願掛け妖精の尋問「レムナン、ちょっと引出しから工具取ってきてくれる? 一番小さくてオレンジのやつ」
「この間、買ったばかりの……物ですか?」
「うん、最新版のやつ」
調整中の機器から目を離さず、彼女は言った。
休日になると二人で工作をすることがある。機械を分解して、改造する……ある種メカニックの仕事にも似た趣味だった。
今日もグリーゼで一番新しい概念伝達機器が彼女の手の中で解体されている。
部屋のチェストに手を伸ばす。工具は一番下。
本人から言われて開けるのになぜか、躊躇いがある。普段から隠し事の多い彼女が、僕のことを勝手に引出しを開けても構わない……と認識している。
そう浮かれて少し、工具を取る手を止めて引出しの中を眺めて。
――工具の横に、紐で縛られた一冊の本が見えた。
紙の本より電子化した記録媒体が多い中、彼女が紙を好むことは知っていた。でも本なら引出しではなく棚にしまうだろう。引出しを閉じながら考える。なぜか妙に気に掛かった。
「工具……これ、ですよね?」
「ありがとう、それだよ」
「……スズさん、あの……引出しの中に本が、ありましたけど――」
「――気にしないで、大したものじゃないから」
本棚に戻さなくて良いんですか? ……訊ねようとした時にはすでに、間髪入れず跳ね返されていた。
「僕のこと、好きですか?」の答えをぼかされた時。
「手を繋いでも良いですか?」の答えをうやむやにされた時。
そんな時の空気とよく似ていた。
「処分、するつもりで……置いてる、ものではないですよね?」
「……まぁ、そうだね。何日かしたら本棚に戻すから」
「どうして、引出しに……置いてるんですか?」
「え、なに。そんな気になる?」
本当に大したことじゃないのに。そう前置きしながら彼女が話す時、僕にとっては大事であることが多かった。
「おまじない……ですか?」
「そうだよ、あまりメジャーじゃないみたいだけど」
――キーアンドブック・チャーム。彼女の故郷ではポピュラーなおまじない、らしい。
本の中で自分が体験したい場面に鍵を挟む。その本を紐で縛って、十月三十一日まで引き出しにしまっておく。すると妖精が願いを叶えてくれてその場面を夢に見たり、現実に起こるのだとか……そういう類のものらしい。
普段やたらと現実的な彼女の口からおまじないや妖精、という単語が出るのは何だか慣れない。気になることは他にもある。
「どんな場面に……鍵を挟んだんですか?」
「……聞くと思った」
彼女があからさまに目を逸らす時、こんな顔をする時……僕にとっては都合の良い何かが隠されていることがよくある。
さらに加えれば、あの本には……少々、見覚えもある。
「僕、あの本の内容……知ってます」
「何言ってるの? レムナンが恋愛小説なんて読むわけ――」
途中で言葉を止めたってもう手遅れだ。普段の完璧な取り繕いが、僕の前では案外簡単に綻ぶ。それが分かりにくい油断と、信頼の結果であるともう知っている。
……でも僕より、よく分からない妖精に願掛けしてしまう、彼女の少し捻くれたところも。
「すずなさん……工作は少し、休憩にしましょうか」
「………………」
コーヒーでも淹れて、フードプリンターで何か出力して、ゆっくり、雑談でもしながら。
鍵のありかを聞き出さなければならない。
――妖精よりも僕の方が願いを叶えられるかもしれないですよ……とは、さすがに宣言できないけれど。