは少し惜しい気もする。
     何にせよ、これは生きていた方が都合が良い。そう考えた故の男の行動だった。
     しばらく歩いた後、男の暮らす荒屋──家、と形容するのもどうかと思うような、打ち捨てられた小屋だ──、その裏手にある小さな沼へ人魚を降ろした。沼はどんよりと濁っていたが、それでも陸に上げているよりはマシか、という判断だった。
     しばらく待っても、人魚は仰向けで沼に浮かんだままだった。やはりだめだったか、と背を向け、小屋へ戻ろうとした男に「おい」と声がかかった。
     男が振り向くと、人魚が目を開きもぞもぞと体勢を整えている最中だった。目玉はこちらを向いている。青と紫が混じり合った、不思議な瞳をしていた。
    「お前が俺を助けねえのか」
     人魚が問うた。おかしな言い回しに男が戸惑っていると、それを見かねた人魚が「俺は歌わねえと、言葉が言いたいことと反対になっちまって……♪」と歌う。ますます理解が追いつかなくなったが、こいつは人間ではないのだし、そういうこともあるかもしれない、と男は思考を放棄した。
     人魚が言うには──実際の言葉はそれと反対だったが──嵐に遭いいつの間にか浜に流れ着いていた、傷が癒えるまでここに居させてほしい、とのことだった。それを聞き、男は内心ほくそ笑んだ。向こうにこちらを警戒する気はないらしい。
     男は人魚の言葉へ頷き、頭の中で皮算用を始めた。
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    68_nemui

    DOODLEマネロキ(のつもり) 頭のおかしいファンがロキの前でアピールする話

    ・ファン(モブ)がだいぶ喋る そして死ぬ
    ・ちょっとだけ流血描写
    ・前半マネ視点で後半ファン視点
    実体化するアンビバレンス 柔らかい陽光が雲間から差し、街の広場に影を作っている。ロキは雨が降るのではないかと危ぶんでいたが、そうはならずにひとまず安心。西に黒い雲の塊が見えるが、あれがこちらに流れてくる頃には撤収しているだろう。

    「あ……あ、あの! お会いできて嬉しいですっ! 僕、ロキ様みたいに堂々と振る舞えるようになりたくて……! えっ、いや、もちろんお歌も大好きです! っ、すみません上手く話せなくて! 色々考えてきたんですけど、いざロキ様を目の前にすると、んん、くぅ……!」
    「フン……うっとおしい。どうにでもなっちまえよ」
    「ううぅ……っ! カッコイイ……!」

     今日、今まさに開かれているのはロキの握手会だ。街の広場の一角を借り、俺とロキ、今回のために雇った数人がそこに突っ立っている──なんて簡素なものだが。前々から「少しでもファンの喜ぶことをしたい、ファンの声を近くで聞きたい」と、本人がやりたがっていた。多少の不安はあったものの、俺はロキの、あの眼にどうにも弱い。不思議に移ろう瞳で見つめられると、何も言えなくなる。そんな目でねだられてしまえば、俺は頷く他の反応を手放してしまう。もちろん、駄目なことにはしっかり駄目と言わなければいけないとは思っている。だが、今回は否を突き付けるような事柄でもないだろう。
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